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第六章 壊れ失うもの
18 二度目はKO
しおりを挟む私は今更ながらにそれは現実にあるものなのだと思う。
本当に物語で述べられている様な大きな嵐の前には、その前触れを一切感じさせないだろう常には感じる事のない穏やかで静かな時間と言うべき存在を……。
昨日の元旦は看護部長の愚行とも言えるべきちょっとした問題が起こったとは言えである。
今日は朝から当センターの問題児……と呼ぶには些か年齢は重ね過ぎている桜井さんも比較的大人しいと言うか不気味なくらいに穏やかだ。
また午前中は特に大きな問題もなく静かに時間は過ぎていく。
この日の私は受け持ちだった。
リーダーでなくて良かったと心から思いつつ淡々と与えられた仕事をこなしていく。
今日の受け持ちの中にいる何名かは血圧が後半になって下がってしまう患者さんがいる。
私は念の為にと細目に血圧のチェックをしつつ情報収集を兼ねて順番に新年の挨拶を行っていく。
「―――桃園さん、あんただけはここを辞めんといてな」
それは透析センターで仲良くさせて頂いている中にいるだろう一人で女性の患者さん。
新年の挨拶をした際に何の前触れもなく突然そう言われてしまった。
この時はまさかその数時間後に待ち受けているだろう未来を知る由もなかった私はにっこりと笑って答えたのだ。
「大丈夫。辞めるなんて思っていいひんから……」
「そうか。ほんまに約束やで」
「そうやね、ほんま今の所はそんな事を思ってへんからね」
何とも言えない眼差しに数分間も見つめられればである。
ほんの少しだけ居心地の悪さを感じてしまった。
どうして行き成り。
今まで一度もこんな風に言われた事がなかったのに……。
何とも不思議な気分なったのだけれどもだ。
隣のベッドより大きなしゃがれ気味の声で、これまた意味不明な全否定的な台詞?
「大丈夫や。わしらがいる内は桃園さんは辞めささへんて」
いやいやわしらが……って、第一貴方はこの病院の経営者じゃあないでしょ。
何て心の中で思わず突っ込みを入れてしまうけれどもだ。
「あはは、お気持ちはめっちゃ嬉しいですよ」
「ほんまやで、あんたは辞めたらあかんで」
「はいはい」
何気ない患者さんとのやり取りがこんなにも有難くも嬉しいと思う。
こんな私を必要と思ってくれる人達がいるだけで、何時も沈みがちだった心がウキウキと温かくも満たされていく多幸感。
同僚と上司には決して恵まれてはいない環境だけれどもである。
私を必要としてくれる患者さんがいる限りもっと頑張ろうと、きっと頑張れると素直に思った。
そうして何とか無事に午前のクールが終わり午後へと、私を待ち受ける運命の時は刻一刻と私の許へと迫ってくるのであった。
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