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第一章 過去から現在へ向かって ~十年前より三年前
16 先生自覚ありますか? Sideエヴァ
しおりを挟む「フィオ、悪いけどこれから少し出てくるから……」
「往診ですか?」
「いや往診ではないから直ぐにね。本当に直ぐに戻ってくるよ」
にまにまな笑みを湛えたまま先生は足早に診療所を後にした。
ばびゅ――――んと擬音が聞こえるくらいにね。
そんな先生の一連の動作は凄くはっきり言ってキモいと感じがたのだけれど、これは敢えて口にはしていない。
思い返せばあのにまにま笑顔は今朝からよね。
昨日やそれまでは普通だったのだもの。
ま、まさか馬車馬の様に仕事をさせ過ぎた為に到頭頭が可笑しくなったの⁉
そう考えに至れば逆に反対に心配になってしまう。
叶うならば私とアナベルの明るい未来の為にもマックス先生、貴方には是が非とも後三年間は馬車馬の様にしっかり働いて頂きたいの……と私は先生の出て行ったであろう扉をじーっと見つめてしまう。
何故ならこんなに破格なお給金を出してくれる所ってそうそうない。
これでも王都内にあるお店の求人広告を沢山見てきたのだもの。
兎に角私は少し心配しつつも待っている間に彼の夕食の下準備をし始めた。
昼食は就職際の話し合いで一緒に食べる事になっているの。
先生曰く一人で食べる食事は味気ないと言われてしまった。
確かにその気持ちはわからなくもない。
そう私自身アナベルのいない昼食は寂しくて味気ないって思ってしまうのだものね。
王宮にいた頃はそんな感情なんて存在しなかった。
用意されたものを受け入れ、それを淡々と受け入れる。
それが当たり前で、それしか私は知らなかった。
でもこの国へ来てアナベルと暮らす様になって少しずつだけれど私は人間らしい感情が芽生えたの。
だから先生の味気ない食事の意味がよく理解できる。
それに食事って一人で食べるよりも皆で食べる方が美味しいわ。
そんな事を考えながら私は中庭で洗濯物を取り入れそれを畳み、先生の寝室と書斎を手早く掃除していく。
診療所内の掃除を終えた頃になると先生は帰って来たわ。
然も相当急いでいたみたいではぁはぁと両肩で呼吸をしているの。
「お帰りなさい先生、お食事の用意は出来ていますよ」
「うん遅くなって悪かったね。さぁ食事にしようか」
私はそう言うと先程作っておいたミネストローネを温め始める。
テーブルの上にはローストビーフや採れたて野菜等を挟んだサンドウィッチ等が並べられている。
彼曰く、お昼ご飯にはたっぷりお肉や魚等を食べたいと言う希望があったの。
勿論私もまだまだ成長期だからお肉やお魚をしっかり食べなさいと説得されたわ。
当然食費はマックス先生持ちでね。
ただこれまでの生活で野菜やパン等の調理はお手の物だけれど、お肉や魚等の贅沢品に関し最初は調理方法がさっぱりわからなかったわ。
まぁそこは食費を出来るだけ切り詰めたくてほぼほぼ野菜スープとパンが定番だったもので……。
だからアナベルの勤めている食堂の女将さんに頼み込んで少しずつレシピを教えて貰ったの。
ふふ、女将さんからは呑み込みが早いと褒められてしまったわ。
マックス先生の所がダメになったら女将さんが二人纏めて雇ってくれると言うから、万が一私は失業しても安心ね。
因みに今日のローストビーフは昨日離宮で作ったモノを持ってきたの。
何故なら時間は有効に使わないといけないでしょ?
それに私は主婦としてとても有能だと思うの。
大きな声では言えないけれどマックス先生のお金で買ったお肉は、ちゃんとアナベルの分も入っているのですもの。
先生は纏まった金額を先渡ししてくれたの。
だから患者さんより何処のお店の食材が安くて良いものかを情報収集をし、少しでもお得なお買い物をするの。
とは言え私達の菜園で採れるものは基本買わない。
パンにしても原材料を買えば台所で色んなパンが安く出来るのよ。
お店で買う事を考えれば何て経済的だと思わない?
だから偶にバターを買ってクロワッサンを作った時もあったわ。
先生からは好評で寧ろ『お金が足りないのなら追加で払うからね』と今直ぐにでも財布の紐を緩めようとするから慌てて止めたわ。
お金を出してくれるのは嬉しい。
でも予算内できちんと賄えているし、いえアナベルの分も内緒……で頂いてもいるのでこれ以上はね。
スープが程よく温まった所でお鍋をテーブルへ置いた時だったわ。
先生の席の前に見慣れないものが二つあったの。
何かしら……って思ったのだけれど他所様の持ち物に興味を抱く事をはしたないと思った私は、何も気にせずにスープを器へよそい終えれば自分の席にと着いた。
しかしマックス先生はまだあの不気味なにまにま笑顔のまま。
いや寧ろ外出前よりもにまにまがアップしている!!
基本いい人なのだけれどそのにまにま笑いは本当にキモいです。
出来る事ならば是が非とも止めて頂けると私は心の底から嬉しいのですけれどね。
食事を始める前に先生、その笑顔自覚ありますか……?
私の切実な心情を知らない先生は、にまにまを湛えながら食事を始めようとした私へ一通の封筒を差し出したわ。
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