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第一章 突然の訪問者
【16】
しおりを挟む「デハッ、コレニテ失礼致シマス!!」
慇懃無礼上等とばかりにシンディーは形ばかりの礼を済ませばそそくさと、一刻も早くその場より立ち去りたいとばかりにサブリーナへ与えられた部屋を辞していった。
子爵家の令嬢として幼い頃より武芸だけではなく、礼儀や淑女としての所作も厳しく教えられたシンディー。
しかし今回だけは貴族としては元より、プライステッド公爵夫人の専従侍女としての仮面は脆くも剥がれ落ちてしまった。
元来人付き合いが余り得意とは言えないシンディーにしてみれば、ヴィヴィアンと言う存在は色々な意味を含めて救いの女神そのものだったのである。
跳梁跋扈する社交界において常に我こそは如何に美しい白鳥であるかの様に水面下で行われているだろうお互いの足の引っ張り合いと言う名の駆け引きをシンディーは苦手とした。故にデビュー関係なく社交界へ全く馴染む事も出来ず何時も壁の華を貫いていた。
まぁシンディー的には放置してくれる方が気分的には楽だったし然して問題に思わなかったのだが、年頃の娘を持つ彼女の母がそれを善しとはしなかったのである。
17歳となったにも拘らず未だに決まった婚約者のいない娘へ口を開けば婚約結婚といい、相手を探す様にいや、シンディーが結婚をしたがらないのを見越してこれまでに何度釣書や母親の好む相手を身繕っては嫌がる娘を令息の元へ連れて来られただろう。
だがその度にシンディーは清々しいくらいに相手を見事ぶった切っていたのは言うまでもない。
自ら進んで行きたくもないし関わり合いたくもない社交界と呼ばれし世界で繰り返される様々な催し。
そこに当時はまだ侯爵令嬢だったヴィヴィアンは顔を合わせる度に何くれと優しく、また根気強く頑なだったシンディーへ話し掛けていた。
そんなこんなで警戒心の強い野良猫令嬢のシンディーは、この親子程も違う年齢差のあるヴィヴィアンにだけは自然と穏やかな気持ちになれたのだ。
触れ合う回を重ねる毎にシンディーはヴィヴィアンに対し思慕を募らせ、恋愛感情ではないけれどもヴィヴィアンを包む懐かしくも優しい空気の中で何時までも浸っていたいと思っていた。
また当時よりヴィヴィアンが主催するミルワード侯爵家のお茶会は、他家とは違い何から何まである意味特別であった。
そう焼き菓子から軽食に至るまで全てをヴィヴィアン自らが作っていただけではなく、テーブルを飾る花々や事細かな、恐らく誰一人として気づかないであろう細部へ至るまで、彼女は常に細心の注意を払っていたらしい。
こうしてミルワード侯爵邸へ招かれた者達は皆、ヴィヴィアンの用意したお菓子や軽食、それからウィットに富んではいるけれども相手を思いやる心を決して忘れない彼女との会話に皆時が流れるのも忘れ、穏やかな雰囲気の中でお茶会が終える頃にはその日招待された者全て何某かの祝福を受けていた。
それは愛する者より向けられる優しい愛の言葉もあれば、長年苦しんでいただろう古傷が快方へ向かう者もいる。
また中には明日をもしれないと遠方に住んでいるだろう祖父より突然病が快癒したと言う知らせを受ける等、受けられる祝福は人それぞれである。
祝福を与えし姫巫女。
何時からなのかはわからない。
ただ気づけば皆、平民貴族関係なくヴィヴィアンをそう呼ぶと同時に称えていたのだ。
だがヴィヴィアン自身にしてみればその祝福に関しては全くの無自覚且つ無意識でしかないもの。
俗に言う聖女の様に神より与えられし力を自由に、思うままに行使出来るのでもない。
何がどうなっているのか等ヴィヴィアン自身は全く皆目見当のつかないもの。
とはいえ現実に気づけばヴィヴィアンは触れ合う者へ無償の祝福を与えていたのである。
そうして何年もその奇跡に近い祝福を与えている間に一つのお約束事に気づいていく。
そう無自覚無意識に他人へ祝福を与える事は出来てもだ。当の本人ヴィヴィアン自身は決して祝福を受ける側にはなれないのだと。
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