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第五章 拗らせとすれ違いの先は……
【3】
しおりを挟む本当に幸せだった。
恋人として何か特別な事をしている訳でもない。
華……貴女とこうして再び巡り逢い、また同じ時を生きている毎日こそが俺にとって何よりも特別で幸せだったのだ!!
担当医とその患者と言う間柄であってもだ。
貴女の病状は残念ながら日々悪化の一途を辿ろうとも、俺は何としても病状をこれ以上進行させまいと何度も足掻きそして仕事の合間や仕事が終われば必ず貴女の傍にいた。
優しい貴女の事だからきっと俺が貴女を励ましているとでも思っているのだろうね。
でも真実は違うのだよ。
俺の方が貴女から離れ難くて仕方がないのだよ。
医師だからこそ病状の進行具合を肌でビシバシと伝わる様にわかってしまう。それと同時に絶対に知りたくもないと言うのにも拘らず時間の経過と共に貴女の残り僅かな命の灯まで知ってしまう恐怖と不安にどうしようもなく心が押し潰されそうになっている俺自身がだ。
愛しい貴女を失うだろう恐怖故に少しでも時間の許す限り貴女の傍にいたいだけなんだ!!
ふ、子供かって言われても仕方がない。
俺にしてみれば貴女の居ない世界なんて到底考えられないのだからね。
でも貴女には何時も驚かされるね。
何故かと言えば言葉でいや態度にすらも出してはいないと思うのだよ。
今は12歳も年上のおじさんで、貴女の担当医でもあるのだからね。
病魔によって十分に苦しめられている貴女の負担には絶対になりたくないとそこは理解ある大人としてだ。
うんまあそうは言っても貴女の傍にくっ付いてはいるものの、本音を言えば泣き出したいくらいの、今にも押し潰されそうな不安な気持ちは必死に隠しまた抑えていた心算だったのに……。
「せ、唯人さん私ね、何時までも、譬え私が先に死んでしまった、としてもです。わ、私の心はずっと先生……結人さんと共に生きていますから……」
真っ赤な顔……だけじゃあない。
パジャマ越しにでもわかるくらい全身を朱に染め上げた姿。
また可愛らしくもはにかんだ表情で、息苦しさを必死に誤魔化そうとすればだ。
必死の笑顔と力が入らないだろう震える両腕でそっと俺の頭を優しく抱き締めてくれた瞬間、俺は情けなくも貴女の前で声を出して泣いてしまったよ。
だってそれはもう泣く――――の一択しかないでしょ。
こんなにも愛しくて、愛し過ぎる女性にこんなにも優しい言葉と態度を見せられれば俺と言う人間はどれ程幸せ過ぎる男なのだろうと、嬉しさと悲しさと悔しさと不安だけれど……でもやはり幸せ過ぎて泣かされてしまった。
あぁこんなにも貴女に愛されている俺は、俺と言う人間はこの上もなく幸せなのだと柄にもなく思っていた日より数日後の事だった。
まさかあの様な事が起こるだなんて一体誰が想像しただろう。
悪夢の日は週末。
夕方からとは言え13時までには出勤し、俺は医局で書類整理をしていたんだ。
外来診察や病棟での回診そして手術。
はっきり言って猫の手も借りたいくらいに忙しい。
ついでに犬でも何なら前世の蛾でも……っていい訳はないよな。
ついつい自分の前世に人外的なモノがあるだけで何となく親近感が湧く……って湧いてどうするっ。
兎に角俺が言いたいのはそれだけ毎日が忙しいって事だな。
だから苦労してやりくりした隙間時間に恋人である貴女との逢瀬が俺の何よりも癒し時間でありご褒美なのだ。
同僚や看護師達との飲み会やカラオケよりも一分一秒でも華、貴女の傍で貴女の吐息と温かさに譬え指の一本だけでもいい。
肉体的には愛を交わせなくとも貴女を見つめているだけで、俺と言う存在は何処までも幸せになれるのだよ。
本当に罪な女性だよっていや、俺にとっては今も昔も変わらず愛おしい女神なんだ。
だから少しでも貴女との時間を作る為に俺は面倒……いやいやこれも立派な仕事だ。
そうして雑念を払いつつ淡々と作業を進めていた時だった。
院内用の携帯よりコールが鳴り響いたと同時に何か嫌な予感めいたものを感じてしまった。
『先生っ、三枝さんがっ、華ちゃんの意識がっ、バイタルは――――って呼吸がもう……』
華⁉
俺は携帯を切る事も忘れそれを握ったまま医局を飛び出した。
途中でいい加減に履いていた靴の所為で見っともなく何度も転倒し掛けたがそんな事なんて今はどうでも良かった。
ただただ一刻も早く華――――貴女の許へ飛んで行きたい!!
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