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終章

15  アナベルの失態

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「まぁまぁアナベル一体どうしたの? とても顔色が優れないわ。さぁ何時までもそんな所で突っ立っていないでお食事にしましょう。今朝はニンジンのポタージュとフルーツサラダに薫製したサーモンもあるわよ。あぁそれとも少しお部屋で休んだ方がいいのかしら」

「え、エヴァ様〰〰〰〰」

「え、なぁにアナベル?」

 ご機嫌な様子のエヴァとは対照的にアナベルの心は何処までも奈落の底へと堕ちていく。
 アナベルの意思に反して時間は非情にも?いやそこは普通に時を刻んでいくのである。
 そうして朝食を終えたエヴァはアナベルに伝達魔法を用いてラファエルへ先触れを出す様お願いをした。
 魔法の使えないエヴァにとってこういう時は何とも遣り切れない気持ちになってしまう。
 魔力は人並み以上なのに……。


「……私は平民となんら変わらないわね。こんな初歩的な伝達魔法でさえも出来ないのですもの。本当に私は王族なのかしら」

 つまらない愚痴を零しても仕方がないと思いつつもつい漏れ出てしまう本音。
 モヤモヤする気持ちを必死に抑え込もうと物憂げな視線を外へと向けるエヴァに、アナベルは思いっきり彼女へ喰らいついた。

「何を仰いますエヴァ様!! エヴァ様の魔力は私……いいえ、父王陛下の魔力よりも遥かに勝っておられるではないですか!!」

 確かに生まれ持った魔力は測定値が振り切れる程のものとは言え……。

「でもねアナベル、そう言ってくれるのはとても嬉しいのだけれども、幾ら無尽蔵に魔力を保有しているからと言えどもそれを使う能力がなければ何もないのと同じよ」
「いいえ、いいえエヴァ様それは違います。遠く遥か昔にたったお一人だけいらっしゃったではありませんかっ」

 冷静なアナベルが何時にもまして両手に力を入れて力説する。
 しかしそれを快く思わないのはエヴァである。
 美しいエヴァに似合わない眉間に深くしわを寄せ、恫喝というものには程遠いのだが、それでも常より比べれば幾分低い声でアナベルに問い掛けた。

「まさかアナベル貴女はを言っているのではないでしょうね?」

「――――そうだと申し上げればどうなさいます?」
「はぁ、どうもしないわ。私は女神の様な力なんて持ってはいないただの人間なのよ」
「ですがですわエヴァ様」

「だから? 血が繋がっているから? そんなものはただの妄言よ。まさかアナベルまでライアーンにいる長老達の様な考えだとは思わなかったわ。 もう十年、十年もの時間が経ったのよ。そんな妄言を言う者はもういないと、でもアナベルが言うくらいなのだから、今私が帰国すればきっとまだそんな妄言を言う者達がいても可笑しくないわね。やはり当初の予定通り第三国の方がいいのかしら? 私を全く知らない場所なら私は幸せになれるのかしら……」

 最後はやや涙声で、自分へ言い聞かせるようにエヴァは呟いた。
 もの悲しい表情をするエヴァの姿を見たアナベルは自分が取り返しの出来ないミスを犯した事を悟ってしまった。
 それに気付き慌ててエヴァへ謝罪するのだが、一度出てしまった言葉はもう元には戻せない。

 それこそ覆水盆に返らず……である。

「エヴァ様……本当に申し訳、御座いません」

 アナベルは両肩の力を落とし沈痛な面持ちで謝罪の言葉を繰り返す。
 一方エヴァもまた自身のエメラルドグリーンの瞳に光は消え、悲しみを湛えていた。

「……陛下の所へ行ってくるわ」
「では私も――――」

 顔を上げ、自分も供をするとエヴァに言いかけた瞬間――――。

「お願い、少し一人にさせて頂戴」

 やんわりとエヴァは拒否の意思を示す。
 二人だけの生活において初めての事だった。
 エヴァを慕うアナベルは当然ショックを受けたのは言うまでもない。
 だが悲しみを湛えた瞳をするエヴァに言われればアナベルはもう何も言葉を発する事も出来ない。
 文字通り指を咥えたままエヴァがバスケットにクロワッサンを詰め、奥の部屋にある隠し通路へと姿が消えていくのを忸怩たる思いで見つめるのみ。
 
 いや、消えゆくエヴァの姿をつぶさに、喰い気味にアナベルが見つめていたのは言うまでもない。
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