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本編

2  鋼の心 (改)

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 私は速やかに王宮より脱出すべく馬車へ乗り込むと王都にあるタウンハウスへ向かう。
 
「はぁ……漸くだわ。本当にどれ程この瞬間を待ち侘びたかしら」



 あれは今から約十一年前の事。
 私は5歳になったと同時にあの馬鹿の婚約者へ問答無用で据えられてからの毎日は試練の連続だったわ。
 もういっそ何かの苦行と断言してもいいわね。

 確かにあの馬鹿は王子様としての外面は100点満点だった。
 キラキラと輝く淡い金色の髪と人々を魅了する煌めくエメラルドグリーンの瞳に顔だけ?
 残念ながら私は少しも魅了されなかったのだけれどね。
 それでも王子様としての所作やの行動は王族として満点だったわ。

 遠くから観賞用として眺めるならば問題はない。

 だが一旦人目がなくなればだ。
 それまで綺麗に隠していただろう本性を曝け出しても良い状況になれば天使な王子様は何処へ行った?
 目の前には魔界の最下層に生息し、迷い込んだ人族を生きたまま喰い殺してしまうと噂される悪鬼と化す。
 生まれた時より美しく聡い王子と持て囃され注目され、一挙手一投足に至るまで見られる生活でストレスは思い切り堪るのは理解するし同情もしよう。

 とは言えそれは王族として生まれた者の宿命であり、見られる生活の裏を返せば国民の納める税金で税を凝らした生活を送っている代償だ。
 彼らの命と生活を護るのが王族と貴族の務めなのである。

 だから王族だけでなく貴族もまた彼らの納める税金に胡坐を掻いてはいけない。

 彼らの納める税金は錬金術で湧いて出る訳ではない。
 税金とは汗水垂らし過酷な労働の対価である。
 その運用を間違えてはいけない。

 
 あら、少し話が逸れてしまったわね。
 これも王太子妃教育の賜物かしら。
 つい力説してしまったわ。
 でもそれも今日で終わり。
 ま、学んだ知識は何れ違う形で役に立つわね。


 話は戻り馬鹿王子様の溜まりに溜まった鬱憤は目下彼の一番身近にいる婚約者を甚振る事で発散するのはどうかと思ったわ。

 甚振られる私にしてみればただただ迷惑この上ない。



 一応これでも私は公爵家の令嬢。
 然もこの国の東西南北を護る、我が家は北の地を護るノースモア公爵。
 因みに南はソウル公爵家。
 東はエズモンド公爵家。
 最後の西は王妃様の生家ウェストウィック公爵家。

 この四つの公爵家が国を護る要であり、王家であろうとも粗略にする事は憚られると言うか絶対に出来ない。

 だがあのクズで馬鹿な王子はそれを理解した上で私を甚振っていたのである。
 まぁ理由の一つはわからなくもない。
 でもそれは私が行った訳でもなければこれまでの現状を鑑みればよ。
 クズ王子よりも私の方が被害は大きいと思う。

 とは言えこれであのクズ王子との婚約が破棄になるのであれば善しとしなければいけないのか。
 下手に藪を突いて何かが出てきて、これ以上の被害を被るのは何としても回避したいのが本音。



「お嬢様、本当に上手く婚約破棄が調いますでしょうか」
「そう……ね、無事に婚約破棄が出来る事を祈るばかりだわ」

 今一緒に馬車に乗っているのは私の専属侍女のジョアン。
 これまで私が辛い日々を送っていた事を一番知っている。
 だからこそ不安なのでしょうね。

 そうあのクズ王子は婚約破棄を宣言しただけ。
 悔しい事にまだ正式に

 婚約破棄を正式なものとする為には先ず両家の話し合いに国王陛下の御裁可がなければ認められない。
 今はただあのお馬鹿が好き勝手に喚いているだけにすぎない。

 でも今回は衆目の中で堂々と宣言してくれたから証人は沢山いるわね。
 ふふ、これで彼お得意の証拠隠滅は不可。
 それに今回は何時もと違い表向きの、キラキラ王子様として宣言してくれたのだもの。


「さぁタウンハウスへ到着したら直ぐに領地へ向かいましょう。王家が何か仕掛けてこない間に傷ついた心を癒す為、北の大地へ帰りましょうジョアン」

「本当ですか?」
「あら、これでも私は傷つきやすい16歳の乙女なのよ」

 嘘を吐いてはいない。

「ジョアンはたった今までお嬢様を鋼の御心を持つ16歳の乙女様だと思っておりましたよ」
「ま、失礼ね。でも鋼でなければこの世の中生きてはいけないのも事実だわ」

「そうで御座いますね。でもジョアンは何処までもアリスお嬢様のお供を致しますから」
「ありがと。大好きよジョアン」


 傷つきやすいガラスの心……何て最初から私には存在しない。
 何故なら私はこの世に誕生した瞬間より強くある事を定められている。

 当然こんな運命を呪った事もある。
 特に婚約者がクズだとわかった瞬間は本当に我が人生を恨んでしまった。
 流石に呪う事まではしなかったけれどもね。

 でも今は違う。 
 漸く回ってきたこの好機を絶対に逃して何かあげない。

 だって彼はそれを選んだのだもの。

 何かと制約の多い人生だけれどその分我を通す事もある程度許される。
 今回ばかりは私の思う通りにさせて貰うわね。
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