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第三章 それぞれの闇と求める希望の光
【4】
しおりを挟むふと見上げれば俺の目の前で嫣然と笑みを湛えている母上が立っていた。
ああ俺の母上だ。
俺は泣きながら母上へと向かって飛びつこうとした――――がっ⁉
何故か母上へ触れる瞬間、ふっと母上の身体を通り過ぎてしまった。
『駄目よ、愛しいリーヴィ。今はまだあなたに触れる事が出来ないの』
そ、それは何故っ、どうしてっ、僕は母上に何時もの様に抱き締めて欲しいだけなのに〰〰〰〰っ。
俺は母上の前で駄々を捏ねる子供になっていた。いや確かにまだ6歳の子供である事に間違ってはいない。
そうして足をバタつかせ、地団駄を踏んで、情けないと言われても構わない思える程に母上への愛を乞う幼子となっていたのだ。
母上はそんな俺を厭う事無く、何時もより若干温度を感じさせない冷たい笑みを湛えたままゆっくりと俺の方へ近づいてくる。
だがそこに僅かな違和感を抱いた。
何時もの様に颯爽と令夫人らしからぬ風を切って歩く母上の、ヒールを鳴らす音なんてものが全く聞こえない。
でも元々所作の美しい母上は歩く姿も物凄く優美で、なのに今の母上は床をスーッと滑るかの様に移動されている。
『私の可愛いリーヴィ、ねぇこちらへ……私と一緒に楽しいピクニックへ行きましょう』
ピクニック?
『そうよ、ほら御覧なさい。向こうでは美しい花々そして澄んだ川で皆が楽しそうに遊んでいてよ』
父上やバートも?
『えぇ皆一緒。あなたの好きな鳥や動物達も待っていてよ。さあお母様と一緒に逝きましょう』
う、うん、皆がいるなら……それに僕はこうして母上や父上と何時も一緒に遊びたかったのだもの。
『まあ可愛らしい私の天使さん。ほらそこより大きくジャンプをすれば直ぐに皆の許へ逝けてよ』
本当?
『あらお母様が嘘を吐いた事があって?』
ううんないよ。
何時もお母様は素敵で優しくて強くて、僕はお母様が大好き。
『ではお母様と逝きましょう。――――あちらの世界へ……』
母上の最後の言葉の内容まで俺は上手く聞き取れなかった。
だがそれは些末な事でしかないと俺は思ったのだ。
あの時の俺にとって何よりも大切なのは大好きな母上と共に一緒にいると言う事実。
それ以上でも以下でもない。
ただ不思議だと思ったのは、ついさっきまで俺は自分の私室にいたと思っていたのだ。でも今眼下に広がる風景は確かに母上の仰っていた通り緑生い茂る森、そして野原には色とりどりの花々が咲き乱れその直ぐ傍には見た事のない澄んだ美しい川が流れていた。
ああバートや父上達がこちらへ手を振って呼んでいる。
『さあ逝きましょうリーヴァイ……』
何故か母上は地を這う様な低い声?
あれ、変だ……でもまあいいか。
母上の仰る通りここからジャンプをすれば後は楽しい事が待っているのだから。
そうして俺は抱いた違和感を忘れ、母上の指示されるまま何の躊躇いもなくその場を勢いよく駆け出せば、父上達へ向かって大きくジャンプしたのだった。
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