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第一章 過去から現在へ向かって ~十年前より三年前
10 黒縁眼鏡と鋏 Sideエヴァ
しおりを挟むアナベルより渡されたのはお世辞にも決して良くは見えない、実に田舎丸出しの野暮ったい黒縁の眼鏡。
「何この眼鏡……」
渡された冴えない黒縁眼鏡を見て思わず呟いてしまったわ。
本当にそう思ったのですもの。
このフレームは幾ら七年間離宮に引き篭っていた何も知らない私でさえお世辞にも、これは最近の流行物なのねとは絶対に思えない代物。
眼鏡のフレームはくすみのある黒で、おまけにこれでもかと野太く丸い形。
「もしかしてこれを私に……って第一私目は悪くないわよ」
「いえそれは承知しております。これは所謂伊達眼鏡です。レンズには度が入っておりませんのでどうかご安心下さいませ」
いやいや度が入っていないのならば益々私は使わなくてもいいでしょうと言えば、アナベルは『変装用です』と普通にきっぱりと答えたわ。
大体今更変装なんてしなくとも誰も私がこのルガートの王妃だなんて思わないわよ。
こんな事をする必要はないからと文句を言ったけれども、この眼鏡は大分前に購入したらしく今更クーリングオフにも出来ないのだと言われてしまった。
そうね、今ここにあるって事が既に購入済みなのだわ。
「エヴァ様、幾ら貴女様がこの国で王妃という立場を人々が忘れられていようともです。しかしながらそのお美しさを隠さなければ何れにせよ衆目の目う惹いてしまうのです。また何の切っ掛けで御身の存在が知られてしまえば、エヴァ様の計画は恐らく永遠に叶わなくのですよ。それに御身が知られれば当然ルガート王の耳にも入るでしょう。今この様にお美しくご成長なされた貴女様に改めて真のご夫婦として遇するとお考えを変えるやもしれません。それに――――」
「私が美しい?有り得ないわ。私よりアナベルの方がキリっとしていてとても涼やかな美女よ」
そう私が王子として誕生していればこんなに頼もしくて素敵なアナベルを絶対正妃妃に迎えるわ!!
私の為に素敵な女性の花の時期を奪ってしまったのだもの。
だから絶対アナベルには幸せになって貰わなければならないの!!
これだけは譲れないと心に決め両手で握り拳を作り強く願っていると隣で呆れた表情をしているアナベル。
「エヴァ様は少しもご理解されておられませんね」
「はい?」
「私が申し上げるのもなんですが、エヴァ様はここ数年で更にお美しさに拍車がかかりましたよ」
「そうかしら、そんな事ないと思うのだけれど……」
「それはエヴァ様が私以外の者と関わりになられていないからに御座います」
「う~んそうなのかしら?」
「はい、王妃様譲りの赤毛交じりの金色の髪とライアーン王家特有の煌めくエメラルドグリーンの瞳にやはり王妃様譲り……いいえ、もう今では王妃様以上にお美しさが光り輝いていましてよ。祖国で王女としてお過ごしにおいでならばもっとそのお美しさは光り輝いていた事でしょう」
「そ、そんなお母様よりもだなんて言い過ぎだわ」
私のお母様は『ライアーンの薔薇』と称えられた公爵家の令嬢。
お父様はお母様が社交デビューされる前より恋をしていたと仰っておられたの。
大輪の薔薇の様に艶やかで、それでいてとてもお優しかったお母様。
因みに私は同じ髪の色をしていたけれど肌の色が白磁の様に白いので『百合の姫』と呼ばれていたわね。
ライアーンでは美しい女性を花に譬える風習が昔よりあるの。
でも意味合いはそれだけではない。
まぁ今はその百合の姫も日々家事と節約に邁進しているのだから、本当に世の中何が起こるかわからない。
「でもエヴァ様その証拠に私がお見かけした(捕縛した)際姫様の容姿に周囲の人間は何度も振り返り見惚れておりましたよ。ですのでこれは変装用として外出の際は必ずお掛け下さいませ。御身の安全の為にもこれは必須アイテムです」
出来れば外出は控えて欲しいのですが……とアナベルも諦める様子はない。
ならば彼女に認めて貰う為に私はある行動に出たの。
私は台所にある鋏を取り出し腰まで伸ばしていた髪をアナベルが止める間もなく――――!!
ちょき―――っんっっ!!
「え、エヴァ様っ、何て事をなさるのです⁉」
流石のアナベルも驚愕の色を隠せない……と言うか、完全にフリーズと化してしまった。
そう私は腰まで伸ばしていた髪を肩の辺りまでばっさりと思い切りよく切ってしまったの。
これで一纏めに束ね黒縁眼鏡を掛ければ、もう目立たない筈!!
「エヴァ様なんて事をなさったのですかぁぁぁああああああああああああ」
数分後正気を取り戻したアナベルより散々とお説教されたわ。
えぇもう耳が痛いくらいにね。
床に落ちた長い髪を抱き抱えたままの姿は少し恐怖を感じてしまったのは内緒。
でも結局私の働きたいと言う意思が勝り最後に仕方なくアナベルは折れてくれた。
ただ色々と厳しい条件月なのは正直に言って面倒ね。
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