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第五章  じわじわと

10  魔物

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 川島さんの血圧は60/台まで低下していた。
 何度呼び掛けても応答は――――ない。

 意識レベルは既に三ケタまで下がっている。
 うだうだと考えるまでもなく直ぐに返血をしなければいけない。
 そして私はそれを実行していく。
 
「休憩室から誰でもいいから看護師を呼んで!!」

 そう私が川島さんの返血をしている間に他の患者さんがもし急変すれば直ぐに対応が出来ない。
 たとえほんの数分の間でもである。
 透析を行う上でその数分間が命取りなのだ。
 
 返血を終えれば川島さんの意識レベルは徐々に回復していく。
 まだ若干ぼーっとしているけれども声掛けにちゃんと返事をしてくれている。
 だがその顔には冷汗を掻き、きっと辛くてしんどいのだろう。
 川島さんの表情はまだ苦悶に満ちていた。

 また血圧の方はまだ思う様に上昇が認められず、意識が戻ったところでカフェインを服用して貰い針はそのまま抜かずに要観察状態とした。

 もう少し状態が安定すれば抜針し止血確認を行う予定である。
 

 でもちゃんと無事に意識が戻ってほっとし胸を撫で下ろす。
 確かにある程度返血すれば状態が安定するとわかっていてもである。

 それでも何時も、そしてこれは確実ではない。

 出来ればもっと早く看護師がフロアーにいない事に気づき、細部にまで注意が出来ていればここ迄血圧は下がらなかったのかも……と反省していればである。

「何? 意識戻ったんなら態々わざわざ休憩中に呼び出さんといてよ。出てきたって何もする事がないやん」
「本当だよ桃園さん。私達は今休憩中だからね」

 その物言いに怒りからの呆れを思いっきり通り越した先には、幾ら発しようとしても言葉と言うものは直ぐに出てこないものなだと初めて知ってしまった。

 本当に何なのだこの人達は!!
 一体誰の所為で川島さんは意識レベルが下がって……っっ!!

 そう思った直後、私の背筋にすーっと冷たいものが伝い落ちていく。
 

 もし――――である。
 そうもしMEの男の子がもっと後になって、いや私へ直接報告がなくこのままMEの子達が二人きりで透析を見守っていたとすれば、あまり考えたくはないけれども川島さんの急変には気が付かなかったのかもしれない。

 何故なら川島さんのいる場所は彼らがいた所よりも少し奥まった所であり、彼らの位置からも遠かったのである。
 
 あの時不意に川島さんの事を思い浮かべたのは偶然。
 そしてそのまま彼女の許へと私が向かったのも偶然の事なのである。
 
 異変に逸早く気づいた私は偉い――――何て事は全く思わない。

 ただ思うのは表現のし難い恐怖である。
 身勝手な行動一つで患者さんの命が危険に晒される恐怖。

 なのにその事へ全く自覚をしないばかりか、患者さんの事よりも自分達の休憩時間を中断されかけた事に対して怒りを露わにする三人の看護師。

 明らかに反省する様子もなければ悪びれる事もない。
 そうこの瞬間より私の目には彼女達の存在は一体何を考えているか等わからない恐ろしい魔物に見えた瞬間だった。

 また魔物とはこの先永遠に意思の疎通は図る事は出来ないのだろうか。

 だがこの時の私はまだ宇宙語を話す魔物の存在と分かり合える余地はあるのだと心の何処かで信じていた。

 まさかこれ以降も、いやいやこの先八年以上に渡り私を大いに悩ませる存在へ変化する等想像だにもしなかったのである。
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