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第二部 第二章 泡沫の夢と隠された真実
2 怠惰と嫉妬
しおりを挟む「久しゅうある。我が愛しの息子であり天上地上を統べし最高神サヴァーノ・ボナヴェントゥーラよ」
艶やかな漆黒の流れる髪。
そして不思議な光を放つ翡翠の双眸。
美麗な顔に形の良い唇が美しく弧を描けば、何とも言えない女性の色香を纏う美しき女神そのもの。
また美しいのは顔だけでなく女性らしい肢体の曲線は勿論の事、流石美を冠する女神故に身体のバランスは最早黄金比と言っても差し支えはないのだろう。
「これはこれは我らを生みし母であるだけでなくこの世界の母たる創始の女神インノチェンツァ。まさか貴女も人間へ転生を……ふふ、よもやその美しい肉体は嘗ての神のもの――――ではないのでしょう」
最高神は皮肉を込め嘲笑うかの様な口調で問いかける。
「ふん、可愛くないのは相変わらずじゃな」
「それはお互い様でしょう」
インノチェンツァは然も面白くないとばかりにプイっと最高神より視線を逸らせた。
「そうじゃ、そなたの言う通りこの身体は忌むべき脆弱なる人間の器に他ならぬ。じゃが妾は美の女神故に美しさを損なった器には到底耐えられはせぬ。それが些少であろうともじゃ。美の女神たる魂の宿る肉体の美しさが本の一欠けらでも翳ろうともすればじゃ。妾の穢れ無き至高の魂の器としては到底認められはせぬ」
「そうして気に入られた器を転々と渡りゆかれたのでしょう」
若干呆れ口調で最高神は目の前の美女を心底辟易と言った様子で見つめていた。
「そ、それの何処が悪いと言うのじゃ。妾にとって美しさは何よりも大切なるもの!! この世界において美しきものそれ即ち妾と同義であろう!!」
「そう……ですね。確かに貴女より美しさがなければ――――」
得られぬ愛に醜い嫉妬で身悶える愚かな女……か。
言葉にしてこそ発しはしないけれどもである。
元々創始の女神インノチェンツァとは名前こそ大仰だが実際のところ彼女は神としての仕事を余りにも放棄し過ぎていた。
いや、世界を創造した時既に彼女は神としての御力は底をついていたのだ。
そうして終焉を迎えるその瞬間までインノチェンツァは神としてでなく己が欲望へ忠実に生きていただけ。
何故創始の女神と呼ばれしインノチェンツァはこの世界を創成したのか。
『ふむ、まあ気紛れ……かの。あの頃はほんに退屈じゃったからのう』
最高神は何気に訊けばやはり思った通りの返答が帰ってきたと同時に途轍もなく頭痛と眩暈を生じてしまった。
また奇しくもインノチェンツァの退屈と気紛れによって創成されしこの世界で彼女によって生み出されたのは、最高神サヴィーノと何をしても優秀過ぎる兄神ガイオ・ヴィルジーリオだけ。
『のう、ここには何もないのじゃから素敵な楽園と言うモノを創ってみせよ』
そうしてインノチェンツァの一言によって何もない無の世界が一瞬にして広大な緑豊かな大地と、それらを囲む何処までも広がるだろう美しい碧い海を最高神が――――ではなくだ。
兄神であるガイオの御力によって誕生させたのである。
『ふむ、そうじゃな。次は幾ら美しゅうでもここには昼の明るい光と闇夜に輝く光がないのはつまらぬわ』
インノチェンツァの呟きによりまたしてもガイオは瞬く間にこの世界の昼を照らす太陽と夜の闇を照らす月を生み出した。
『じゃがのう……妾ら三人だけでは何とも詰まらぬと思わぬか』
そこで漸く最高神は自身の出番が回ってきたとばかりに、だがそれも兄神ガイオの協力と言う力添えによって多くの神々……後のバレーザ神族を次々と生み出したのである。
思うままそして請われるままに生み出されていく神々達へ役割とその御力を与えていけば、突如インノチェンツァは鼻息荒くしサヴァーノへと要求してきたのである。
『妾は美ぞ!! 美の女神の地位は誰にも渡さぬっ』
『いや貴女こそはこの世界を創成され、また我ら兄弟神を生み出した大いなる御力を身の内に秘められし創始の女神。高が美だけに拘る――――』
『嫌じゃ!! それに大いなる力等妾の身の内にはもう存在せぬわ。何せ世界を一つ創成したのじゃからの。それに元々妾は末端の末の娘。我が兄妹に比べれば……妾の力等微々たるもの。じゃがのう、それにしてもあの者だけは……違う』
何処か寂しげに語るインノチェンツァはゆっくりと彼方の方角へと視線を向ける先にいたのは――――サヴァーノの兄神ガイオであった。
『ガイオ……でしょうか?』
無意識にもサヴァーノ自身の声音が低くなる。
それはサヴァーノの身の内でずっと秘められまた決して気づきたくもなければ認めたくもない想い。
この世界でインノチェンツァに生み出された瞬間よりひしひしと感じていた想い。
そして誰よりも傍近くにいるからこそである。
この歴然とした圧倒的な力の差を感じずにはいられない。
同じ時にっ、同じ条件っ、全てが同等である筈のサヴァーノとガイオと言う兄弟神であるのにも拘らずにだ!!
どうしてこんなにも身の内に秘められたる御力だけではなく、人望そして心の許容……そうきっと突き詰めればキリがない事はサヴァーノ自身が十分過ぎる程に理解をしていたのだ!!
これはどうしようもない嫉妬である事を!!
醜い嫉妬こそ無垢である筈の神の心を穢す最も大きな罪である事も……。
『妾はガイオが愛しい。出来得る事ならばガイオの伴侶として永遠に傍にいたいのう』
そう無邪気笑い、余りにも無邪気に望みを口にする目の前の母である女神は、サヴァーノよりも兄神のガイオを愛しいと語ったのだ。
まあそれも最初から薄々……サヴァーノ自身気づいてもいたのだ。
この母なる女神にとって自分への関心が余りにも薄いと言う事実を……。
だがこうして目の前で告げる母の憎らしいまでの無邪気さにより、サヴァーノは気づかぬ内にガイオに対し愛憎を抱いてしまったのである。
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