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第二部  第一章  囚われのヴィヴィアン

21  涙と記憶と希う想い

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「きゃあああああああああ!!」
「大丈夫だっ、僕は何時でも貴女の傍にいる!!」

「はっ、はっ、はっ、はあ、りぃ……ヴィ? わ、はあ、わ、私、私はっ!?」
「そうだよヴィー、僕はここにいる!! 僕は貴女の夫であるリーヴィーで、貴女はこの世でただ一人愛する僕の大切な奥さんだよ。それ以上もそれ以下でもなく……ね」


 それは皆が寝静まった真夜中であった。

 突然自身の悲鳴により目覚めたヴィヴィアンはやや過呼吸気味であると共に仄暗い室内でさえも美しい輝きを放つ紫水晶の瞳からはぽろぽろと真珠の様な涙を幾つも溢れさせていた。

 全身は多量の発汗により夜着がしっとりと湿れば柔らかな身体に張り付いている。

 同じ寝台で彼女を愛おし気に抱き締めて眠っていただろうリーヴァイは、そんな彼女をゆっくりと上体を起こして座らせればそっと優しく抱き寄せつつ、まるで幼子をあやすかの様に彼女の背を優しくぽんぽんと撫で下ろす。

「大丈夫、何も心配する事はないよヴィー。僕が何時でも、何時までもこうして護っているからね」

「うん、っす、で、でもっ、リーヴィー……私は、私はもしかしなくても……」

 溢れる涙と不安げな表情のままヴィヴィアンはリーヴァイをそっと見上げる。

 何時もよりも数段幼さが増せばである。

 それはリーヴァイにしてみればたとえ様もなく愛おしさが常よりも数倍、いや百万倍増していけば彼の心の中は何とも言えない甘酸っぱい想いで満たされていく。
 
 だがそれと同時にこれより先に起こりえる現実との狭間でリーヴァイ自身もまた苦しんでもいたのだ。

 そうだからこそ愛する者へとこいねがう。

 譬えそれが現実には叶わないだろう願いだとしても……。


「何も考えなくていい。ただこうして何時までも僕の隣で笑ってはくれないかな。ヴィーが笑っていてさえいてくれれば僕は本当に何もいらないのだよ」

「リーヴィー……」
「本当だよ。皇族や公爵位なんてものがなくてもいい。いやそんなものは最初から僕は欲してはいない。第一この様な大きな屋敷や土地もいらないからね。そうただの一人の人間の男としてヴィー、貴女が僕の隣で何時までも微笑んでくれるのであらば本当にそれだけがあれば僕は何でもしてみせる。ね、お願いだから生涯……いや次も、そのまた次も永遠に僕のヴィーでいてくれると約束をして欲しい」

 リーヴァイの、何時になく真摯な物言いとその心の温かさの中へヴィヴィアンは直ぐにでも逃げ込んでしまいたかった。

 そうこのままヴィヴィアン・ローズとして、リーヴァイの妻としてきっと今目の前の彼ならば彼女の恐れるバッドエンド等起こりよう筈がない事を、今ならば何故か素直に信じられると思ったのである。

 だがヴィヴィアンは悲壮な面持ちで自分を見つめ真摯に愛を乞うリーヴァイを、ただただぽろぽろと大粒の涙を流して見つめるしか出来なかった。


 『』と何の躊躇いもなく返事をするには余りにもである。

 二人の間に流れてしまった数千年もの膨大な流れの間に生じた様々な想いが重石となり、そうして強力な呪いとなって歩み寄る事を遮る広大な茨の海と化していた。


「ご、ごめ……ごめ……」

 ぽろぽろと泣く事しか出来ない自身をとても情けないとヴィヴィアンは思う。
 きっとこの機会を逃せばもう自分は、己の心はもう全てを――――。

「泣かないでヴィー。僕は全てを承知で貴女の傍にいるのだからね。そして同時に何があろうとも僕にとって唯一は何時でも、そう何時までも貴女一人だけだ。これはあの日あの時、いや初めて出逢ったあの瞬間より何一つ変わりはしない。譬えこの先何が起こりまた世界がどの様に変化しようともだ」

「リーヴィー、わた、私、私は……」
「だからたった一つだけでいいから覚えておいてくれないかな」

「い、嫌、嫌、嫌よっ!! 忘れたくなんかっ、もう絶対に貴方を忘れたくはないの!!」

 大きな声を上げてヴィヴィアンは幼子の様にしゃくり上げれば全身で以って拒絶をする。

「僕だって、この時をどれ程……ああ本当にこの瞬間をどれ程待っていただろう。そしてどれ程この瞬間の訪れを恐れていただろう」

「リィヴィっ、嫌っ、私は嫌っ、忘れたくなんてないっ!! 忘れるのは嫌よ!! もう貴方を、あ、愛する貴方より離れたくはないの!! どの様な大罪だと、世界中の者達よりっ、大神だろうと誰であろうとどの様に指を指されても、更なる呪いを、罪を追わせられようと構わないっ!! 貴方の傍で生きていけるのであれば私はどの様な姿でも構わない!!」

「ヴィー……貴女はやはりもう全てを思い出したのだね

 ヴィヴィアン……ローザと呼ばれし彼女は問われた言葉に少し驚けば、直ぐにゆっくりと頷いてみせる。

「ええ全てを、そうしてこれより起こりうる事も……。私はその為だけに生み出されたのですものお父様より……」
「ローザそれは違う。貴女はその為だけではない!! 少なくとも僕は、私は貴女を唯一の相手として心より欲していた!!」

「そうあの中で貴方だけ。貴方がいたからこそ私はこれまでを生きてこられたのです。でももう時間は再び動き始めたわ。私の心とは別に。そして私は私自身をもう押さえつけられない!! ねぇリーヴィ……いいえガイオお願いです。私が私である間に今一度私を殺して!!」

「ローザ⁉」

 リーヴァイは一応驚きはしたものの、だがそれすらも予想をしていたかの様に悲しげな表情のまま秀麗な顔を苦し気に歪ませていく。

「ごめ……んなさい。ずっと貴方には辛い想いばかりさせてごめんなさい。でも私にはそれしか手段がなくて……」
「いや謝らないでローザ。遅かれ早かれ何時かはこの時が来る事をわかっていたのだからね」
「ガイオ、ガイオっ、誰よりも何よりも貴方を愛しているわガイオ。何時までも、この先何が起ころうとも私の愛はガイオ、貴方だけのもの……」

 二人はお互いがお互いを貪る様に何度も口付けを、そうして身体の隅々へ愛と言う想いを刻み付ける様に交わり合っていく。


 真実の愛を確かめ合う恋人達に残された時間はごく僅か……。


 これより待ち受けるだろう非情過ぎる運命を呪いつつも受け入れるしか道はない。

 恋人達の濃密過ぎる甘い時間はゆっくりとそして確実に刻まれていくのであった。 
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