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第一章 レント城塞

第四十八話 竜の咆哮

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「最前線? 望む所だ。俺の大切な仲間を奪い去った屍食鬼共に、目に物見せてやる!」

 テオフィルスは復讐の闘志を漲らせて同行の覚悟を伝え、マシーナはがっくり項垂うなだれ頭を抱えた。

「早く竜を呼べ、テオフィルス!」

 故意に彼の名を呼び捨てにし、周りに仲間になった事を悟らせた。
 彼は満足げに微笑みながら頷き、随行者達に指示を出す。
 マシーナは大きな溜息を吐き、不承不承大声で警告する。

「今から竜が咆哮します。近くでまともに聞くと耳が聞こえなくなる、合図をしたら全員耳を塞いで下さい。馬にも耳栓をして逃げ出さないように、馬止めにしっかり繋いで下さい」

 警告を受け、トキは大声で部下達に指示を出す。
 僕が仲間と認めた以上、従わざるを得ない。
 アルマレークの竜を討たぬよう、早馬を各所に出す指示もする。
 周りの騎士達は迅速に指示に従い、臆病な馬達に耳栓をする。

 不機嫌なエランは背を向け、トキの元へ引き返そうとした。
 そんな彼に追いすがるように腕を取る。

「エラン、僕を守ってくれ」

 なんてわがままだと自嘲しながらも、心の不安を打ち明けられるのは彼だけだ。
 竜に乗る恐怖感、そしてテオフィルスに対応する不安感に苦しむ。
 不満そうなエランが言葉を呑み込むのが見て取れる。
 嘲りでもいいから彼の言葉が欲しかった。
 僕の腕を掴み引き寄せ、エランが耳元でささやく。

「当然、守るさ! だから、絶対に悟られるなよ」

 心配そうに顔を覗き込まれ、不安げな笑顔でうなずき返した。


 アルマレーク人三人で打ち合わせした後、テオフィルスは大声で竜を呼ぶ事を告げる。

「全員背を低くして、耳を塞げ!」
[リンクル、竜を呼べ!]

 テオフィルスに頭を押さえられ、共に片膝を付きながらしゃがみ、耳を塞ぐ。反発心が無性に沸き起こる。

 竜は大きな翼を広げ、地上から浮き上がった。
 羽ばたきで巻き起こす強風が、土埃と枯れ枝を吹き飛ばし、松明の灯りを消した。
 人々は目も開ける事が出来なくなり、気配と耳を塞いでも聞こえる音でこれから何が起きるかを想像し、より姿勢を低くする。

 竜は思いっきり息を吸い込み……、
 そして地を揺るがす大音量の雄叫びが、人々を倒す勢いで発せられた。

 凄まじい咆哮を間近に浴びて吹き飛ばされ、危うく耳から手を離しそうになるのを誰かが支えた。
 薄ら目を開けると、テオフィルスが抱え込むように守ってくれている。
 弱い月明かりの中、彼の耳のある位置に羽のような文様飾りが髪の間から見えている。
 彼がいつもしている、首飾りと同じ模様だ。

 あれは、耳栓だったのか?

 ぼんやりそんな事を考えている間に竜の咆哮が止み、今度は遠くから別の竜のいらえが返ってくる。
 七竜の影は満足そうに地上に足を着け、テオフィルスを見る。
 彼が立ち上がり褒めるように竜の足を叩くと、竜は小さく炎を吐く。

 それが合図でマシーナ達は人々に終了を伝え、皆は汚れを払いながら立ち上がった。
 吹き消された松明に、再び火が灯される。
 竜の影が松明に色濃さを増し、騎士達の目に脅威となって映る。

 あんなものに攻め入られたら、王国は一溜りも無い。

 皆が一様に緊張した。
 中でも一番緊張しているのは僕だと思える。
 竜に乗った経験等、もちろん無い。
 テオフィルスの提案が一番有効に思えたから受け入れたが、竜の咆哮の激しさは予想以上だ。
 竜に乗れるのか不安が大きく芽生えた頃、本物の竜がやって来た。

 芽吹き始めたばかりの木々の枝をへし折り、二頭の竜がリンクルの横に舞い降りた。
 その圧迫感に人々は後退り、剣に手を掛けながら警戒する。
 二頭はリンクルより幾分小柄な竜だ。
 一頭はまるで礼を取るように頭を下しリンクルを見上げ、もう一頭は頭こそ下げないが明らかにリンクルを恐れ、身を縮めている。  
 不意に竜達の影から、横柄な子供の声がした。

[やい、テオフィルス! こんな夜中に、呼び出しなんかすんな! いきなり竜が叫ぶから、耳が痛くてしょうがない]
[ルギー! 若君を呼び捨てにするなと、何度言えば分かる? お前も竜騎士見習いになったんだ、礼儀を弁えろ!]

 マシーナが身を縮める竜に向って怒鳴る。
 するとその方向から、小石が投げつけられた。
 慣れているのかマシーナは難なく避けたが、小石は国王軍の騎士に当たり、彼は謝る羽目になる。
 テオフィルスは低い声で笑いながら、竜に向って叫ぶ。

[ルギー、降りて、こいつの横に立て]

 僕の横を指した。
 ルギーと呼ばれた少年は、竜から飛び降りる。
 僕より明らかに年下だ。
 黒い目で悪戯っぽく、好奇心剥き出しに上から下までジロジロ観察している。

[誰? こいつ、竜騎士……、じゃないよな。俺様の子分にでもしてくれんの?]
[いいから、横に立て]

 そう言ってテオフィルスは、二人を見比べる位置まで移動した。
 背丈は丁度同じくらい、彼は満足げに微笑む。

[ルギー、お前の鎧をこいつに渡せ]

 事の成り行きに、悪い予感を覚えた。
 僕はこの場で、竜の鎧に着替えるという事なのか?
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