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終章
16 秘め事
しおりを挟む隠し通路を抜け、王宮の執務室にいたのはラファエルとチャーリー。
エヴァは開かれた隠し扉より執務室へ入ると先ず二人へ淑女の礼をし、次に焼き立てのクロワッサンが入っているバスケットをラファエルへと笑顔で渡す。
「以前マックスの所でクロワッサンをお気に召して頂けたようなので、先日のお詫びも兼ねて先程焼きましたの。どうぞ皆様でお召し上がりになって下さいませ」
「エヴァンジェリン、これを私の為に、か……?」
椅子より立ち上がり素早く執務机より離れたラファエルは、差し出されたバスケットを何とも嬉しそうに受け取る。
エヴァの焼くクロワッサンは確かに王宮の料理長が作るものよりも美味だった。
だがそれは料理長の腕が劣っているという訳ではない。
ただ同じクロワッサンでも愛しいエヴァが作ってくれたというだけで特別になってしまうのだ。
愛らしいエヴァを見て相好を崩すラファエルを、チャーリーは実に喜ばしいものだと感じていた。
エヴァは兎も角アナベルも正確にはラファエルの表の顔をまだ知らないだろう。
彼女達の前では不甲斐ない姿しか見せてはいないが、それでもラファエルは一国の王なのである。
それに今やルガートは新興国とは言え、その勢いは大陸一と近隣諸国からも一目置かれている程のもの。
エヴァの前にいる時は飼いならされた大型犬の様だが、実際国王としてのラファエルは何処までも冷酷で、ルガートの益とならないモノならば即断で切って捨ててしまう。
政治手腕も長け、然も整った顔立ちにエヴァ以外の女性を容易に近づけさせないオーラを常に放っている彼は、未婚既婚を問わず女性からの注目を一身に浴びている。
今日も今日とて縁談の書簡が山と積みあげているのが現状である。
無論エヴァの存在は誰も知らない。
だからこそこうして飽きもせず書簡を送ってくるものなのだが……。
勿論ラファエル自身そんな書簡に興味はない。
彼にとって何よりも愛しい存在がここにこうして傍にいてくれるのだ。
おまけに初めてエヴァよりラファエルの許へ訪れてきてくれたのである。
告白した翌日に彼女が笑顔で訪れたという事は――――そう誰でも期待をしてしまうだろう。
「そのエヴァンジェリン、昨夜の私の想いを受け入れてくれたと思ってもよいのだろう、か?」
常に自信溢れる男も最愛なる存在の前では、その溢れる自信はこうも脆く崩れ去るものなのだろうか。
つい今し方まで自信に漲っていた声は何処か覇気がなく、愛に飢え焦がれている様に喉の奥はカラカラに渇き、自然と声も掠れればまた弱々しくも聞こえてしまう。
こんな状態のラファエルは今までに一度として見た事がないとチャーリーは改めて思う。
彼の知る中でラファエルの初恋であった女性、マリアーナの時でさえもこんな自信のない彼を見た事がなかったのだ。
だからこそ願ってしまう。
今度こそラファエルの恋が上手くいけばいいと一側近として、また愛する従兄弟としてもチャーリーは穏やかにその様子を見守っていたのだが……。
とは言えそんな彼らの思惑通りにいかないのがエヴァという女性なのだ。
彼女はそんな自信なさ気なラファエルの問い掛けに、これまた天真爛漫な笑顔で答えたのである。
「はい勿論ですわ陛下」
「エヴァンジェリンっっ」
歓喜に打ち震えるラファエルを、そっと覗き込む様にエヴァは続ける。
「ふふ、勿論偽装結婚の事に御座いましょう? それはですね。まだあの御方が生きていらっしゃるようなのですもの。だから当然の事なのでしょう。私はその事にはちゃんと心得ておりますわ!! それよりも私は大丈夫ですので陛下もどうかご無理をしないで下さいませ。あ、そうそうこれからもこうして私が作ったものをお届けしても宜しいのでしょうか? お嫌でしたら無理はもうしませんわ。ですが何もお役に立てない私ですが、こうして少しでも皆様のお役に、某かお役に立ちたいと思い至りました次第にて……」
「え、エヴァンジェリン……??」
「はい、何でしょう陛下?」
予想だにしなかったエヴァの態度に動揺を隠しきれないラファエルを余所に、彼女は何時と変わらず通常運転である。
通常運転過ぎるエヴァへ尚もラファエルは彼女の白く柔らかな、白桃の様なまろみを帯びた胸のその内側に秘められたる想いを何としても確認せずにはおられない。
譬え、そうエヴァの答えがラファエルを含め彼女を知る者達は容易に想像出来たとしてもだ!!
ラファエルにしてみれば聞きたくないであろう答えとしても、彼は敢えてその地雷を踏むしかない。
だから――――。
「そ、そのなエ、エヴァンジェリンっ、昨夜の私の気持ちへの返答は……」
「あぁはい、えぇ大丈夫ですわ陛下。あれは私を安心させようとして仰られたものでしょう。ふふ、でも私はもう子供ではないのですよ。だからその様なお気遣いは不要ですわ」
そう言ってエヴァンジェリンは小さな花が幾つも一斉に咲き綻ぶ様な可憐な笑みを湛えたまま、彼女は美しい所作で再び淑女の礼をすると執務室より辞していった。
一方わかっていた筈なのに、それでも直接愛するエヴァの口より告げられたショックでカチコチに固まったラファエルは二の句を継げないままそんな彼女の姿を視線だけで追うしかなかったのである。
「ふぅまだまだお子様の様で御座いますね王妃陛下は……」
チャーリーは小さな声でやれやれと両肩を竦め、また誰に言う訳でもなく呟いたのだが、明らかに目の前の主は肩をがっくりと落とせばしっかりと落ち込んでいた。
チャーリー曰くこの時のラファエルは心の中で泣いている姿が容易に可視化されていたらしい。
あぁ今日も残業になりそうですね。
深い嘆息をすると共に使い物にならなくなったラファエルの首根っこをぐいっ掴むめば取り敢えず椅子に座らせ、エヴァの焼いたであろうクロワッサンを一つ掴むとそのまま彼の口へ勢いよく突っ込んだ。
もぐもぐ……。
「……旨い」
「そうですね。王妃様のクロワッサンは大変美味ですよ。ですからエル、兎に角今回はそれを食べて下さい。そして次回へ向けてモリモリ馬車馬の如く働いて下さい。いいですね。これは今も昔も変わる事無く――――仕事の出来ない男は女性に嫌われる事間違いないのですからね」
「あぁ……そうだな。まだ何も完全に終わった訳ではないのだからな」
「えぇそうですよ」
そうしてチャーリーは慣れた手つきで紅茶を淹れ、心理的疲労の色濃い従兄弟を労わる様に濃いめの紅茶に砂糖とミルク多めのミルクティーを差し出した。
ラファエルは暫くの間……とは言え執務の関係上ほんの僅かな時間なのだが、甘い紅茶と愛する妃の焼いたクロワッサンを堪能する。
執務室を後にし足早に離宮へと戻る途中エヴァは昨夜のラファエルの告白を思い出していた。
何を隠そうあの時の胸のざわつきも……。
ほんの少し立ち止まり、胸に手を当て瞑目するだけで、たった今あったかの様に鮮烈で、然も何やらとても甘酸っぱいだけではなく、心がほんのりと心地の良い温かさに包まれていく。
そうして初めて味わう想いに思わず笑みが零れてしまうのだが、エヴァは今暫くはこの気持ちが何というものなのかがわかるまで心の中でそっと留めておく事にした。
そうこれは誰にも内緒……。
エヴァンジェリンだけの秘密である。
おしまい
何時も拙作を呼んで下さり有難う御座います。
これにて『忘れられた王妃様は真実の愛?いいえ幸せを探すのです』の第一部は完結となります。
色々伏線は残っていますがそれは第二部にて回収できれば……と思います。💦
第二部開始はまだ決めてはおりません。
色々未完の作品を完結させたいのもありますし、また新作も書きたいと言う気持ちも出てきたのでそれらを調整して進めていきたいと思います。
今日まで応援して頂き有難う御座いました。
季節が変わりゆく中で一日の気温差も大きくなっています。
どうか皆様、十分着自愛くださいませ。
(人''▽`)ありがとう☆
Hinaki
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(人◕ω◕)ぁりヵゞ㌧㌧♬