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第二章  過去から現代へ向かって ~過去二年半前

13  秘められしもの

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 彼女は安らかに眠っていた。
 アナベルが何度身体を揺らしても全く起きる気配はない。

 それもそうだ。
 彼女を最初から眠らせる為にアナベルは睡眠薬入りの紅茶を態々わざわざ出発前に呑ませたのだから……。

 だがアナベル自身は何も進んで自分の大切な主へ薬を盛ろうとしたのではない。

 そうこれは緊急を要した事象による為のもの。

 アナベルにとってエヴァンジェリンと言う存在は、何物にも代え難く自身の命を賭しても護りたい大切な主。
 決して家や父の、いや何より命令されたからという訳ではない。
 アナベルは今より十年前のあの日、初めてエヴァンジェリンと出会ってから現在に至るまでエヴァへ捧げる忠誠心は少しも揺らぐ事はない。
 その大切なエヴァに十年前と変わらず今もずっと危険に晒されている。
 エヴァを執拗に狙うシャロンの亡霊に狙われているのだから……。


 アナベルは自分の膝を枕にしてすやすやとあどけない顔で何も知らずに眠っているエヴァを暫し優しげに見つめてからそっと馬車の外へと視線を向ける。
 その澄んだ水色の双眸はたった今までエヴァに向けていたであろう優しさは微塵もなく明らかに険しいものである。
 いつの間にか彼女達の乗る馬車の周りには軽く二十騎はいるだろう鎧で完全武装した騎士達に囲まれながら馬車は目的地へと直走ひたはしる。

 しかしそんな状態に置いてもアナベルは動じる気配を見せる事はない。
 まるで全てを理解していると言っても過言ではないだろう。
 またこの馬車に同乗している者達も一般客に扮してはいるが彼ら全員騎士である事は彼らの纏う覇気で理解出来る。

 そしてこの緊迫した状況を受け入れなければいけないだろう理由がアナベルにはあった。
 だが今はまだ真実を主であるエヴァンジェリンに語る事は出来ない。
 臣下として主に隠し事をするのはアナベルにとって苦痛でしかない。

 しかしこれも全ては大切なエヴァを護る為。

 薬を盛った事に些か後悔を覚えているアナベルだが、時間が経過した事により気持ちを切り替え昏々と眠るエヴァを優しく見つめている間に馬車は目的地であるレクサー村へと到着した。


 ガチャリ。


 馬車の扉が静かに開けられる。

「王妃陛下はまだお休みの様ですね」
「はい貴方が用意して下さったお薬で王妃様はまだお目覚めにはなられていません。マクシミリアン・アーネスト・ゴードウィン卿」

 明るい茶色ライトブラウンの髪に青い瞳をした優男風なイケメンは青い騎士装束に身を包み、優雅な笑みを湛え未だ目覚める様子のないエヴァンジェリンを優しげに見つめた。

「では王妃様を屋敷の中へ……」

 そう言ってゴードウィン卿は優雅な仕草でアナベルよりエヴァンジェリンを受け取ろうとしたのだが、それは彼女の手によって完全に阻まれてしまった。

「エヴァ様は、王妃様は私がしっかりとお運び致します!!」

「気持ちはわかるけれど君も十分か弱い女性ではないのかな?アナベル嬢」
「それは侮辱と受け取って宜しいですかゴードウィン卿……いえとお呼びした方が宜しいでしょうか?」

 アナベルは鋭くそして彼を射抜く様な視線を向けつつ静かにそう告げる。
 それを聞いたゴードウィン卿もといマックスはやれやれといった具合に両肩を軽く竦めてみせた。

「全く流石あのベイントン家のアナベル姫。毎度の事ながら恐れ入るよ」

「ところで貴方様は私を侮辱されましたのでしょうか?」
「いやいやとんでもない。ベイントン家の姫将軍に敵う者はそうそうおりますまい。それに何時までもフィオ……失礼王妃様をこのままにしてもおけない。ここは勿論君にお任せするよ。それと後の警備は全て陛下に絶対的な服従を誓っている者達だから安心して欲しい」

「ふ、そう申されてこの七年半もの間何度王妃様はお命を狙われ続けましたわ」

「おや、これは手厳しい」
「あらそうでしょうか?陛下とルガート国王との密約であったのにも拘らず、ドブネズミが至る所にいて駆除のし甲斐がありますわね」
「まぁそれは否めないね。でも今回は少し大掛かりな駆除だからこそ王妃様をここへお移ししたのだけれどね」
「駆除に時間が掛り過ぎますと業者の腕も信用ガタ落ちになりましてよ。ではこれにて御前失礼しますわ」


 そう告げるとアナベルはマックスへ軽く一瞥する。
 そして何も知らず眠っているエヴァをまるで白馬の王子様然とし、この上なく優しくまた丁寧に横抱きにして屋敷で用意された寝室へと歩いていく。
 マックスは苦笑しつつもその様子を見送ると踵を返し護衛隊長の元へと向かった。

 彼女達……いや、正確には王妃であるエヴァンジェリンの身辺を護る者の数としてはやはり少な過ぎるのは否めない。
 だがこれでも少数精鋭王直属の騎士ばかりなのだ。
 彼らの忠誠はもとより、身元も徹底的に調査行い合格した者だけがエヴァンジェリンの警護と言う極秘任務に就く事が許される。

 しかしこれを含め、多くの事に関して王妃であるエヴァンジェリンには何も知らされてはいない。
 あくまで密約を交わしたのはルガート王と彼女の父であるライアーン王。
 そしてエヴァンジェリン自身その密約の全てを知るには少なくとも後二年半と少し先になる。
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