上 下
101 / 122
第四章  現在

26  始まりは終わる為にそれとも終わりは始まりの為にあるもの?  Sideジェフリー

しおりを挟む


「…………っ、エヴァンジェリン」

 確かにその名を仰った。
 何時もの掴みどころのない飄々としたアーロン様とは別人なのかと思う程に余裕はなく、然も喉の奥より絞り出す様に漏れ出た声は渇望にも似た擦れた声で彼女を、フィオ嬢へ向かってその名を告げられたのである。

 エヴァンジェリン。
 ライアーン王国第一王女にして我が国の秘匿された王妃陛下の御名であり、アーロン様が心を傾けられる唯一の女性。

 あれは確か五年前の事。
 前シャロン王が戦場で討ち取られ、ルガート軍は一気にシャロンへと、シャロン城へなだれ込みましたが、私の機転で世継ぎの君であられるアーロン様だけは何とか裏社会より手を廻し、我がルートレッジ侯爵領へ無事にお連れする事が出来ました。

 ですが後の王族の方々はその場で全員処刑となりましたね。
 まぁこう申しましては何ですが、アーロン様以外の御方々は実に遣えない方ばかりでしたので、厄介払いが出来て丁度良かったのかもしれません。

 その点アーロン様は幼い頃より頭脳も容姿も共に大変優れた御方なのです。
 そうですね、性格はやや難のある御方ですがそれも優秀過ぎるが故の事でしょう。
 まだ10歳にもならないと言うのにです。
 既に世の中について実に達観したと申しますか、この世界について大層悲観されておられたのです。

『この世界の為に人間は存在してはいけないものなのだよ。人間こそが世界をダメにしてしまうのだからね。僕は人間に生まれた事をとても後悔しているんだ』

 当時の私はまだ物心がつくかつかないかの幼子でしたが、父に連れられ何度となく秘密裏にアーロン様とお会いし、常人にはない物の考え方や捉え方に心酔したのは言うまでもありません。
 また、それが父達大人の考えでもあったのでしょう。
 幼い頃よりシャロン王家に仕える臣下としての擦り込みを……ね。


 確かにアーロン様はとても優れた御方ですが、優れておられるからこそあの御方の立たれておいでになる世界は常人である私には理解し難いものが度々あったのです。
 アーロン様と交流を深めつつも表の顔としてルートレッジ家はルガートの忠臣でもあらねばなりません。
 ルートレッジ家は表向きルガート建国より初代国王へ忠誠を誓っていますからね。

 またアーロン様には及ばないのですが私自身もそれなりに優秀でしたので、飛び級でわずか12歳の時に学院を卒業しました。
 そうそう一応同期生としてマックスとチャーリーもいましたね。
 彼らにはいえ、正確にはラファエル陛下の従兄弟でもあるチャーリーからは、あの頃より何かと目を付けられていましたよ。

 ルートレッジ侯爵家の黒い噂と私自身の行動について、ですけれどね。

 学院を卒業した私は父の、先代ルートレッジ侯爵が亡くなるまでの六年間を自領で領地経営の勉強と称し、その裏では秘密裏にシャロンにてアーロン様へお仕えしていたのです。
 そうして父が亡くなったのと同時に爵位を相続し、ルガート王宮の重臣の一人としてラファエル陛下に召し抱えられて以降私はラファエル様へお仕えしてきました。

 アーロン様とラファエル陛下のご尊顔は本当に瓜二つと言っても過言ではありません。
 瞳の色が違うだけで後は全て同じなのです。
 いえ、髪型等はアーロン様が面白いからと、陛下の髪形を真似ておられましたね。

 ただお二人の決定的に違うモノはです。

 アーロン様がならばラファエル陛下は

 私自身陰であるべきなのにいえ、陰だからこそ眩しい陽であるラファエル陛下へ惹かれたのかもしれません。
 そしてそんな陰と陽共に求められる存在こそがエヴァンジェリン姫だったのです。
 ですが長年憎しみさえも抱いていた彼の姫がまさかフィオ嬢だったとは、この世に神と言うものが真実存在するのであればこれ程酷い現実はありません。

 己が命を懸けても護りたいと思える乙女と出逢った瞬間にバッドエンドですか。

 ふふふ、そうですよね。
 あぁそうです。
 最初からわかっていた筈ですよね。
 何故なら彼女は、フィオ嬢はアーロン様が夢見る様な瞳でお話をされる女性そのものなのです。

 えぇっ、私が、ただ単に私自身がその事実に気付きたくなかっただけなのです!!
 フィオ嬢は私が初めて出逢った瞬間我が命を懸けてでも護りたいと――――本気で想う女性だったのです。

 ですがこれは最早運命としか言いようがありません。
 このままアーロン様はお望みの姫君をその手中に収めようとなされますが、一方フィオ嬢は、エヴァンジェリン姫はそれを望んでいらっしゃらない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

学園アルカナディストピア

石田空
ファンタジー
国民全員にアルカナカードが配られ、大アルカナには貴族階級への昇格が、小アルカナには平民としての屈辱が与えられる階級社会を形成していた。 その中で唯一除外される大アルカナが存在していた。 何故か大アルカナの内【運命の輪】を与えられた人間は処刑されることとなっていた。 【運命の輪】の大アルカナが与えられ、それを秘匿して生活するスピカだったが、大アルカナを持つ人間のみが在籍する学園アルカナに召喚が決まってしまう。 スピカは自分が【運命の輪】だと気付かれぬよう必死で潜伏しようとするものの、学園アルカナ内の抗争に否が応にも巻き込まれてしまう。 国の維持をしようとする貴族階級の生徒会。 国に革命を起こすために抗争を巻き起こす平民階級の組織。 何故か暗躍する人々。 大アルカナの中でも発生するスクールカースト。 入学したてで右も左もわからないスピカは、同時期に入学した【愚者】の少年アレスと共に抗争に身を投じることとなる。 ただの学園内抗争が、世界の命運を決める……? サイトより転載になります。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

魔法の数はステータス!? 転移した先は女性ばかりが魔法を使う世界!

三原みぱぱ
ファンタジー
ある日、剣と魔法のファンタジー世界に放り込まれた竜ヶ峰清人(リュウガミネ キヨト)。 美少女レイティアが嫁として現れる。 しかし、そんな甘い事ばかりではない。 強力な魔法が使えるのは女性のみ! 使える魔法の数がステータス(社会的地位)となる女性が強い世界。 男は守られるべき存在のこの世界で、魔法も剣も使えない主人公。   モンスターと戦えば足手まといと怒られ、街中で暴漢を止めようとするとぼこぼこにされる。 そんな俺Yoeee主人公は、金髪美少女のレイティアに恋人として認められるのか? 師匠である剣豪ムサシマル助けられながら、恋のライバル、アレックスやソフィアを交えて進む、ラブコメファンタジー! 感想、心よりお待ちしております。 完結しました! ノベルアッププラスで「ゼロの転移者」としてリニューアル連載していますよ。

騎士団に入る事になりました

セイラ
恋愛
私の名前はレイラ・エバーガーデン。前世の記憶を持っている。生まれは子爵家で、家庭を支える為に騎士団に入る事に。 小さい頃から、師匠に鍛えられていたレイラ。マイペースで無自覚な性格だが、悪戯を企む時も。 しかし、周りから溺愛される少女の物語。

精霊のジレンマ

さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。 そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。 自分の存在とは何なんだ? 主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。 小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。

処理中です...