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第一部  第一章  突然の訪問者

15  揺蕩う波の狭間で…… Ⅱ

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 だが悲劇はそこで終わりではなかった。

 そんな彼女の楽しげな様子に興味を示した皇帝夫妻が何気に声を掛ければ、あろう事かヴィヴィアンは皇帝の背中をバンバンと叩きながら笑う状況に、流石の周囲……いやいやヴィヴィアンの両親と兄はムンクの叫びならぬ絶叫の様な状態のまま全身を真っ青にさせつつカチコチに、身体をこれでもかと言う程に固まらせていた。


 もうその瞬間ヴィヴィアンの家族全員の精神は瞬殺状態だったと言っても過言ではなかっただろう。
 

 しかし当のヴィヴィアンが実際に飲んだワインの量はほんの小さな一口だけ。


 その一口だけで彼女は一瞬の内に家族全員を瀕死の状態へとしてしまった。

 また背中や肩をバンバンと何度となく叩かれようとも陽気な酔っ払いヴィヴィアンの様子を見ては『面白い』と、何時もは厳しく冷血漢と呼ばれている皇帝すらも思わずつられる様に破顔一笑してしまう始末である。

 結局最後には宴会状態となり無事にお開きとなった舞踏会での出来事に対し、後日ミルワード侯爵含め騒動の発端であるヴィヴィアンにも一切お咎めはなかった。


 そうして案の定翌日目覚めたヴィヴィアンは昨夜の醜態を晒したであろう記憶について一切を覚えてはいない。

 だが父親である侯爵より事の次第を事細かく教えられれば、何時の間にか彼女は顔の色と言う色の全てを失くしてしまっていたらしい。

 以来ヴィヴィアンは何があろうともアルコールと名のつく飲み物を一切摂取しなかった。
 ただし料理やお菓子作りにおいては過熱する事でアルコールが飛ぶ故に、今も少量のみの使用はしている。



 しかし今夜ばかりは長年封印していたアルコールを僅かなりとも自ら進んで摂取したのは、ヴィヴィアンにとってワインを飲まなければいけない理由はそこそこにあったのだろう。


 何時かは――――と覚悟をしていたとはいえ、やはりヴィヴィアンも普通の女性。
 愛する者の裏切りに何も感じない程冷酷な人間ではない。


「っく……ばぁか、ばーかばーかリーヴィなんてもう知らないもん。もういらないしもう逢いたく――――⁉」

 全身を真っ赤にさせてヴィヴィアンは、お気に入りのクッションをしっかりと抱えそのままソファーへ突っ伏しながらぶつぶつと泣きながら文句を零していた。
 
「……その様な事を言わないで僕の愛しい女神様」

 ふわりと背後よりそっとヴィヴィアンを抱き締めるのは温かくも逞しい両の腕。

「っや、も、もういらないっ、リーヴィーなんてだ、大っ嫌い!!」
「ヴィー……」


 抱き締められる腕の中でヴィヴィアンはいやいやと小さく身体をよじり何度も逃げ出そうと試みるがそこは男女の力の差と言う所が大きい。

 どの様にヴィヴィアンが抵抗しようとも彼女の愛する夫は暴れる妻を余裕で抱き上げればすたすたと、隣室……つまりは夫婦の寝室へと歩みを進めていく。

「嫌っ、放してリーヴィ―ってば⁉ や、やっぱりあの娘が来ちゃったもの。っく、だから私とリーヴィ―は結ばれ――――ん、む、んんっ……⁉」
「嫌だよ僕は何があろうとも絶対に貴女を逃がしはしない」
「う、嘘よっ、だってだってそう言ってもやっぱり未来は何も……」
「そんな不吉な言葉なんて譬え愛しいヴィーでも許されないよ。だからこれは僕からヴィーへのお仕置きだ」

「い、嫌……んむっ、あ、あん、そ、そんな……事ばっかり、い、つも、私……は、あっ、りぃう゛ぃの、あっ、玩具…あ、ああああ!!」


 寝室の中央にあるのは二人で眠るには大き過ぎる寝台が一つ。


 ヴィヴィアンは寝台へ優しく壊れ物の様に降ろされれば、頭の回らないままの彼女の上へずしりと心地の良い重みが覆い被されていく。


 結婚をして五年もの間三日と開けずにヴィヴィアンは何時も夫の腕の中でぐずぐずに蕩けさせられていた。

 何時も何度でも絶頂まで引き上げられ、そして気が付けばその絶頂より降りる事さえ許されず、揺蕩う波の中で何度もヴィヴィアンは真っ白に弾けていく。


 そうして気づけば朝はやってくるのだが何故か愛する夫の寝顔をこの五年もの間ヴィヴィアンはほんの数える程しか見てはいない。


 そして今夜も、いや翌日には恐らくヴィヴィアンはきっと何も覚えてはいないだろう。

 また愛する夫の愛に溺れてきっていると言う現実すらも……。
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