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第三章 過去2年前
8 エルさん
しおりを挟むまたエヴァを手に入れるまでの代わりとして攫われた娘達は、多分アーロンの慰みモノになっている可能性が高いとマックスは最後に付け加えた。
ラファエルもマックスの言葉に同意見だった。
恐らく彼女達は今生きているのか死んでいるのか、きっと奴らに捕まった時点で死んだ方がましだと思うくらいの思いをしているのかもしれない。
自分があの時アーロンの首を刎ねていれば娘達は今頃地獄を見てはいなかっただろう。
返す返すも腹立たしいのと己の不甲斐なさをラファエルは後悔の念を抱く。
「……姫はその、私の事を全く覚えてはいない様だな。それはこちらも忘れていたのだからお互い様だがな。しかし目的がわかった以上姫を、王妃をここには置いてはおけまい」
エヴァには事情を説明し身柄を離宮へ戻しすと同時に警備を厳重にする必要がある……と、ラファエルは自らもこうしてはおれないから王宮へ戻ると言い出した所でマックスは慌てて止めに入った。
「陛下、エル!!王妃様は……フィオはまだ誰にも身分が知られていないと思っておいでです。そして漸くここで生きる目標を見出されたのです。それを今全てを奪われるお心算ですか。我々は幼い王妃様のお命を護るという理由で、ご両親より引き離しただけではありません。王女として何不自由なく歩まれるだろう人生を形だけとは言え、14歳も年上の陛下の許へ輿入れさせたのです」
「マックスお前……」
「確かに王妃様の御病気の為でもありますが、それはあくまでもシャロンを打倒する目的の付随したものなのです。我々大人達は王妃様へ名目上の結婚を迫り、離宮にて忘れ人同然のお暮しをおさせしたのです。お陰で病も無事快癒されましたし、目論見通りアーロンの手も今まで及ばなかったのも事実です。ですが行き成り夫であられる陛下が名乗り上げ、その手で離宮へ押し込めるのは些か短慮ではないでしょうか?」
「だがしかし……」
「これまで陛下の指示にて王妃様には一切気取られる事なくそれ相応の護衛は付いております。これからはより一層護衛にも力を入れましょう。ですのでどうか王妃様の生活を極力変えないで頂きたいのです。またここには王妃様を慕う多くの国民もおります。どうかその者達の為にも状況を見守って頂きたいのです」
マックスはラファエルに切に訴えた。
フィオの生きる目標。
まぁ確かに嘘は申していませんよ。
正しくはその目標を遂げる為の資金を貯めているなのですけれどね。
夜中の報告でアナベルと接している間に、彼女達が今何を企んでいるのかを何となくではあるがマックスは察してしまったのである。
だからと言って止める訳でもない。
目標を持つ……事は精神面の病に置いてとても大切な事。
フィオの主治医として今漸く彼女の未来が明るい兆しが見えている。
そんな時に生きる目標を奪われでもすれば折角完治した病も再び……何て事ないとも言えない。
心の病は常に不安定なのである。
完治したと安心してもだ。
何かの拍子でもっと酷い状態へと陥る事もあるのだ。
今まで辛い思いをさせてしまっただけにこれからは、そうこれからフィオには何時でも笑顔でいて欲しいとマックスは願う。
またシャロンが実際何かを仕掛けたとしてもだ。
フィオの周りには護衛を十分に張り巡らせている。
言い方は悪いが掌の上で遊んでいる間だけでもフィオに自由を与えてやりたい。
結果ラファエルもあの時アーロンを逃がしてしまったという負い目もあり、マックスの願いを渋々了承されたのであった。
ただし当初の予定通りラファエルは十日の間マックスの診療所に滞在する事。
またラファエルの事はエルで統一する事となった。
フィオに知られない為にも……。
コンコンコンコン。
「マックス、朝食の用意が出来ていますよ。それとこちらの患者さんのお食事はお部屋にお持ちした方が宜しいでしょうか?」
「あぁフィオ有難う。んーそうだね……」
少し考える素振りをしながらマックスはエルの方へと視線を向ける。
フィオからすれば可能なら食堂で食べて欲しいらしい。
「どうして?」
「だってマックス、ここは暫く誰も使っていなかった客間ですよ」
「うんそれはわかっているけど……」
「んもうっ、マックスってばどうして医師としてはピカイチなのにこういう細かい所はダメなのかしら。彼は患者さんなのですからちゃんと綺麗で衛生的な環境は必要不可欠でしょう?なのでマックス達がお食事をしている間にこの部屋のお掃除をしておきたいのです!!」
患者さんの前で皆まで言わせないで下さい!!
そう言ってフィオはピンク色の頬をプゥっと可愛く膨らませつつマックスへ文句を言う。
彼はそんな彼女へ目尻を下げた表情で「ごめんごめん」と笑いながら謝る。
他愛のないマックスとフィオの遣り取りに何とも言えない感じでラファエルは見つめていた。
視線を感じたのだろうか。
フィオは彼の視線を感じれば、瞬く間に頬を赤らめてしまった。
はしたない姿を見ず知らずの男性に見られてしまったわ……とフィオは一頻り反省しつつもコホンと軽く咳払いをする。
まだ薄っすらと頬を赤らめたまま彼女は二人を食堂へと促した。
「あ、勿論貴重品は持って行って下さいね。紛失するといけないので……と?」
今更だが彼の名前を聞いてなかった事に気づいたフィオはマックスとラファエルの顔を交互に見る。
それを察したマックスはフィオへ彼を紹介した。
「フィオ彼の名前はエルと言うんだ。一昨日賊に襲われ左肩を刺されたんだけれど彼の家が……」
「いいですよ。彼の家の事情は怪我に関係ないでしょう。ここにいる間は患者さんなのです。詮索何て面倒な事はしませんよ。では宜しくお願いしますねエルさん」
「あ、あぁ……」
「さぁ早く二人共お食事をして下さいね。マックスも直に患者さんがやってきますよ」
「はいはい」
「はいは一回で十分です」
そうして二人をダイニングへ促したフィオは手際よく客間の掃除に空気の入れ替えをし、寝台のシーツ交換後に洗濯をした。
食事を終えエルが部屋に戻ってくると少し埃っぽかった部屋は綺麗に片づけられ、汗や血液で汚れていたシーツも清潔なモノへと交換されていた。
またその寝台の上には洗濯済みの綺麗な寝巻と下着が置いてあった。
「――――まさかあの少女がな……」
八年ぶりの再会。
自分自身彼女に対し何の感情も特には抱いてなかった。
フィオはそれどころか綺麗さっぱり覚えていない様だ。
まぁあの頃はまだ幼かったしな。
『エルさん』と優しげにラファエルの愛称を呼ぶ妃が、紙切れ上の夫の顔を全く覚えてなかった事に少し胸の奥でもやっとしたモノを感じずにはいられないエルであった。
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