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第三章  過去2年前

12  変化

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 翌朝フィオは何時も通り出勤して仕事を始める。
 ラファエルがいようといまいと関係はない。
 フィオは何時もの様に二人の食事の用意をしてから掃除に洗濯と忙しなく動いていた。
 そう何時からかラファエルが温かい眼差しで見つめている事に彼女は全く気がついてはいない。

 突っ込みどころ満載の完全なるドサクサ紛れの紙切れ上の夫婦。
 然も二人の間には八年と言う大きな時間の溝がある。
 20代の若者だったラファエルも今では30歳を超えたのだ。
 おまけに14歳と言う年の差は大きい。
 知らずに心の中に芽吹き始めた、名すら付ける事も烏滸がましいと思ってしまう想いにラファエルは嘆息するばかり。


 ラファエルがまんじりとした想いを抱きつつも時間は流れ、再会して早今日で五日。
 相変わらず目まぐるしくエヴァは働いている。
 その忙しさの中でも彼女は患者と寄り添い笑顔を忘れない。
 またラファエルに対してもである。

 診察中にも拘らず時々やってきては何かと声を掛けてくる。
 最初はわざなのかと邪推してしまった。
 何故ならフィオもまた彼の正体に気付きラファエルへ纏わりつく女達と同様に媚びを売るのか、はたまた長年不当な扱いを強いた形だけの夫へ地味に嫌がらせを……等と考えた事もある。
 だがそれらはラファエルの杞憂に過ぎなかった。

 残念過ぎる程にフィオ自身ラファエルを患者さんという括りでしか見てはいない。
 時々声を掛けるのも助手として当然の行為だったのである。
 また夫としてのラファエルの存在はフィオの中では完全に忘れ去られているようだ。
 しかしその現実がより一層彼の心の奥底で沸々と静かに苛立たせる。


 最初は心の奥の片隅で生じた微かな違和感。
 そしてそれは徐々に雪が降り積もる様にラファエルの心へ静かに音もなく積もっていく。
 フィオの、エヴァンジェリンを好きと嫌いのどちらかだと問われれば恐らくまだわからない……そんな淡い想いである。

 ただ目の前のちょこまかと動く愛らしい存在は、今までどの女性にもなかった不思議な心地良さを感じさせられるのだ。
 また驚く事にフィオの作る食事は文句なしに美味しかった。
 部屋の掃除も行き届いているし、寝台に置いてあるクッションの位置でさえも左肩へ負担の掛らないように配慮されている。
 他にも数え上げればキリがないくらい細々とした気遣いが、ラファエルの心へ穏やかで幸せな気持ちにさせてくれるのだ。

 八年前一度だけ対面した少女は確かに『ライアーンの百合』と称されるに値する美少女だったのが、今のフィオはそれ以上に光り輝いている。
 多分心の内面の美しさがそのまま彼女容姿となって顕わされているのだろう。

 未だ誰にも手折られる事のない百合の花の姫は形だけの夫の存在もなかった事にしている。
 その現実に胸に広がるほろ苦さをラファエルは感じていた。
 フィオ……エヴァに対する気持ちの変化を確実にラファエル自身自覚したのは、彼が診療所へ来て六日目であった。

 奴である。
 目下フィオに恋まっしぐらな騎士ジェンセンの登場だった。
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