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第五章  拗らせとすれ違いの先は……

【4】

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「――――華⁉」


 病室についた時には既に貴女の呼吸は下顎を引き、浅くもそして何時止まっても可笑しくない状態だった。

 血圧も既に60/以下で意識も既に朦朧と……。


「何故っ、どうしてこんな状態に……っ⁉」

 昨夜までは比較的調子も良くて、間違ってもこんな風に急変する等考えられないとほんの、いやいや俺は今物凄く動揺していた。

 常に冷静で落ち着いて判断しなければいけない、医師として本当に恥ずかしいくらいに動揺しまくっていたその時だった。

「あはは、あんたはいちゃいけないのよ!! あんたはね、何処のどんな世界でもちゃんと死ななければいけないの!! だってあんたは奪われる為だけに生きているんだから、これは当然の摂理であって逃れられない運命なんだよ!! だからさっさと死になさい」

 耳障りな甲高い声と貴女の様子を見て嘲笑うと共に蔑む物言い。

「お前……何を、した」
「あはは、アタシは貴方の為によ。何時も、何時までも素直になり切れない貴方の為に私が変わって鉄槌を下しただけ……」

「はあ? お前何を言っ……!?」


 ピロリンピロリン!!


 室内一杯に鳴り響くモニターのアラーム音。

「上村先生、点滴内へ何か指示以外の薬剤を彼女が投与したようです。私達は詰所のモニターのアラームで気づいた時にはもう……」
「先生っ、兎に角輸液を多量にっ、強心剤も入れましたが一体何を彼女が入れたのかがわからなくてってすみません……」
「八木先生そんな……」

 同時刻詰所にいただろう後輩の八木先生は直ぐに急性血液浄化を含む応急処置を行ってくれたのだけれども時は既に遅し…・・・だった。

 彼は俺と貴女が付き合っている事を知り尚且つ時間にして短い二人の時間を陰ながら応援してくれた一人でもあった。

 そんな八木先生は居た堪れないとばかりに両肩を震わせ……。

「謝らないでくれ八木。君にはとても感謝をしているのだよ」
「で、ですがもっと他によい方法が……」

 俺達医師は神なんかじゃあない。
 助けられる命なんて高が知れている。
 いや助けられる命よりも助けられない命の方が多く、そして俺達医師は生涯重い十字架を背負って生きていかなければいけない。


「師長、は、華……三枝さんのご両親への連絡は?」

「は、はい、間もなくこちらへ来られるそうです」

 そうして警備員が来て狂った看護師だった女を拘束する。


「…………んッ」

「先生華ちゃんがっ⁉」
「華っ、わかるか華? 俺の事がわかる?」

 もう呼吸を繰り返す事も億劫で仕方がないとばかりの貴女の様子に、俺はただただ情けなく何も出来ない無力な男だった。
 
「…………」

「は、な?」

 言葉を発する事も出来ないのにも拘らず、それでも最期の力を振り絞る様に貴女はこんな俺へ何かを話し掛けようとってもう何も言わなくてもいいんだ!!

 貴女の笑顔だけを見られればそれだけで俺は、俺は……。


 ピロリンピロリン


 ピ――――ッ


 ピロンピロン


 色々な機器よりは発せられるのはけたたましいくらいに鳴り響くそれぞれの医療機器のアラーム音。


「あーははははっ、やった、やったわっ。これで今回も殺してやったわっ。あはは、アーッハハハハハ……」


 何処までも癇に障る女の声とどうしようもないくらいに煮え滾る怒りと悲しみそして苦しさと憎悪。
 
「――――っ!!」

 悪鬼と化そうとした俺へ、貴女は本当に最期の最後でぎゅっと俺の指を力の入らない手で握った瞬間、徐々にその力と温かさが失われていく。

 貴女の指と温かさで俺は人間のままでいられたのだ。

「――――ないっ、俺の唯一!!」

 
 そうして貴女は三枝 華としての人生を終えた。
 

 俺は貴女の後を追う事も許されないのだろう。
 死を迎える瞬間俺の指をいや、現実はそうであってもあの瞬間貴女は俺の心を力の限り抱き締めてくれた。


 生きて……。
 そしてまた逢いましょう。


 俺にはそう聞こえたのだよ。
 だから俺はしぶとくもこの人生を全うするべく生きていた。


 来世で再び生きて貴女と出逢い恋をする為に……ね。

 

 その後俺は生涯を独身で通した。
 色々周りからは縁談を勧められたけれどもだ。

 俺には最初も最後にも貴女と言う女性しか存在しないからね。


 そうそうあの女、貴女を死へ至らしめた女は精神鑑定を受けた結果、悔しいが無罪となった。責任能力と言うか、貴女が亡くなって直ぐにあの女はふと正気へと戻ったらしい。あれだけの事をしておいて何も覚えていないと言う。
 
 何年も時間を掛けて問い詰められ何度となく精神鑑定を受けてもあの女は別人の様に変わってしまっていたのだよ。これには流石の検察や精神科の医師もどうしようもなかったと言うのか、裁判官でさえ判断に相当迷ったそうだ。

 同僚だった看護師達もその日の朝までは真面目で大人しく責任感の強い看護師だったと話していたし、当然だけれど俺も同じ感覚だったのだ。

 まあ何と言うか付き物が落ちたと言った感じだな。

 それもそうだろう。
 あの看護師はに過ぎなかったのだから……。


 でも彼女自身は何も覚えていなくとも罪を犯したのだと言って病院を去れば、そのまま頭を丸めて僧門へと入ったらしい。

 それ以降に関しては俺自身彼女の事は何も知らないし知ろうとも思わなかった。

 
 そうして数十年が過ぎ漸くだよ。
 上村 結人としての生を終える瞬間がやってきた。

 ねぇ今度こそ、うん今度こそ何時までも一緒に貴女と幸せになりたい。

 どの様な苦難からも絶対に貴女を守ってみせるから、お願いだから俺の許へと堕ちてきて。
 貴女の事を愛し過ぎている俺の元へ……。
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