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第一章 レント城塞

第五十七話 大切な者

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 その日の昼、アルマレーク共和国からリンクルクランの領主テオドールが、竜騎士を引き連れレント領に降り立った。
 竜の制御を立て直し何とかアルマレークに帰り着いたマシーナを含む竜騎士達が、事の詳細を知らせたのだ。
 屍食鬼との戦いに傷付いたレント領に再び緊張が走ったが、竜騎士達が一切の武器を所持していなかったため、争いが起きる事はなかった。

「我が子がご迷惑をかけた事を、お詫びに参りました」

 戦いで失われた人命を悼み、荒れてしまった耕作地の足しにと、多くの物資がアルマレークから運び込まれる。
 竜を使って採石場から石を運び入れ、竜騎士達が城壁の修復も手伝った。
 息子が犯した王太子誘拐という罪を、少しでも軽くしたい気持ちもあったのだろう。
 商才に長けたテオドールは莫大な富を有し、息子である〈七竜の王〉を高額な身代金を支払って引き取る。

「このお金はエステラーン王国への謝罪です。どうぞ魔王討伐にお役立て下さい。息子には今後勝手な行動を取らせないよう、アルマレークにて厳重に処罰致します」

 アルマレークの竜騎士達が彼と共に、一斉に謝罪の姿勢を取る。

「非礼を、お詫び致します」

 レント領主ハルビィンは不在のセルジン王に代わり快く受け取り、感謝を述べる。
 国王軍の一部には不満を漏らす声もあったが、王の側近達は領主の意志を尊重し賛意を表した。
 オリアンナ姫の存在を隠し遂せたと信じ、無用の争いは避けるべきと判断したのだ。
 アルマレーク人は丸一日レント領に滞在し、出来うる限りの手助けをして帰国する。
 テオフィルスは彼の意志とは無関係に、エステラーン王国を離れた。



 〈七竜の王〉は夢を見ていた。
 光り輝く翼の生えた、美しい姫君の夢……。

 






 温かい何かが唇に触れた事で、僕は目を覚ました。
 目の前にセルジン王の顔がある。

「国王……陛下……」

 王の腕に抱きしめられ、身を横たえていた。
 身体に力が入らず、動く事が出来ない。
 あれから何日か経っているのだろう。
 宝剣の光を浴びて消えたはずの、セルジン王の影が戻ってきている。

「これを飲むのだ、少し楽になる」

 マールから渡された杯を、王が唇に添える。
 少し甘い液体を口にし、身体の気怠さが少し改善されたが動く事は出来ない。

「危険な事を教えてしまったようだ。宝剣でも祈りが行えると知ってはいたが、これほど祈祷者を消耗させてしまうとは……。許せ、オリアンナ。この術はもう使ってはならぬ」
「……レント領は?」
「大丈夫だ、ここは屍食鬼の近づけぬ地になった。今のエステラーン王国で一番安全な土地だ、そなたのお蔭だな」

 それを聞いてホッとしたと同時に、周りが見えた。
 ボガード家の紋章旗と多くの盾、石柱のアルマレーク人との戦いの浮き彫り等が、ここが騎士の大広間だと教えてくれた。

「テオフィルスは?」
「そなたと同じだ。消耗がひどく意識の無い状態で、父君がアルマレークへ連れ帰った」
「帰った……」

 どことなく、がっかりした。
 もうイリに乗れない……、そう思うと悲しくなった。
 僕の中の竜騎士の血が、竜に乗りたがっている。
 そのためには、彼が必要なのだ。

「オリアンナ、横を見るのだ」

 セルジン王は暗い表情で、抱き抱えている僕の身体を横に向けさせた。
 大勢の負傷した兵士、騎士達が横たわっている。
 ここに運び込まれた者は、命の危険が差し迫っている者達なのだろう。
 マールとその弟子達、看護にあたる召使達が忙しそうに立ち働いている。
 王も《王族》の魔力を使い、人々を癒すためにいるのだと気付いた。

「横にいるのが、誰だと思う?」

 横の簡易ベッドに、顔と頭、腕に包帯を巻いた人物が寝かされている。

「エランだ。私にも、意識が戻せない。このままでは、死んでしまう。そなたにも、力を貸して欲しい」

 僕は恐怖のあまり、飛び起きた。
 眩暈が起き、王にしがみ付きながら、立ち上がろうと必死になる。
 エランの側にいきたかった。
 察した王に横抱きにされ、エランのベッドまで運ばれる。
 彼の心臓の辺りに耳を当て、鼓動を確かめる。
 弱弱しく、生きている。
 あまりの事態に、僕は涙を流した。

「嫌だよ。目を覚ませよ、エラン。エラン!」

 負傷したエランは、ピクリとも動かない。
 まるで死んでいるようだ。
 包帯の巻かれた顔を触り、額にくちづける。
 動く気配がない。

「エラン、君のいない世界は嫌だ。戻ってくれよ!」

 とめどなく涙が流れ落ちる。
 その涙はエランの、包帯の巻いてない首筋に落ちた。
 そっと唇にくちづける。
 ……彼の唇が、微かに動いた。

「エラン! エラン、目を覚ませ!」

 彼の耳元で囁く。
 震える唇で、彼は答える。

「オリア……ンナ……」

 エランは意識を取り戻したのだ。
 僕は彼に抱き着き、泣きながら動けずにいた。
 目覚めさせるために、無意識に《王族》の魔力を使ったからだ。
 消耗が激しく、気を失いそうになる。
 彼はゆっくり片方の腕を動かし、弱弱しく抱きしめてくる。

「エラン……」

 安心感に微笑みながら、僕は意識を失った。 
 王はマールと顔を見合わせ頷く、後は薬師の仕事だ。
 再び気を失ったオリアンナ姫を、王は優しくエランから引き離した。

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