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終章

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 ジェフリーの死の一件よりひと月の時が流れた。
 あの後王宮ではジェフリー、ルートレッジ侯爵家の長年に渡る裏切り問題が取り沙汰された。
 彼当主であるジェフリー自身は最期に己が命を賭してまでエヴァを護ったその功績により、内々ではあるのだが恩赦を与えられる事になったのである。
 とは言え表向きにはルガートの天敵とも言えるシャロンへ与していた事もあり、ルートレッジに連なる一族郎党全ての者の家名断絶の上領地没収となった。
 それは使用人に至るまでである。
 速やかに処罰されていく中、ジェフリーの遺体は王都の中にある英雄達の眠りの丘へと密かに埋葬された。

 だかあくまでもこれは極秘裏で、その真実を知る者はほんの僅かである。

 何故ならエヴァ自身は未だ離宮の住人。

 忘れられたと言うのか、いや最初から周知すらされてはいない王妃を助けた――――という理由事態が抑々存在しないのだ。
 
 そんな中当事者でもあるエヴァはラファエルより外出禁止を言い渡されていた。
 何故なら未だ全ての元凶であるアーロンを含むシャロンの残党が国内に潜伏している可能性が拭えないからである。
 だからしてその間エヴァは診療所へ行く事も出来ず、ただ静かに時が流れるまま離宮で大人しく過ごしていた?

 いやいやそんな筈はない。
 大人しくどころか、エヴァはずっと怒っていた。
 救出された当初は純粋にジェフリーの早過ぎる死を悼み悲しみの余り泣き暮らしていた。
 ジェフリーに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになり、それこそ寝食を忘れ彼の為に泣き腫らしていた時だった。

 ぐぅぅぅぅぅぅ。

 悲嘆に暮れるヒロインにあるまじき音が、大音量で鳴り響く。
 然も何回も……である。

 室内に誰もいないとはいえ、これはこれで結構恥ずかし過ぎるとエヴァは咄嗟に自身の腹へ手を押し当てる。
 手で押し当てたからと言って腹の音が鎮まる筈もない。
 つい今しがたまで感じなかった空腹感が腹の音を合図に一挙に押し寄せてきたのである。
 そして一度認知してしまった眩暈がする程の強烈な空腹感は時間が経っても一向に収まるどころか、いやエヴァの胃と脳の両方で『お腹が空いた。早くご飯を食べさせてよ』なんてわいのわいのと騒ぎ出す。

 空腹を抱えたエヴァが何気に見つめた先には、ローテーブルの上あるポットカバーが掛けられた紅茶に木苺のジュースと、少し歪なサンドウィッチや彼女の好きなクロワッサンが所狭しと用意されていた。
 それらは毎朝早く、然もまだエヴァが泣きながら寝落ちしているのを見計らって、アナベルがそっと差し入れてくれるもの。

 だがこの数日もの間エヴァはそれら一切に全く手をつけようとはしなかった。
 流石に紅茶だけは、身体が水分を欲してしまう為に少しずつでも飲んではいたのだが……。
 
 ごくん――――。


 す、少しだけだったら食べてもいいわよね?
 別にハンストをしている訳でも、そ、それにダイエットの為の断食をしていたのではないのですもの。
 

 ただ純粋にジェフリーが突然あの様な形で亡くなり、彼の死にエヴァ自身の存在が関わっていた事が罪深くもあり悲しくてとても喉が通らなかったのもある。
 だがそれと同時に少し、いやかなり意地になってしまったのも否定はしない。

 今回の一件でエヴァは色々と隠された真実を知ってしまったのである。
 またエヴァだけが知らなくて、エヴァ以外の周りの者達だけが全てを知っていたと言う事。
 その真実を知りエヴァは何故か自分だけ爪弾きにされた感が否めなかったのだ。
 ラファエルヤマックスだけならまだしも、誰よりも信頼していたアナベルに裏切られたと思ってしまうくらいにショックを受けてしまったのである。
 だからアナベルが毎朝用意してくれたものへ手をつけなかったのだが……?
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