上 下
62 / 122
第三章  過去2年前

8  エルさん

しおりを挟む


 またエヴァを手に入れるまでの代わりとして攫われた娘達は、多分アーロンの慰みモノになっている可能性が高いとマックスは最後に付け加えた。

 ラファエルもマックスの言葉に同意見だった。

 恐らく彼女達は今生きているのか死んでいるのか、きっと奴らに捕まった時点で死んだ方がましだと思うくらいの思いをしているのかもしれない。
 自分があの時アーロンの首を刎ねていれば娘達は今頃地獄を見てはいなかっただろう。
 返す返すも腹立たしいのと己の不甲斐なさをラファエルは後悔の念を抱く。

「……姫はその、私の事を全く覚えてはいない様だな。それはこちらも忘れていたのだからお互い様だがな。しかし目的がわかった以上姫を、王妃をここには置いてはおけまい」

 エヴァには事情を説明し身柄を離宮へ戻しすと同時に警備を厳重にする必要がある……と、ラファエルは自らもこうしてはおれないから王宮へ戻ると言い出した所でマックスは慌てて止めに入った。

「陛下、エル!!王妃様は……フィオはまだ誰にも身分が知られていないと思っておいでです。そして漸くここで生きる目標を見出されたのです。それを今全てを奪われるお心算ですか。我々は幼い王妃様のお命を護るという理由で、ご両親より引き離しただけではありません。王女として何不自由なく歩まれるだろう人生を形だけとは言え、14歳も年上の陛下の許へ輿入れさせたのです」

「マックスお前……」

「確かに王妃様の御病気の為でもありますが、それはあくまでもシャロンを打倒する目的の付随したものなのです。我々大人達は王妃様へ名目上の結婚を迫り、離宮にて忘れ人同然のお暮しをおさせしたのです。お陰で病も無事快癒されましたし、目論見通りアーロンの手も今まで及ばなかったのも事実です。ですが行き成り夫であられる陛下が名乗り上げ、その手で離宮へ押し込めるのは些か短慮ではないでしょうか?」

「だがしかし……」

「これまで陛下の指示にて王妃様には一切気取られる事なくそれ相応の護衛は付いております。これからはより一層護衛にも力を入れましょう。ですのでどうか王妃様の生活を極力変えないで頂きたいのです。またここには王妃様を慕う多くの国民もおります。どうかその者達の為にも状況を見守って頂きたいのです」

 マックスはラファエルに切に訴えた。


 フィオの生きる目標。
 まぁ確かに嘘は申していませんよ。
 正しくはそのなのですけれどね。


 夜中の報告でアナベルと接している間に、彼女達が今何を企んでいるのかを何となくではあるがマックスは察してしまったのである。
 だからと言って止める訳でもない。

 目標を持つ……事は精神面の病に置いてとても大切な事。

 フィオの主治医として今漸く彼女の未来が明るい兆しが見えている。
 そんな時に生きる目標を奪われでもすれば折角完治した病も再び……何て事ないとも言えない。
 
 心の病は常に不安定なのである。
 
 完治したと安心してもだ。
 何かの拍子でもっと酷い状態へと陥る事もあるのだ。
 今まで辛い思いをさせてしまっただけにこれからは、そうこれからフィオには何時でも笑顔でいて欲しいとマックスは願う。


 またシャロンが実際何かを仕掛けたとしてもだ。
 フィオの周りには護衛を十分に張り巡らせている。

 言い方は悪いが掌の上で遊んでいる間だけでもフィオに自由を与えてやりたい。

 結果ラファエルもあの時アーロンを逃がしてしまったという負い目もあり、マックスの願いを渋々了承されたのであった。

 ただし当初の予定通りラファエルは十日の間マックスの診療所に滞在する事。
 またラファエルの事はで統一する事となった。
 フィオに知られない為にも……。


 コンコンコンコン。

「マックス、朝食の用意が出来ていますよ。それとこちらの患者さんのお食事はお部屋にお持ちした方が宜しいでしょうか?」
「あぁフィオ有難う。んーそうだね……」

 少し考える素振りをしながらマックスはエルの方へと視線を向ける。
 フィオからすれば可能なら食堂で食べて欲しいらしい。

「どうして?」
「だってマックス、ここは暫く誰も使っていなかった客間ですよ」

「うんそれはわかっているけど……」
「んもうっ、マックスってばどうして医師としてはピカイチなのにこういう細かい所はダメなのかしら。彼は患者さんなのですからちゃんと綺麗で衛生的な環境は必要不可欠でしょう?なのでマックス達がお食事をしている間にこの部屋のお掃除をしておきたいのです!!」


 患者さんの前で皆まで言わせないで下さい!!


 そう言ってフィオはピンク色の頬をプゥっと可愛く膨らませつつマックスへ文句を言う。
 彼はそんな彼女へ目尻を下げた表情で「ごめんごめん」と笑いながら謝る。

 他愛のないマックスとフィオの遣り取りに何とも言えない感じでラファエルは見つめていた。
 視線を感じたのだろうか。
 フィオは彼の視線を感じれば、瞬く間に頬を赤らめてしまった。
 
 はしたない姿を見られてしまったわ……とフィオは一頻ひとしきり反省しつつもコホンと軽く咳払いをする。
 まだ薄っすらと頬を赤らめたまま彼女は二人を食堂へと促した。

「あ、勿論貴重品は持って行って下さいね。紛失するといけないので……と?」

 今更だが彼の名前を聞いてなかった事に気づいたフィオはマックスとラファエルの顔を交互に見る。
 それを察したマックスはフィオへ彼を紹介した。

「フィオ彼の名前はと言うんだ。一昨日賊に襲われ左肩を刺されたんだけれど彼の家が……」
「いいですよ。彼の家の事情は怪我に関係ないでしょう。ここにいる間は患者さんなのです。詮索何て面倒な事はしませんよ。では宜しくお願いしますね

「あ、あぁ……」
「さぁ早く二人共お食事をして下さいね。マックスも直に患者さんがやってきますよ」

「はいはい」
「はいは一回で十分です」

 そうして二人をダイニングへ促したフィオは手際よく客間の掃除に空気の入れ替えをし、寝台のシーツ交換後に洗濯をした。

 食事を終えエルが部屋に戻ってくると少し埃っぽかった部屋は綺麗に片づけられ、汗や血液で汚れていたシーツも清潔なモノへと交換されていた。
 またその寝台の上には洗濯済みの綺麗な寝巻と下着が置いてあった。

「――――まさかあの少女がな……」


 八年ぶりの再会。
 自分自身彼女に対し何の感情も特には抱いてなかった。
 フィオはそれどころか綺麗さっぱり覚えていない様だ。

 まぁあの頃はまだ幼かったしな。

 『』と優しげにラファエルの愛称を呼ぶ妃が、紙切れ上の夫の顔を全く覚えてなかった事に少し胸の奥でもやっとしたモノを感じずにはいられないエルであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

死罪の王妃は侍女にタイムリープしました

もぐすけ
ファンタジー
私は王国の王妃だったが、王子殺害の冤罪で服毒自殺を強要され、毒を飲んで死んだのだが、気がつくと六ヶ月前にタイムリープしていた。しかし、王妃である自分自身ではなく、六ヶ月前に王妃のお付きになった侍女のエリーゼに転移してしまったのだ。しかも、前世の日本での知識を思い出すというおまけつきだった。 侍女になってみると、自分を信じない王と自分を陥れた側室への復讐とか、死罪を免れるとかはどうでもよくなってしまったが、罪のない王子や冤罪で死罪になる王妃をそのままにしておくのは気が引ける。 そこで、エリーゼこと私は、王妃である六ヶ月前の私に、全部ぶっちゃけてみることにした。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

エルネスティーネ ~時空を超える乙女

Hinaki
ファンタジー
16歳のエルネスティーネは婚約者の屋敷の前にいた。 いや、それ以前の記憶が酷く曖昧で、覚えているのは扉の前。 その日彼女は婚約者からの初めての呼び出しにより訪ねれば、婚約者の私室の奥の部屋より漏れ聞こえる不審な音と声。 無垢なエルネスティーネは婚約者の浮気を初めて知ってしまう。 浮気相手との行為を見てショックを受けるエルネスティーネ。 一晩考え抜いた出した彼女の答えは愛する者の前で死を選ぶ事。 花嫁衣装に身を包み、最高の笑顔を彼に贈ったと同時にバルコニーより身を投げた。 死んだ――――と思ったのだが目覚めて見れば身体は7歳のエルネスティーネのものだった。 アレは夢、それとも現実? 夢にしては余りにも生々しく、現実にしては何処かふわふわとした感じのする体験。 混乱したままのエルネスティーネに考える時間は与えて貰えないままに7歳の時間は動き出した。 これは時間の巻き戻り、それとも別の何かなのだろうか。 エルネスティーネは動く。 とりあえずは悲しい恋を回避する為に。 また新しい自分を見つける為に……。 『さようなら、どうぞお幸せに……』の改稿版です。 出来る限り分かり易くエルの世界を知って頂きたい為に執筆しました。 最終話は『さようなら……』と同じ時期に更新したいと思います。 そして設定はやはりゆるふわです。 どうぞ宜しくお願いします。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

【完結】シナリオに沿ってやり返そうと思います。

as
ファンタジー
乙女ゲームの強制力により婚約破棄を言い渡され、ヒロインが別の攻略対象者を選んだせいで元婚約者と結婚させられたイリーニア。強制力があるなら、シナリオに沿ってやり返してやる!

処理中です...