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第二章  五日後に何かが起こる?

【3】

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 来ない……わね。


 ヴィヴィアンは対面に用意されているだろうもう一人分の席を静かに見つめていた。

 本当ならば食堂にはサブリーナも同席する予定だった筈なのだが、何やら体調が優れないとの事で今日は与えられた客間でゆっくり過ごしたいと言う旨の連絡が、彼女を待っているヴィヴィアンの許へと何故か予定より約一時間以上も経過した頃に漸く伝えられたのである。

 そうして連絡をする為にダイニングへと赴いたハウスメイドのジェーンはヴィヴィアンの許へ到着したと同時に何も言わずに待っていた彼女へ申し訳と言う思いが溢れたのか既に半泣き状態で、だが健気にも必死に涙を見せまいと懸命に堪えている姿を見たヴィヴィアンはそっと静かに立ち上がれば、優しくジェーンを抱き寄せ――――。

「大丈夫ですよ。誰も咎めたりはしません。あなた達は精一杯自分達のお仕事をしているのでしょ」

 不意打ちとは言え、服越しに伝わる柔らかくも温かいヴィヴィアンの大きな胸に包まれたジェーンはそっと彼女の胸の間よりほんの少し顔を上げれば、そこには慈愛に満ちた何時もの優しい女主人が微笑んでいた。


『お、お母さん!!』

 ジェーンは心の中で強くそう叫んでいた。 

『若しくは女神様だ!! あぁ今日まで生きてて良かった。そしてヴィヴィアン様のお胸は本当に極楽です!! 昨日からの辛い出来事も全部このもふもふお胸で帳消しになりますと言うかい、いやお釣りが……。そしてシンディーさんとメアリーにはごめんなさい。私だけいい匂いとふわふわマシュマロお胸に思いっきり癒されちゃいました』


 時間にしてほんの一、二分だったと思う。
 それでもこの時間はサブリーナの蛮行で心身共に疲れ切っていたジェーンにしてみればまさしくだったのだ。
 
「何か辛い事があれば遠慮なくお話して下さいね。あなたやシンディー達には大変な事をお願いしてしまいましたがこれも公爵家にとっては必要な事だったのです。だから……」
「だ、だ、大丈夫です奥方様っ。今奥方様より元気を沢山頂きましたのでこれよりまた頑張ってきます!!」

「そ、そう? わたくしは特に何もしてはいないのだけれど……」

 尚も心配そうにヴィヴィアンはこてんと小首を傾げて見せる。

『だ、駄目です奥方様っ。これ以上は〰〰〰〰!?』


「あら」
「まあ」

「う、羨ま……げふんげふん」

 ツーっとジェーンの鼻より赤い筋が下へと向かって落ちていく。

「じぇ、ジェーン⁉」
「だ、だいじょぶですば、おぐがださまっ⁉ で、では御前じつれいいだじまず。ずず……」

 ジェーンは慌ててハンカチで鼻を抑えながら、ヴィヴィアンのいるダイニングを後にした。
 部屋を辞するジェーンの後姿をヴィヴィアンは大層心配そうに見つめていたのだが、ダイニングにいる他の使用人達は心の中で思った。

 
 興奮し過ぎだろう……でもめっちゃ羨ましい奴!!


 そしてその後誰もがジェーンの無事を願うのであった。


 旦那様にだけはバレるなよ。
 あの御方は奥方様へ不埒な想いを抱く者全てを色々な意味で、持てる権力と力の全てを行使して屠られてきたのだからな。


 特にこの最後の言葉は長年公爵家に仕えるヘッド・シェフのアンディーだった。
 良くも悪くも主であるリーヴァイの真の性格を見抜いているらしい一人でもあるのだから……。

 
 それぞれの想いも知らずヴィヴィアンは何時もと変わらずアンディーの作る食事に頬を緩ませつつも彼女は内心思ったのだ。


 少しだけ待ってみたのだけれども結果的にはこれで良かったのかもしれない。
 きっとサブリーナ嬢もわたくしなんかに会いたくないでしょうしね。
 

 食事を終えたヴィヴィアンは遅れた予定を取り戻すべく足早に自身の執務室へと向かうのであった。
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