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第三章 トレヴダール

第十五話 分裂の兆し

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 僕は抵抗するのを止めた。
 トキ・メリマンに捕まったという事は、セルジン王に捕まったのと同じ事だ。
 計画は失敗に終わり、テオフィルスは殺され、アルマレーク人と手を組んだエランは、確実に罪に問われる。
 僕は彼を助ける方法を、必死になって思い巡らせていた。

「エラン、ここに来い!」

 エランは事態が飲み込めていない。
 障壁からの離脱に意識を集中していたせいで、二人のアルマレーク人達が別の場所に隠れた事にも気づかず、突然のトキの呼びかけに呆然となっている。

「早く来い! 見つかるぞ」

 エランは戸惑いながら、声のする方向へ足を運んだ。
 暗闇に目が慣れている彼は、トキの足元に竜騎士達が倒れている事に気づき、計画が頓挫とんざした事に気が付いた。

「意識を失わせただけだ。殺してはいない」
「……」
「どういう了見だ、エラン? アルマレーク人と手を組む等」

 暗闇に目が慣れてきた僕は、エランの動揺を見て冷静さが戻った。

「僕が頼んだんだ! イリをブライデインまで連れて行く事は出来ない。だからテオフィルスが連れ帰る事を、アルマレーク人に説得してくれって頼んだ」
「……この事態が起きる前に?」
「そうだよ」

 トキは明らかに、僕の言葉に疑いを持っている。
 僕がセルジン王の側を離れたのは、王に言われアレイン大将と呼びに行った時と、イリの様子を見に行った時以外になく、誰かに伝言も渡してもいない。
 近衛騎士隊長はそれを知っているはずだ。
 それでも嘘を貫き通さなければ、エランは罪に問われる。
 僕は毅然と、トキを見つめた。

「すべては僕の責任で、行動してもらった事だ。イリを僕から引き離せば、アルマレーク人が国王軍に関わる事もなくなる」
「……」
「怪我人だけ国王軍が引き取り、動ける者達は竜と共に帰ってもらう。一番の平和的な解決だと思わないか?」
「……オーリン様、それは《王族》としての言葉か?」
「もちろんだ! 戦う相手は魔王であり、アルマレーク人じゃない!」

 トキは真偽を確かめるように、じっと僕を見つめ、そして頷いた。

「では、その言葉を、今の陛下に伝えてほしい」

 トキの言葉に僕は動揺した。
 セルジン王が怒っているのは、テオフィルスにオリアンナである事を悟られたと、知ってしまったからだ。
 王は彼を殺そうとするだろう、異国の婚約者など、この国にはあってはならないのだから。
 王の怒りを鎮めるには、どうしたらいいのか……、僕には想像もつかない。
 二度とテオフィルスと会わないために、彼を逃すしかない。
 七竜が与えた心の痛みを、僕は無視した。

「わ……、分かった。必ず、陛下を説得する」

 トキは再度頷き、後ろに振り返る。

「隠れてないで出てこい、アルマレーク人。話を聞いていただろう!」

 立ち枯れた木々の影から、二人のアルマレーク人が姿を現した。
 竜騎士を倒した男を警戒しながら、エランの方にさり気なく近づく。

「エラン、オーリン様の側へ来い。人質に取る気だ」

 エランは驚き、僕の横へ移動した。
 アルマレーク人二人は立ち止まり、トキに剣を向ける。

「止めておけ。騒ぎになれば、〈七竜の王〉の救出は出来ない」
「……それは、我々に協力するという事か?」
「違うな。私はオーリン王太子殿下の、意志に従うまで」

 僕とエランは、トキの言葉に驚き顔を見合わせ、手を取り合って喜んだ。
 彼が味方になってくれれば、これほど心強い事はない。
 だが反面、トキが王に逆らうという事になる。
 それが何を意味するのか、僕には嫌という程理解出来る。

 《王族》二人の意志が別々の方向を向けば、自然と臣下の間に争いが生まれる。
 王の冷たい瞳を思い出し、僕の心を引き裂いた。

 セルジンに逆らっちゃダメだ。
 今、ほんの少し別の行動を取るだけ……、すぐに仲直りするから。

 僕は泣きたくなる気持ちを抑えて、アルマレーク人に向き直る。

「テオフィルスを助ける。彼にイリを連れ帰るよう言ってくれ。そして二度と、僕と陛下の前に現れないと約束してほしい」
「それは、若君にしか決められない。……でも、分りました、王太子殿下。必ず説得します、二度とエステラーン王国には関わらない!」

 マシーナの真剣な言葉を聞いて、僕は頷く。

「エラン、テオフィルスはどこにいる?」
「陛下の天幕だよ、オーリン。結界の中で、陛下の魔力に苦しんでいる。だから君の助けがいるんだ」

 僕は顔をしかめた。
 テオフィルスの救出がどれほど困難か、嫌という程理解出来た。
 エランの言葉に、トキが驚きの声を上げる。

「王の天幕を覗いたのか? 〈七竜の王〉の状態は、側近以外知らないはずだ」
「モラスの騎士になってから、陛下の魔力を身近に感じるんです。なぜかは知りませんが……」
「そうか……、モラスの騎士は、陛下の直属だからな」

 トキは考え込むように、エランの額飾りを見ていた。

「でもどうやって陛下の天幕に入り込む? 僕の天幕以上に警護は万全、モラスの騎士の守りと兵達の守りをどう崩す?」
「天幕の中には、アレイン大将とその部下達もおります。私がおとりになりましょう」
「危険だよ、トキさんばかりに、負担がかかり過ぎる!」
「もちろん、アルマレーク人達にも手伝ってもらう」

 トキは恐ろしい顔でアルマレーク人を睨みつけた。
 マシーナはにっこり笑って提案する。

「仲間達を起こしてよろしいですか? 手伝うには人手不足ですから、皆で協力します。暴れ足りないはずですから」





 セルジン王の天幕を守るモラスの騎士が、近衛騎士隊長を通すために、障壁に入り口を作った。
 魔法とは無縁のトキはその障壁をくぐる時、いつも少し不快を覚える。
 彼の中にほんの微かに流れる、《王族》の血が反応するのだろう。
 男爵家の遠縁の末弟が、王の近衛騎士等、本来なれるものではない。

 だがトキは幼少の頃から、持ち前の運動神経で頭角を現し、たまたまトルエルド公爵家次期領主だった、エランの父エラスの目に留まった。 

 運が良かっただけだ。
 こんな乱世でなければ、畑仕事の毎日だ。

 天幕の入り口の幕を、兵士が持ち上げる。

 いや、畑仕事か……、それも楽しいのかもしれないな。
 ミアは嫌がりそうだが。

 苦笑いをしながら、王の天幕に入った。
 アレイン大将の部下達が、トキの前に立ちふさがる。
 現実はいつも過酷だ、彼の強さに挑戦者は絶えない。

「これは近衛騎士隊長殿、王の警護は宜しいのですか?」

 アレイン・グレンフィードが椅子から立ち上がり、彼の元まで歩いてくる。
 その足元や円卓には宰相エネス・ライアス含む側近達、そして召使達の意識を失い倒れた姿があった。
 トキは顔をしかめてアレインを睨む。

「ご安心を。陛下の命令を遂行するまで、少し眠らせておいただけです。それで、ご用向きは? 陛下から、何かご伝言でも?」
「以前から貴殿に申し込まれていた挑戦を、今受けようと思って来た」

 王の近衛騎士には、高位貴族と同等の地位が与えられている。
 命がけで王を守る者のみに、与えられた特権だ。

「それは嬉しい限りですが、今はお互い任務遂行中ではありませんか? 私の挑戦試合は、お暇な時で良いのですよ」
「私は今、暇でね。火消しは消火隊と陛下にしか出来ない。私の出番はない」

 アレインは鼻で笑った。

「私は、任務中です」
「まあ、いいではないか。竜騎士を追い出すまで、まだ時間がある。天幕の警備なら、部下にやらせておけばいい。こんな機会もあるまい?」
「……怪しいですね、何をお考えですか?」

 そう言いながら彼は、嬉しそうに腰ベルトから吊るした剣に触れた。
 自分より十歳程年上の剣豪に、アレインは以前から親しみを持ち、何度も挑戦話を持ちかけていた。
 トキの言うとおり、王も側近達もいない、今が好機ではある。

「では、少しの間、お手合わせ願います」





 僕とエランは王の天幕に一番近い茂みの影に隠れ、トキと竜騎士達の動きを見ていた。
 トキは先程、颯爽と王の天幕に入り込んだ。
 王の近衛騎士隊長だから、当然警戒される事はない。

 そして僕達とは反対の方向に竜騎士四人と、少し離れた風上方向二箇所に、各々三人の竜騎士が待機していた。
 王の天幕の周りには、分厚い障壁が存在している。
 《王族》の僕にはモラスの騎士達が発する分厚い魔法の壁が、目に見えて分かる。

「エラン……、ごめん」
「え、何が?」
「君はモラスの騎士を裏切っているだろ、こんな事態を招いたのは僕の責任だ」

 エランは天幕の外の様子を窺いながらも、小声で憮然と呟いた。

「君……、あいつが好きなの?」

 僕は呆然とエランを見つめた。

「どうして?」
「まるで恋人同士みたいだった。あいつに抱きしめられていた時、抵抗してなかっただろ」
「それは……」

 説明しても、きっと理解するのは難しい。
 竜に意識を飲み込まれていた、それをどう伝えればいいのか解らない。
 エランが見たという事は、セルジン王も見ているはずだ。
 僕は青ざめた。

「あれは、僕じゃない。竜の意識だ」
「竜? ……あいつの竜?」
「違うよ、僕が……、僕が受け継ぐ竜レクーマだ」
「君が?」

 エランは、僕が涙を流している事に驚いた。

「僕は意識の半分を奪われた……。あの時、七竜レクーマが僕の中に宿ったんだ。今も僕の中にいる」
「……大丈夫? 君、泣いている」

 そう言われて僕は、慌てて涙を拭った。
 なぜ泣くのか、自分でも解らない。

「君は、どうしたい? エステラーンとアルマレークの、どちらを選ぶ?」
「もちろんエステラーンだ! アルマレークへは、行かない」
「……だったら、泣くな! いつものように、陛下の側にいるんだ」

 僕は頷きながらも、それが不可能な事を感じていた。
 七竜レクーマを求める気持ちは、徐々に強くなる。
 それをどう制御していいのか、方法が解らない。

 彼は……、テオフィルスは知っているのかな?
 この感覚を拭い去る方法を。

 会わなければならない、どうあってもテオフィルスに。
 涙を振り払うために、激しく首を横に振った。

 そうしている内にトキとアレインが天幕から出て来て、剣を構えお互いに戦いの距離を詰め始めた。
 やがて激しく、その剣はぶつかり合う。
 国王軍同士が戦い合っている、響き渡る剣技の音。
 僕は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
 それが国王軍の分裂の、始まりの音に聞こえたからだ。 

「始まったな……。僕達は陛下を裏切るんだ。今だけ、国王軍を裏切る」

 僕達は頷き合い、お互いの手を取りながら、ゆっくりと移動を始めた。
 この事態を、終結させるために……。
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