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終章
6 仲直り
しおりを挟む静かに扉を開けたアナベル。
部屋の主の眠りを妨げない様にそーっと足を踏み入れようとした瞬間だった。
別の意味でアナベルは悲鳴をあげそう……いや、既に叫んでいた。
「あ……ら、アナベル?」
アナベルの脳内では現在進行形で健やかな寝息と共にあどけない表情で眠っている筈のエヴァがである。
何故かその彼女が今部屋の中央で一歩前へ片足を出し、両手を前後に振り上げ歩こうとしている形そのままの状態で身体を固まらせていたのだ。
然もエヴァの顔は薄暗い部屋の中でもしっかりわかるくらい見事に引き攣らせた笑顔でアナベルを凝視している姿は何とも珍妙である。
ここで百歩譲り且つアナベルのエヴァへの愛を以ってしても、常の可憐な乙女は存在してはいない。
エヴァにしてみればアナベルに謝罪をすると決めているのにも関わらず心の準備が間に合わず、譬えるならば猟師にばったりと出くわしてしまった小動物といった感じそのままにアナベルの顔を見て固まってしまったらしい。
二人の間で奇妙な時間は流れたのだがそこはエヴァ命の脳筋令嬢アナベル。
未だ固まったままのエヴァに自身の心情を1㎜も悟られる事なく、アナベルは両手に抱えた大きなバスケットを抱えそのまま何も言わず淡々と彼女の寝室へと入っていく。
ソファーの前にあるローテーブルの上にバスケットを静かに降ろすと、アナベルは慣れた手付きで紅茶の入っているポットを取り出せば、紙に包んであったサンドウィッチを皿の上へ綺麗に並べていく。
程なくしてカップに紅茶を注ぎそして準備が整ったところで――――。
「エヴァ様、温かいお茶を淹れましたのでどうぞこちらへいらして下さいませ」
アナベルは柔らかな笑みを浮かべエヴァにソファーへと促した。
それは決してエヴァ以外には見せない極上の笑顔。
「……あり、がとう」
エヴァはと言えばアナベルのその一言によって緊張が解れたのか、促されるままにソファーへ静かに腰を掛ける。
一方アナベルも自分の分を用意すると彼女の隣へとここぞとばかりに移動する。
そこは何があろうともエヴァ命――――である。
「……今夜だけですよ。こんな夜更けにお茶会をするのは…
…」
淑女の嗜みとして体型は極力維持しなければいけませんからね。
穏やかで少し茶目っ気のある口調でアナベルは、エヴァへそう告げると軽くウィンクして見せた。
「あっ、アナベルっ!!」
「ど、どうなさいましたエヴァ様っ」
アナベルの名を呼んだと同時にエヴァはアナベルの身体へと抱きついた。
「あ、あのねアナベル。そ、その色々とごめんなさい!!」
「エヴァ……さ、ま!?」
「私が大人気なく何時までもつまらない意地を張ってしまって。でもちゃんと理解はしているの。アナベルは勿論だけれど陛下やマックス、皆私を護る為に沢山嘘を吐いてまでしてくれた事に対して本当に申し訳ないと思っているのわ。本当にごめんなさい。直ぐに謝る事が出来なくてごめんなさい」
エヴァはアナベルの腕の中でそっと頭を心持ち上げ、やや上目遣い気味に彼女へ許しを請う。
エメラルドグリーンの瞳を涙で一層煌めかせ、少し興奮しているのか白い頬をほんのりと朱く上気させた可憐な乙女の仕草に脳筋令嬢アナベルは……。
「わ、私は何も怒ってはいませんよ。反対にエヴァ様へ何も申し上げる事も出来なくて、こちらこそ本当に申し訳ないと思っているのです。で、ですからもう謝らないで下さいませ。アナベルはエヴァ様が何時も笑っていらっしゃる事が何より嬉しいのです」
「アナ、ベル……」
「そうですね。では今宵のお茶会で全てなかった事に致しましょう」
「本当に? もう怒ってはいないの?」
なおも上目遣いで切々と訴えるエヴァに、アナベルの脳内は花が咲きに咲き乱れるお花畑へ突入したのは想像に難くない。
エヴァ様の可愛らしさにアナベルはもう鼻血が止まりましぇん!?
心の中が大暴走中のアナベルは、必死に表に出すまいと表情筋を駆使したのである。
「えぇ、エヴァ様が笑顔でいて下さるならば何も問題は御座いません」
「ありがとうアナベル」
「はい、エヴァ様」
そうして夜も更けたというのに二人は三週間分の時間を埋めるかの様に楽しいお茶のひと時を過ごした。
明け方になりエヴァは安らかな表情で眠ったのを確認してアナベルはそっと部屋を後にする。
あぁ〰〰〰〰っ、エヴァ様物凄く可愛いですわ!!
それにしてもっ、あの可憐な乙女の上目遣い……破壊力が半端ないですわね。
余りのお可愛らしさと急激にエヴァ様充が出来た事で、本当に一瞬鼻血が噴き出してしまわないかと肝を冷やしましたよ。
ですが本当に良かったです。
こうしてエヴァ様と仲直りも出来ましたし、こ、こんな私に感謝もして下さっていたなんて……。
お、おまけにだっ、抱きしめてっ!?
ご、ご褒美が多過ぎます!!
こんなにご褒美が多過ぎてはアナベルは嬉しさの余りあの世へと飛んでいきそうですわ!!
鼻息荒く何やら不穏な言動をぶつぶつと呟きながら幸福感に包まれたアナベルは静かに?自室へと戻って行く。
勿論エヴァはアナベルと同じくらいにラファエルそしてマックス達に感謝をしていたのだが、そこは脳筋令嬢兼侍女のアナベル、見事に自分へ都合よく脳内変換をしていたのは言うまでもない。
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