81 / 120
第四章 逃げ妻は自由を満喫し妻に逃げられた魔王はじわじわと追い詰める
【4】
しおりを挟む「フィン殿」
「あーまた煩いのが出てきたなぁ」
フィンの登場にシアは幾分か冷静さを取り戻せば、対照的にジークは面白くないとばかりに辟易とした表情となっていく。
「ほぉいいんだよジーク。アタシは別にあんたにどうしてもここにいてくれって頼んでいる訳じゃあない。出来る事ならば昔っから鬱陶しいあんたなんざさっさと何処か遠い所へ、そうさねぇ少なくとも後百年はあんたと会いたくはないんだけれどねぇ」
左足で床をだんだんと打ち鳴らしつつフィンはジークをじっとりと睨みつける。
だがその睨み付ける表情すらもフィンは周囲を魅了する程に美しい。
シアが正統派のお嬢様らしい美しさであれば、フィンは実に妖艶で蠱惑的な美しさを持っている。
その何れの美女もジークを威嚇していると言う構図は中々にシュールだ。
そして沈黙する事約一分?
「へぇへぇ悪う御座いやしたよ。ちぇ、ちょっとローズさんの魔道具に興味を持っただけじゃねぇか。それがそんなに悪いって言うのかよっ」
「「当たり前だろっ(当然です)」」
シアとフィンはジークが半ばやけくそで叫べばだ。発せられた言葉を抑え込むかの様にほぼ同時に否定する言葉を被せていく。
「大体さぁシアは冒険者用の受付で狩ってきた獲物を換金する為にあんたん所へ寄っただけであって、ローズさんの魔道具はこのアタシが受け付けている商用の方へ持ってくる心算だったんだろ」
「えぇそうですよ。私はここへ来る途中にある森で魔獣を狩り、魔石はローズ様のモノですがそれ以外の素材はここで換金する為に持ってきたのです。冒険者用への用事はあくまでも私個人のモノであり、ローズ様の魔道具を披露する場所としては全く選んではおりません」
そう言い切ったシアは心底呆れた面持ちでジークを睨みつけた。
「そうだろうと思ったよって言うかさ。最近毎回このやり取りの繰り返しじゃないか。ジーク、あんたもそろそろ大概にし…・・・」
「いやいやいやいやっ、フィンだっていっつもさぁ俺に負けねぇくらいに目をキラッキラにさせてよぉ、ローズさんの魔道具の素晴らしさを語るだけじゃねぇな。この前なんて魔道具の一つを手に持てばさぁ、すりすりと愛おし気に頬擦りしていたじゃねぇかっ!!」
人の事なんざ言えた義理じゃあないとばかりにジークは胸を張り『俺はその現場をしかと見たぞ』とばかりに自信満々で語っている。
「ちょ、やだ、それ何時の間に〰〰〰〰⁉」
ちらりとシアを見つつフェンは居た堪れないとばかりに、普段では絶対に見せないだろう可愛らしく赤面すればその場で突っ伏してしまった。
「……つまりはお二人共が同類なのですね」
「「はい、すみません」」
ジト目で一見怒っている体を装っているシアなのだがしかし、何と言ってもローズの作り出す魔道具の一番のファンは彼女なのである。ジークやフェンの姿は自宅でのシアの姿だと言っても過言ではない。
目の前で歌を口遊みながらローズの歌う声に反応して光がシャボンの様に幾つも溢れ出せばだ。その歌に反応しキラキラと輝きながら作り出されていく魔道具を一番近くで見ている時の高揚感は半端ない。
公爵邸内でも時折ローズは魔道具を作ってはいたのだが、それはあくまでも皇族であり公爵夫人としての務めの合間に出来たささやかでほんの少しの製作時間。然もそれはシアの勤務時間でなければ決して見る事の出来ない素晴らしいひと時だったのがである。
公爵家より逃走?
若しくは逃亡または家出?
シアにしてみればそれは些末ではないのだけれどもだ。
今はまだ深く考えたくはないと言うのが彼女の本音である。
毎日身体が幾つあっても足りないくらいに仕事で忙殺されていたローズがである。今は森の向こうにある家でひっそりと毎日を時間に拘束されず、全ての時間がローズ自身思うまま自由に使いそうして穏やかに過ごす事が出来ているのだ。
確かにその自由な時間は永遠に続く事はないと、ローズだけではなくシアも十分理解は出来ている。
いやローズ本人はこの生活を続けながら可能ならば穏便にリーヴァイと円満離婚をしたい。
皇族でありまた公爵夫人としての務めを自身の我儘で放り出したローズに戻る資格と場所はないと、そう捉えていると言うのか普通に覚悟をした上での逃走なのだから……。
だからこそ何時かは、きっとリーヴァイの気の向いた頃……出来ればいっそ生涯放置のままでも構わない。
サブリーナとの間に子まで生した間柄なのだ。
そう遠くない未来彼女が、いや出産を終えた頃か早ければお腹が大きくなる前に公爵夫人としてリーヴァイの隣に立てばである。親子三人若しくは四人でローズの存在をしっかりと忘れ幸せになって欲しいと、今のローズは切実に願っている。
何と言ってもローズの此度の行動は、あくまでシアと自身の未来を変えたいが為のもの。
一方シアはそんなローズの考えを知ってか知らずと言うのだろうか。
このまま穏やかに毎日を楽しく過ごしている彼女の幸せが一日でも長く続けばいいと願っている。
ただ相手はローズ……ヴィヴィアンへとんでもなく執着し、いやもうそこはねちゃねちゃと粘着しきっていると言ってもいい。
妻であるヴィヴィアンに恋し焦がれ過ぎ、最早丸焦げ状態の夫リーヴァイがこの平和な日常へ、何処までも彼の抱える深い闇で一部の隙もなく覆い尽すのはもう時間の問題なのだと、今も目の前で言い争っているジークとフィンを眺めながらシアはこの平和な時間が少しでも長く続けばいいと願うばかりであった。
25
お気に入りに追加
3,382
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
アラフォー王妃様に夫の愛は必要ない?
雪乃
恋愛
ノースウッド皇国の第一皇女であり才気溢れる聖魔導師のアレクサは39歳花?の独身アラフォー真っ盛りの筈なのに、気がつけば9歳も年下の隣国ブランカフォルト王国へ王妃として輿入れする羽目になってしまった。
夫となった国王は文武両道、眉目秀麗文句のつけようがないイケメン。
しかし彼にはたった1つ問題がある。
それは無類の女好き。
妃と名のつく女性こそはいないが、愛妾だけでも10人、街娘や一夜限りの相手となると星の数程と言われている。
また愛妾との間には4人2男2女の子供も儲けているとか……。
そんな下半身にだらしのない王の許へ嫁に来る姫は中々おらず、講和条約の条件だけで結婚が決まったのだが、予定はアレクサの末の妹姫19歳の筈なのに蓋を開ければ9歳も年上のアラフォー妻を迎えた事に夫は怒り初夜に彼女の許へ訪れなかった。
だがその事に安心したのは花嫁であるアレクサ。
元々結婚願望もなく生涯独身を貫こうとしていたのだから、彼女に興味を示さない夫と言う存在は彼女にとって都合が良かった。
兎に角既に世継ぎの王子もいるのだし、このまま夫と触れ合う事もなく何年かすれば愛妾の子を自身の養子にすればいいと高をくくっていたら……。
連載中のお話ですが、今回完結へ向けて加筆修正した上で再更新させて頂きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる