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第三章  過去2年前

14  想い やや胸糞注意です

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 トーマス・ジェンセン。
 ルガートの『紅蓮の騎士』と異名を持つ褐色の肌に燃え盛る炎の様な紅い髪と黒い瞳を持つ騎士らしくガタイのいい男。
 現在第二騎士団の副団長として剣の腕も申し分なく性格も大らかで人望も厚い。
 騎士見習いの頃よりラファエルへ絶対的な忠誠を誓い、シャロン滅亡での決戦に置いても目覚ましい程の活躍をみせ、戦が終結した際にはラファエルより直接ねぎらいの言葉も掛けられた程である。
 ラファエル自身も認めている将来有望な騎士の一人であり、そう遠くない将来彼は何れかの騎士団長へなるだろう男がだ。
 ラファエルの目の前でフィオを、いや正式には彼の妃であるエヴァンジェリンへ懸想していた。
 ただし想いが通じるかは別として……。


 ラファエルは男の正体を知り頭痛を覚えた。
 あのジェンセンの口振りからして昨日今日出会ったものではないらしい。
 様子からして彼の片思いであるのは容易に理解出来た。

 ジェンセンの空回り、若しくは独り相撲的な……だ。

 何よりフィオが彼の想いに全く気付いていない。
 見事な塩対応ぶりに同性として多少の同情を感じつつも、心の何処かで昏くほくそ笑んでいる自分がいる。
 しかしフィオの鈍感ぶりにも多少問題はあるとラファエルは思う。

 ジェンセンの親へ紹介したいと言っている時点で、何故彼女は暗にを示唆されていると気付かない!!

 あれだけ分かり易い態度ならば誰でも気づく筈。
 ジェンセンがぐいぐいと外堀より埋めようと画策している事に対しフィオの全くの無防備さに怒りすら覚える。
 
 根はいい男なのだ。
 そのいい男だけに何としてもフィオを取られたくないと思ってしまう自分は一体どうなのだ……と思わず自問自答してしまう。
 とは言え実際に彼女をどうしたいのかもラファエルの心の中でまだ定まってはいない。

 何とも滑稽で且つ情けない話である。
 ジェンセンや他の男にフィオを委ねたくはない。
 だが自分に彼女を幸せにする資格があるのだろうか?

 フィオの身の安全に対してはこれまで色々便宜は図って来ていた。
 あくまでも直接的ではなく間接的で……だ。
 今になってフィオへ、エヴァンジェリンへ惹かれるなんて……と一人部屋の中でラファエルは頭を抱えていた。


 コンコンコンコン。

「エル、入りますよ」

「あぁ……」
「何かあったのですか。お昼頃より何か浮かない様子でしたが……」

「いや、少し考え事だ。気にしなくともよい」

「そうですか。フィオも心配していましたよ。帰り際ですって」

 マックスは咄嗟にフィオの口振りを真似しおどけて見せる。
 その様子にラファエルは思わず渋い顔となる。

 幾ら口振りを真似ても30歳を超えた男がやっていいものではない。
 痛過ぎるだけである。

 それにどんなに真似ようともあの愛らしさは到底真似出来るものではない。
 フィオに変われる者等何処にもいやしない。
 彼女はこの世でたった一つしかいない、凛とした美しさを持つ百合の花。


「……マックス」
「如何しましたか?」
「今日ジェンセンが来ていたな」
「……あ、あぁジェンセン……ですか。そうですね今日だけでなくかれこれその三ヶ月と少でしょうか。彼は王妃様の元へ通い詰めていますね」

 マックスはラファエルに尋ねられややオーバーリアクション気味に答えてみせる。

「――――三ヶ月だと?」

「えぇ三ヶ月前に王妃様へジェンセンはプロポーズをしましたよ」

 勿論笑えるくらいの塩対応だったけれど……とその時の結果等についてマックスは暗に黙っていた。
 ただ少しくらいラファエルが動揺をするかもしれないと、またこれが引き金となりフィオへ気持ちが少しでも傾けばいいと咄嗟に思いついたのである。

 しかしそれを聞いたラファエルはマックスの想像以上に動揺していた。
 まさか三ヶ月も前に自分の知らない所でフィオの傍にジェンセンは今日の様に纏わりついていたのかと。
 フィオのあの塩対応を見ている限りジェンセンへ心を許している訳ではないにしろ、このまま放置していい筈はない。


 一刻も早く彼女よりジェンセンを遠ざけねばならない。
 恋や愛をと言う前に先ずフィオを誰にも触れさせたくはないのだ。


 そう決断したラファエルはマックスに命じる。

「今直ぐ第二騎士団指示を下せ。此度の人攫いの犯人を何としても挙げさせろ!! また犯人を挙げるまで休暇も返上だ!!」
「エル、それは幾らなんでも――――」

 ヤバっ、薬が効き過ぎたか……と休暇返上は幾ら何でもやり過ぎだとラファエルを窘めようとしたのだが、逆に室温部が氷点下に下がるくらいの双眸で睨まれてしまった。
 結果マックスは何も言えず早々にチャーリーへその旨を連絡する。

 そうしてジェンセンの待望していた休暇はこの瞬間露と消えてしまったのである。
 マックスは心の中でジェンセンに『済まない。そしてご愁傷様』と手を合わせたとか合わせないとか。

 横暴な命令を下したのにも拘らず何の良心の呵責も感じる事のないラファエルは、マックスが部屋を辞した後残りの書簡へ目を通していた。
 ふと何気に窓より見える夕闇の染まる空へと彼の深い湖の様な蒼い双眸を静かに向けた。






 ドサっ

「――――所詮紛いモノは紛いモノでしかないね。どれも彼女とは似て非なるものだ。さっさと処分してよ。見ているだけで胸糞悪くなる」
「…………」
 
 闇の中へとほうり出されたのは一応女性とみられる嘗て人間であった者。
 女性だったと思われるその身体中至る所殴られ蹴られた痣以外に、首や手足にはきつく紐で縛られた生々しい痕跡だけではない。
 衣服を身につけていない裸体には所々乾燥し、カピカピになった白濁したモノが何か所も認められた。

 弛緩しきった口元は緩んで半開きとなり、その女性の眼球は醜く抉り抜かれている。
 きっと生前は美しい髪だったであろうものは、ナイフの様なモノで乱雑に切られ見るも無残な姿だ。

 少しは抵抗をしたのであろう。
 腕や顔のあちこちに切り傷が幾つか認められる。
 そして闇の中であちこちに散らばっていたのは彼女の髪。
 やや薄汚れてはいるがその髪色は間違いなく赤毛交じりの金色ストロベリーブロンド
 男はゆったりと優雅に椅子へと座り片手にワイングラスを持ち、テーブルの上に活けられている白い百合の花に蕩ける様な甘い視線を向けている。


「あぁ早くこの手に入れて君の悦び悶える様から恐怖で苦しみ引き攣きつらせたいよ。あの美しい顔を何処までも歪ませてくれないだろうか。そして僕だけの為に、そう僕しか与える事が出来ない屈辱の中で君を死ぬまで穢してしまいたいよ。僕の愛するエヴァンジェリン」


 まるで物語を語るような口調で囁けばだ。
 ラファエルの持つかげりのある蒼い双眸ではなく、同じ青い瞳でも明るく真っ青な空を思わせる天色の双眸が、闇の中で可憐に咲き誇る百合の花を射抜く様に見つめていた。
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