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第一章  過去から現在へ向かって ~十年前より三年前

3  Sideエヴァ

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「エヴァ様お待たせ致しました」

 ニ時間程して漸くアナベルが戻って来た。
 彼女の報告によると通路は本当に真っ暗闇。
 とは言えほぼ直線で、これと言った段差もなく四つん這いになって歩を進めると約十分くらいで外に出られるとの事。

 しかし思ったより通路は誇りや蜘蛛の巣と言ったものが多くアナベルの着衣は見事に汚れている。
 だけどこの通路が緊急避難用だという事もわかったのよね。
 これで衛兵に見咎められる事もなく城外へ脱出出来るという事はなによりの収穫だ。

 その報告を聞いた私は一瞬だけ郷愁に駆られ故国ライアーンへ帰りたいと思ったけれどあくまでその一瞬のみ。

 何故なら私がここにいなければきっとルガート王は約定を破ったという体でライアーンへ攻める口実が出来てしまう。
 故国をこれ以上の危険に晒す事は出来ない。
 それでも本心を言えば問答無用で帰りたかった。
 愛する国、愛する家族の許へ帰りたい。
 本当にまさかこんな扱いを受けるとは考えもしなかったのだから、一刻も早くこの国より逃げてしまいたかったのも事実。


 でも私にはそれが許される身分ではない。
 そしてそれを行動に移す事も出来ないの。
 どんなに郷愁に駆られようとも私はもうルガートの人間になってしまった。

 これから先の事には不安も……あるなんてモノではなく、許容範囲をかなり超えてしまい私の心から不安という不安がぼろぼろと溢れ出しているけれどもだよ。
 何時までもうじうじと弱い心でいられないのがよ~く解ったの。

 子供だった自分には今を以ってさよならをするわ!!

 ここで生き抜く為には何時までも子供ではいられないのだから……。


 その夜は二人して台所を何とか片づけ夕食に焼き菓子少しとお湯を頂いた。

 今でも忘れられない離宮での最初の夜。
 お菓子にはお紅茶が当たり前だと思っていたのだけれど、お茶葉がなければその当たり前がないと言う事に初めて気づかされたわ。

 でも不思議だったの。
 井戸の水を汲み上げた水を自分達で沸かして飲むだけなのにね。
 その時だけはどんなに美味しいお紅茶よりも美味しく感じてしまったの。

 それからお掃除もアナベルに教わって初めて体験したわ。
 まだ春だったから良かったものの、これが真冬だと思うだけでゾッとする。
 何にしても私達は恵まれていたのかもしれない。
 だけど慣れない動作に身体はあちこち筋肉痛になってしまったけれど、案外掃除も楽しい事だと発見してしまった。

 そうして疲れ果てた私達は、やや埃っぽいソファーで二人して抱き合う様に深い眠りに就いた。


 翌朝より私達は住居スペースや隠し通路の掃除を慣れない手付きなのは当然私だけ。
 そうして何とか人が住める程度に片づけていく。
 寝台のマットレスはとても重たかったけれど二人で頑張って抱えて運び庭で干し、何とか埃を落とす事も出来たの。
 お天気がよくて助かったわ。

 次に奥庭へ行けばよ。
 長年手入れされていなかった為草がボウボウ状態。
 もう何処から何をどうすればなんてわからないくらいにね。
 だけどそれを見たアナベルはある事を閃いたの。


「エヴァ様ここに菜園を作りましょう。色々植えて食糧の足しにするのもいいですね」
「そうね、食糧は確保しなければいけないのですもの。アナベルは本当に何でも知っているのね」
「ふふ、そうですね。母が平民の出でしたので幼い頃より色々教えて貰いましたわ」

 そうアナベルの母様は貴族令嬢ではなく平民。
 でも今はその平民だった事が何よりも頼もしい。
 私の知らない事を彼女の母を通して今私達が生きていけるの。

「アナベル、私少しだけど金貨を持ってきているの。これでそのっ、菜園に必要なモノを買いましょう」

 そう何でも先行投資は必要なの。
 とは言え金貨を持っているだけでは生きてはいけない。
 金貨は使ってこそ役に立つ。
 無駄遣いは推奨しない。
 でも明日を生きる為に投資をするのだ!!

「では私が買い物をしてまいります。エヴァ様はどうかこの離宮で静かにお待ち下さいませ」

 そう言うとアナベルは私から金貨を受け取り素早く隠し通路へと消えていく。
 私は……といえば大人しく待つなんてとんでもない!!
 何故なら私達の間にもう身分なんてものは関係ない。

 今の私達は運命共同体と言ってもいい。
 アナベルが買い物へ出かけたのであれば私は私の出来る事をするまでよ。

 私は腕捲りをして庭で草を引き始めた。
 草引きなんて簡単……と安易に捉えていた私は、雑草の根の強さにかなり辟易させられる事となる。
 また子供の身体で引き抜ける草はそんなに多くはなかったけれど、それでも私は汗を拭いながら一生懸命草を引いたわ。
 たまに虫が飛んで来た時には吃驚して思わず身体を仰け反らせながら、その場を逃げ回る事を何度も繰り返しつつ、無視がいなくなったのを確認すれば黙々と草を引いていく。

 夕方近くになってアナベルが帰って来た時に彼女は私の姿を見て悲鳴を上げた。

 何て事はない。
 ただドレスがドロドロに汚れ、素手で草を引いた為に手や腕に切り傷が出て所々血が滲んでいただけなのだ。
 初めて草引きをして多少夢中になっていただけだと言ってもアナベルは目を吊り上げて怒っている。
 怒りつつも彼女は直ぐに湯を沸かし清潔な布で私の汚れた身体を拭いてくれた。

 そしてどこにあったのだろう。
 アナベルは私の傷ついた手や腕にきちんと消毒と傷薬、包帯を巻いていく。

「どうか余りご無理をなさらないで下さいませ」
「ごめんなさい。今度から気を付けるわ」
「きっとですよ」

 寝る前に街で買い物をしてきたという野菜の苗や種と洗濯に必要な石鹸を見せてくれた。
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