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第八章  それはある日突然に

3  裁判所で Ⅱ

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「私は今日の調停役の安井と申します」

 調停役の男性はとても穏やかな顔立ちと優し気な話し方をする人だった。

 私は何もかも初めての体験もあってかなり緊張していたと思う。
 それだけにその男性の声を聴いてほんの少しだけぴんと張り詰め過ぎる心に安堵感を覚えた。

 だがそれもほんの僅かである。
 対面へと視線を向ければ今まで見た事もない、いっそ清々しいと思えるくらいの見事な能面と化した看護部長と顧問弁護士だと名乗る男性がいた。

 看護部長は私を視線を合わせる事無くまたその表情は以前我が家へ来た時とは全く異なるものだった。
 
 ああこんな表情をする人だったんだなと思うと同時にだからあの時私の助けを求める声も平気で無視が出来たのだろうと酷く納得をしてしまった。


 そうして調停内容はあくまでも病院は何の落ち度もなければ問題もなかった事を主張する。

 また私へ関するパワハラは存在しない。

 だから私へ謝罪する事も慰謝料等は発生するものではなく、過剰労働等による鬱も病院との因果関係は一切生じないのだと言う事を私達母子へしっかり理解した上で認めなさいと言うものであった。

 だが当然の事ながら私達が認められる筈はない。
 これを認めてしまえば一体私のこれまでの鬱で苦しみ続けた諸々の想いや時間もだが苦しんだのは何も私一人だけではない。

 私は勿論の事そして家族に友人達も同じくらいに現在進行形で苦しんでいるのだ。 

 なのに何もなかったと認めてしまえばそれらの苦しみや想いは意味をなさなくなってしまう。


 それだけは絶対に嫌だった。

 今更何もなかった事に何て認められる筈がない。

 もし認めてしまえば私は一体何の理由で鬱になったと言うのだろうか。

 私は不安と恐怖で一杯になりながら、また心の中はあらゆる負の感情が奔流となって荒れ狂っていようともである。

 それでも何とかそれらを抑えながら私は精一杯自分自身の言葉で、泣きたくはないと思いつつもやはり涙腺が弱くて涙はポロポロと流れて落ちる中で反論をした。


「ですが私達の方こそ桃園さんの仰る事を到底受け入れられません。こちらは一切何もしていませんからね」
「そんな事――――っっ!!」

 何をどう私が述べても弁護士はのらりくらりと話をはぐらかすだけではなく病院側に一切の落ち度はないと、現に労災でも認定されなかった事が何よりの証拠なのだと何処までも強気で押し通していく。
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