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第三章  過去2年前

19  怒れる脳筋令嬢

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 翌朝エヴァは何時も通り目覚め食事を済ませると、パンや料理の下拵えしたものをバスケットに入れ診療所へと出勤した。

 今の彼女に昨夜の恐怖の色はない。
 それもその筈。
 エヴァの記憶は封印されたのだから……。

 まぁ封印と言えそれは一時的なもの。
 本来ならば根こそぎ消去してしまいたかったのだが、掛けられた術が余りにも強力だったのだ。
 無理をすれば最悪術は跳ね返り、エヴァの命に係わる可能性があった。
 だから彼等は一時的な方法を取るしか選択肢がなかったのである。




 話しは数時間前に戻り深夜2時頃。
 ここは王宮裏にある離宮、エヴァが眠る彼女の寝室。
 エヴァの眠る寝室にはアナベルとラファエル、マックスとチャーリーの四人が彼女を囲む様に立っていた。
 何故本来はいる筈のない三人がここにいるのかと言えばだ。
 勿論アナベルの独断で呼び出したからに決まっている。

 この忘れ去られし離宮は、表向きは数代前のルガート王の寵愛を受けた愛妾の為に建てられたとなっているのだが実際ルガート王国が建国されてまだほんの百年しか経ってはいない。
 おまけにラファエルを含めても国王は四代しか変わってないのに数代前……と言うこの矛盾を周りの者はと受け止めている。


 何故人々はそう思い込んでいるのか?
 それはによってなされているのだ。


 秘密を秘密で覆い隠す事で護ろうとした結果、矛盾というものを至極当然にしたのである。
 そう実際にこの離宮が建てられたのは王宮が建てられたのとほぼ同時期。
 だが建物を比べるまでもなく王宮はまだ百年くらいの建造物と思われる様相に対し、離宮はそれ以降に建てられたものの様に寂しくも暗く陰気な佇まいを呈していて……いや、はっきり言ってかなりボロい建物にしか見えないのである。

 誰がどう見比べても同じ年数の建物には見えない。
 そしてそれこそがこの離宮を建てる事に携わった魔法師達の目論見なのである。

 建設中よりあらゆる防御結界を張り巡らすのと同時に決して誰もこの建物へ関心を抱かぬ様に、またこの離宮を見ても記憶が残らない様忘却の魔法を幾重にも掛けられたのだ。
 だから皆離宮を見ても殆どの者は関心を示す事もなければ誰の記憶にも残らなかったのである。

 離宮の契約者によって入る事を許された者だけは離宮の存在を忘れる事はない。

 だが何故そんな曰くありげな建物があるのかと言うと……。



 初代ルガート王ルティエンス一世の正妃を兄であるシャロン王より護る為のものだった。

 当時のシャロン王も人のモノを欲してしまう何とも厄介な癖の持ち主だった。
 幼い頃より弟の婚約者へ恋情を抱いていたにも拘らず、自身は父王の薦める王女を正妃とした。
 やがて父王は亡くなり自身が即位するとである。
 それまで抑えていた想いは一気に膨れ上がり、何かにつけて弟の妃と接触を図ろうと画策した。

 然も弟が反旗を翻しルガートを建国してからはより一層彼の妃へ執着していく。
 またその想いは留まる事はなく、気づけば力づくで弟の妃を奪おうとしてきたのだ。

 無論ルティエンス一世の正妃がシャロン王に対し色目等使う事はただの一度もない。
 大らかなルティエンス一世とは違い同じ兄弟でもシャロン王は蛇の様に執念深く、その重過ぎる一方的な想いにルティエンス一世とその妃は、このままではいけないと当時頼りにしていた魔法師に相談したのである。

 そこでこの離宮を建てる事に至ったのだ。

 正妃はシャロン王が死ぬまで離宮で子供と過ごす事となったのだが、それはそれで家族と幸せな生涯を送ったという。

 そうエヴァに宛がわれたこの離宮は、彼女自身を元シャロンの王太子より護る為のもの。

 離宮はあらゆる防御結界の魔法も未だ健在だった筈。
 しかし今夜十五年に一度訪れた全ての防御結界を無効化とする朔の夜。

 エヴァはまんまと夢の中で襲われてしまった。

 世界で最も安全だと、誰もが安心していたその隙をあの元王太子は虎視眈々と蛇の様に執念深く、そして静かに息を潜ませ闇の中より狙いを定めてきたのである。
 連絡を受けたラファエルを始めマックスは一瞬氷水を浴びせかけられた気分になった。

 そしてエヴァの無事を聞き、夜陰に乗じ眠れるエヴァの元へと駆けつけたのである。



と仰いませんでしたか!?」

 怒りで全身をフルフルと震わせながらアナベルは、彼女よりも年齢と共に身分が上の男性三人を前にし盛大に睨みつけただけでなくしっかりと抗議していた。

 今より八年前この目の前にいる男達は当時シャロンに悩まされていたライアーン王へ、離宮はであると豪語していた。
 幼い王女の身を案じたライアーン王は愛する娘の安全を第一に考え悩んだ末に承諾したのだが、その経緯についても勿論アナベルはしっかりと聞かされていたのである。


「ま・さ・か十五年に一度ある朔の夜なんぞに私の命よりも大切なエヴァ様の夢が穢されるだなんて!!し・か・も夢だけではありませんわよね!!これっ、これですよ!!これは一体どういう事なのですかっ!?」

「ちょっ、ちょっと落ち着こうかアナベル……」

「お黙りなさいマクシミリアン・ゴードウィン」
「は、はいぃぃぃぃ!!」

「夢だけならまだしもです。エヴァ様へ直接ちょっかいを掛けてくるなんて!! ぜーったいに許される行為ではありません!!」
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