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第二章 五日後に何かが起こる?
【13】
しおりを挟むサブリーナが公爵邸へ突入して早四日目。
明日は愈々当主であるリーヴァイが正式に帰宅をすると告げていた五日目となる。
しかし全てを知るダレンとウィルクス夫人にしてみれば本当に今更だ。
とは言え記憶のないヴィヴィアンにしてみれば明日は、いや彼女は明日を迎える前に行動を起こすと以前より決めていたのである。
だからこそ残された時間を有効活用するべく彼女は支度を整えれば颯爽とは程遠いけれども、全力で以って寝室を後にした。
そうして遅いブランチを終えたヴィヴィアンの向かった先は彼女専用のキッチン。
公爵邸にはそぐわないだろう。けれどもこじんまりとした、でも日当たりも良くお洒落で使い勝手の良いアイランド型のもの。モスグリーンとアイボリーで統一されたこの場所は、ヴィヴィアンが輿入れの際に夫から結婚祝いの一つとして彼女へプレゼントされたもの。
実家ではお菓子を作る時は厨房で皆の邪魔にならない様に気を付けていたヴィヴィアンの様子をリーヴァイは何処で知ったのか、初夜を迎えた翌日にサプライズとして恥ずかしがる彼女をお姫様抱っこのままこの場所へと彼は連れてきたのである。
あの時の感動と喜びは今も色褪せる事無くヴィヴィアンの心の中で懐かしくも忘れられない最高の思い出となっていた。
この五年もの間、この場所で何度お菓子や軽食を作った事だろう。
ヴィヴィアンは感慨に耽りつつもレースのエプロンを身に着け黙々と作業を始めていく。
先ず最初にパイ生地を作り、それを寝かせている間に昨日の午前中の空いた時間に作っておいたスポンジケーキを取り出せば、カスタードクリームと生クリームのポイップしたものを混ぜ合わせ、風味づけにラム酒を少し加えれば子供達の大好きなクレーム・ディプロマットの出来上がりである。
次に昨夜夕食後に水へ浸けておいた栗の皮を剥き、それを甘さ控えめに柔らかく煮ていく。
栗の渋皮煮が出来れば粗熱を取り、そこへ少量のラム酒を加えておく。
フードプロセッサーで渋皮煮と生クリームに牛乳を加えて木っ端微塵に攪拌出来ればマロンクリームの完成だ。
スポンジケーキを三枚おろしの様に綺麗にスライスし、それぞれにシロップを塗りクレーム・ディプロマットを少し多めに塗っていく。そこへ渋皮煮を満遍無くゴロゴロぎっしりと敷き詰め、栗の上にちょんとアクセントの様に細かな岩塩を一粒ずつ置いていく。
九分立てにした生クリームを覆う様にこんもりとドーム型へ整えていき、最後にモンブランクリームを生クリームが見えなくなるまで絞っていく。
ドームの上に生クリームを何か所か少しずつ絞り、その上に残った渋皮煮を半分に切って飾り付ければモンブランケーキの出来上がりだ。
後はこの三台の大きなモンブランケーキを大型の冷蔵庫でしっかりと冷やして馴染ませていくだけ。
これ以外にもアップルパイや洋ナシのタルトにスイートポテトからの馴染みのあるクッキーやマドレーヌにフィナンシェ等を山の様に作っていく。
それぞれのケーキにはホワイトチョコのプレートで『ありがとう』と、クッキー等焼き菓子類は冷めて袋詰めにした中に小さなカードでやはり同じく礼の言葉が書かれていた。
夕方遅くまでキッチンで思いのつく限りの沢山のお菓子を作った後は、思いの籠ったキッチンを一人で黙々と汚れを一つ残さず綺麗に片付けていく。
このキッチンの日当たりの良い場所に小さな、でも温かみのある丸い木のテーブルにも思い出はある。
あれはこのキッチンで最初に作ったお菓子を、そしてこの丸いテーブルで一緒に食べて笑い合ったのは夫であるリーヴァイだった。
甘いものが苦手だと聞いていたのにも拘らず、リーヴァイは何度も『美味しいよ』と言っては笑顔で沢山のお菓子をこれまでに何度も食べてくれたのだ。
「……今となってはそれもいい思い出ですわね」
そんな思い出のあるテーブルでヴィヴィアンはお菓子達の届け先を細かく手紙へと記していく。
これまで慰問へ行った各孤児院の子供達に始まり病院で働くスタッフ達、最後にこの屋敷で今まで一生懸命仕えてくれた皆へと、これまでのお礼の言葉を認めれば、一人分のモンブランと焼き菓子を少し篭に詰めて彼女は慣れ親しんだキッチンを後にした。
そうして向かったのは他でもないサブリーナのいる客間であった。
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