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序章
物語が始める前に…… 2
しおりを挟むここはルガート。
大陸でもトップクラスの強国と目される軍事商業国家の中心地でもある王都クロム。
そんな交易が盛んな王都の中に周囲とはまた違う意味で賑わいを見せるのが、ややこじんまりとした一軒の診療所兼自宅だ。
ほら、今日もこの診療所は老若男女の患者さんが所狭しと賑やかで凡そ診療所とは思えない喧噪ぶりである。
「フィオ、次の患者さんを入れてくれないか」
「はい、ジェンセンさんお待たせしましたね。どうぞお入り下さい」
「あぁフィオちゃん悪いけれどさ、その超可愛くてめっちゃ柔らかそうで美味し……いや、て、手を貸してくれないか?」
ジェンセンと呼ばれた若い?
見た目20代後半くらいの、よく日に焼けただろう褐色の肌に筋骨隆々とガタイのいい男はそう言いながらとても重そうな手を差し伸べるのだが……!?
ぺしッ!!
フィオは差し出されるごつい手を素早く、そしてしっかりと払い除けた。
「酷いぃぃ!!」
フィオの頭に被っている白い三角巾の隙間からはキラキラと陽の光を受けて輝く赤毛交じりの金色の髪が見え隠れしている。
ワンピースの袖より見えるだろう肌は白く透き通る様な白磁そのもの。
きっとその顔立は大層整っているのだろう……と思いきやだ。
この国に珍しくもない。
緑色の瞳を持つ者は多くいる。
だが彼女の持つ宝石そのものの光を放つエメラルドグリーンの瞳は本当に珍しい。
なのにその美しい瞳を隠すかの様に野太い黒縁の眼鏡が掛けられればだ。
彼女の持つ本来の美しさを思いっきり半減させていた?
いや、むしろその逆である。
この診療所へ来る者は皆フィオの外見よりも彼女の内面の美しさに惹かれやってくる。
このジェンセンも然り。
だが普通に指先がほんの少し切れたくらいで『手を貸せ』はないだろう。
誰が見てもフィオの気を引きたいのが丸見え過ぎる。
「ジェンセンさん、そんな傷舐めておけば治るのではないでしょうか?」
「何時もながらに酷いなぁフィオちゃん。俺は本っ当に悲しくなるよ。俺は可愛いフィオちゃんに会いたいが為に――――」
「ま・さ・かとは思いますけれど、下らない理由の為に態と怪我をしたのではないですよね?」
「いっ、いやいやこっ、これはその絶対に態とじゃない。ぐっ、偶然なんだよぉ。ほんと仕事をしてたらさ、なっ、先生??」
因みにこのジェンセンは正騎士団に所属する正騎士だったりする。
国を護る強い正騎士が目の前の、小柄な少女に全く頭が上がらない。
ジェンセンはフィオに何を言われても決して怒る事はない。
寧ろ笑顔でフィオに怒られていると言う少しM気質の困った患者でもあったのだが、ただしそれはあくまでも彼女限定らしい……。
まぁ男女関係なく明るく物事をはっきりと言うフィオ。
その気取らないさっぱりとした性格に彼女のファンは多い。
事実この診療所は医師であるマックスの腕も超一流だが、彼女が勤め始めからはかなり患者の数が増えたといっても過言ではない。
幾ら黒縁の冴えない眼鏡をしていようとも、その眼鏡の奥には砂糖菓子の様な甘くもまだ幼さの残る美少女の姿はほぼほぼ隠しきれてはいない。
しかしあくまでもそれは口を開かなければ――――である。
静かに眼鏡を外しにっこりほほ笑むと最高なのだが、一度口を開けば彼女はかなり現実的な性格だ。
そんなフィオの口癖は『働かざる者食うべからず』。
どれ程フィオを想い患者として来院したとしてもである。
その怪我や病気が偽りであったり、またフィオに会いたい一心で態と傷をつけたものならば、マックスが止める事もなく彼女は問答無用で玄関から叩き出し且つ冷たく言い放つ。
「仕事もせず遊び呆ける人間はクズですよ。クズ!! そんな暇な人へ診療所は時間を割きはしません!!」
しかしそう言いつつも実際は怪我の程度を確認し緊急性がなければだ。
全ての患者の診療を終えると渋々ながらも中へ招き入れ治療を行う。
そんな彼女だからこそ益々ファンが尽きる事がないのかもしれない。
医師であるマックスもいつの間にかこの助手へ患者の順番や簡単な治療は任せている故に正直な所全く頭が上がらない。
だがそれは彼女がどの患者さんを優先させるべきなのかを十分に理解出来ているという意味でもある。
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