上 下
80 / 122
第四章  現在

5  白馬の青年 Sideエヴァ

しおりを挟む
「やっ!!きゃあ」

 行き成りだった。
 腕が伸びたかと思えば強引に私の右腕が掴まれてしまった。

 勿論私は抵抗したわ。
 でも男の腕は石の様に硬くて全くびくともしない。
 改めて男を見れば……いえ睨みつけたわ。

 ボサボサの髪に薄汚れた衣服をだらしなく着崩した様相の中肉中背の男。
 厭らしく私の姿を上から下までじっとりと舐める様な視線と舌なめずりする様にぞっとしてしまう。

「あ、やぁっ⁉」

 触られるのも嫌だった。
 なのに男は私を容易に自身の腕の中へと囲い込むの。

 無論抵抗したわ。
 殴られてもいいと思うくらいに抵抗を試みたわ。
 こんな暴挙は断じて受け入れられない。
 
「は、放し……⁉」

 拒絶の言葉を発すると共に空気を吸い込んだ瞬間、余りの悪習に吐き気を催してしまったの。

 離れていた時はまだ微かだったから苦にもならなかった。
 力づくで腕の中へと囲われるとその何とも言えない安酒混じりの口臭って、何日歯を磨いていないのかを問いたかったわ。
 それともう何日かさえも考えられない程の汗と埃とそれから……以下略。
 私の想像を遥かに超えたえた体臭で呼吸が出来ないだけでなく涙まで滲ませてしまう。

 これ以上もう男の体臭を吸いたくないと強く思った私は必要最低限の呼吸をするだけに気を取られた所為で、男より逃れたいのに思うよう身体へ力が入らないと言う負のスパイラルへと陥ってしまった。
 
「へへ、直ぐに善い思いをさせてやるさ」

 そう言ってずるずると私を向こうにある小屋へと引き摺っていく。
 こんな男に何をされるのかは正確にはわからない。

 でも私は嫌!!
 こんな男に好き勝手されるのだけは何があろうとも許さない。
 でも思う様に呼吸が出来なくて力が入らない。
 とは言えこのままでは危険だと言う事はわかる。

 第一男のが私へ当て嵌まるとは到底思えないのだもの!!

 だから臭いが嫌だからとかなんてもう言っていられないの。
 私は臭いのを我慢して思い切り大きな声で叫んだわ!!

「離してっ!!汚らわしいこの手を離しなさい!!」

「っ、何をこのアマっ、何調子こいてやがんだ。ちったぁ痛い目に合わねぇと大人しくならねぇのか!!」
「な、きゃあ!?」

 グイっと強引に私の胸倉を男が掴む。
 咄嗟に殴られると思った瞬間、私はその衝撃を予想し目を瞑った時だった。


「――――おい、お前何をしている?」
「んあ゛あ゛……?」

 最初に視界に入ったのは雪の様に真っ白な馬。
 その馬に騎乗しているのは鮮やかな緑色の髪に漆黒の瞳をしたやや神経質そうな面持ちの青年。

「もう一度問う。お前その娘に何をしようとしているのだ?」

 彼は馬より降りる事無く私と、正確には無礼にも私を囲いこんでいる男を悠然と見下ろしていた。
 キリっとした凛々しい面差しの青年の思わぬ登場に男は何を思ったのかしら。
 私の身体を放す事無く、そして当然だと言わんばかりに青年へ向けて口汚く罵ったの。

「おうおうっ、何カッコつけてんだよ貴族のにーちゃんがよ!!ここはあんたみたいなお貴族様が来る所じゃねーんだよっ!!俺はこれからこの姉ちゃんと仲良くしけ込もうっていう時に邪魔何かすんじゃねぇ!!わかったらとっととこっからここから出ていきやがれ!!」

 嫌、汚いっ、唾を飛ばさなずに話してよ!!

 本当にもういい加減にして!!
 
 帰りが遅くなればアナベルが……⁉

 そこで私はある事を思い出したの。
 私は男が青年へ気を取られている一瞬の隙を見逃さなかった。
 気付かれない様自身の身体を捩らせ渾身の力を込めて男の股間を思い切り膝で蹴り上げてやったわ。

「――――っうぅ!!」

 私の身体より男の手が離れ股間を抑え蹲ろうとする前に、男の足の甲の真ん中辺りを少しヒールのある踵で力一杯に振り下ろす。

「――――っっ⁉」

 突然の痛みで悶絶する男へ最後の仕上げと言う様に私は先程蹴りを入れた場所へご丁寧にもぐりぐりと力一杯捩じりつけたの。

 本音を言えば罷り間違っても男性の股間何て場所を蹴るどころか触りたくもないわよ。
 ましてやあの様に汚い男のモノ何て論外にも程があるわ。
 でも働き始めてからアナベルよりこうした対処法を教えられていたの。

 アナベル曰く……!!

 そうだからアナベルの長年に渡る指導に基づいて実行しただけ。
 まさか本当にこんな日が来るとは思わなかったわ。
 また私自身出来るとも思わなかったけれど……。

 出来ればもうこの様な体験をしたくはない。

 男はその場で股間と足の甲を抑えて蹲ったまま悶絶している。

「うぐ、ちき……しょうっ、こんな小娘なんかにっ!!」

 悪態を吐く事は出来てもても暫くは動けないみたい。
 だから逃げるのならば今しかない。
 私は男より距離を取ろうとした時ふと青年と目が、視線が絡みつく様な不思議な感覚を抱いたの。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...