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第一章 レント城塞

第四十三話 レント城塞の危機

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 エランの腕の中で泣き続け、不安と恐怖を心から追い出した頃、彼の背に回した手に宝剣を握りしめている事に気付く。
 運命を切り開く《ソムレキアの宝剣》は今、僕の手の中にある。
 セルジン王が描く戦略図に、ようやく参加出来るのだと感じ冷静さが戻る。

「エラン……、僕は陛下を助けたい」
「うん、解ってる。王配候補を決める気は無いんだろ? アレインさんから聞いたよ」
「会ったんだ」
「うん、握手した。大将だって、ちょっと怖そうな人だね」

 彼は、まるで気にしていないように笑った。

「陛下を助けたいのなら、協力するよ。先の事なんて分からないんだからさ」
「……うん、ありがとう。ごめんね、エラン」
「謝らなくていいよ。僕は成人したら、君に求婚するつもりだから」
「え?」

 僕は彼の腕の中から、警戒するように飛び退いた。
 彼はにやにや笑いながら、偉そうに腕組みをする。

「王配候補の話が無くても、元々そうするつもりだったよ。僕は君が好きなんだから」

 僕は呆然としながら、彼を睨み付ける。
 エランは僕の親友で、幼馴染みで、お互いの理解者だから、解っていると思っていた。
 それが、今の一言で崩れたのだ。

「…………僕は、陛下の婚約者だよ」
「知ってる。でも、婚約破棄された。それに陛下は影だよ、君には不釣合いだ」

 その言葉に、僕は腹を立てた。
 一番言われたくない言葉を、一番親しい相手に言われたのだ。
 僕の目から、涙が再び溢れ出した。

「だから、陛下を人に戻そうと、必死になっているんじゃないか!」
「そうだよ、だから君に協力するって言っているんだ。相手が影じゃ、僕にとっても戦いようがない。陛下には対等に、人に戻ってもらう」
「…………え?」

 国王陛下相手に、公明正大なあまりにもエランらしい言葉で、僕の怒りは拍子抜けしたように拭い去られた。
 彼が握手を求めて手を差し出し、毒気を抜かれた僕は涙を拭い、首を捻りながら握手した。
 エランはやはり、ちょっと変わっている。
 喧嘩を回避出来たところで、トキが割って入った。

「殿下、国王陛下はどちらに?」

 父の館にセルジン王の姿が無かったため、トキは急ぎ確認をしに来た。
 国王陛下の言葉が出た瞬間、脳裏に消えゆく王の姿がまざまざとよみがえり、不安が一気に押し寄せて来る。

「トキさん、陛下は……、陛下は宝剣の光を浴びて、消えてしまった」
「宝剣?」

 彼は驚き、僕が手に持つ《ソムレキアの宝剣》を注視した。
 時期が来れば必ず出現するという王の言葉通り、魔王を打ち破る武器が出現したのだ。
 王都ブライデインへ旅立つ時が来た。
 十五年の悲願を達成する切り札が、魔王に渡ることなく持ち主の手中にある。
 トキは微笑み、満足そうに頷いた。

「では、陛下は数日でお戻りになる。今までも陛下の影が消えた事は何度もあったが、ドゥラス殿下が亡くなられた後は、国王軍は士気を欠いた状況で戦う事になり、我々は大変な状況に陥っていた。でも、今は殿下がいる。《王族》がいるだけで我々の士気が高まる。陛下が戻るまで、殿下が国王軍を指揮し、私達がサポートする。よろしいかな?」

 《王族》の存在は、エステラーンの国民にとって必要不可欠だ。
 《王族》がいるだけで、兵の士気が高まり戦いを有利に導く。
 今の状況で成人したばかりの僕が、王の代わりを務める事になる。

「……本当に陛下は、数日で戻ってくるの?」
「戻ってくる。今までも、陛下は必ず戻られた」

 不安と希望が、同時に湧いてくる。
 王が戻るまで、僕が出来る限りの役目を果たせばいい。
 自然と顔が緊張に引き締まる。

「判った。陛下が戻られるまで、サポートを頼みます! 出来れば、すぐにでもレント領を離れたい。ここを戦場に、したくない」
「では、出来るだけ早く出立の……!」

 トキの返事に重なるように、北東方向から魔物の来襲を知らせる緊急ラッパが遠く聞こえた。
 国王軍から発せられたもので、城壁の外に駐留する兵が、魔物に接触した合図だ。
 次に第三城壁からもレント領のラッパが吹き鳴らされ、間を置かず城下街にある鐘楼が、緊急事態を知らせる速さで打ち鳴らされる。
 レント領民達は一瞬で事態を悟り、飛び起きる。

 レント城塞都市の一番外側を守る第三城壁には、長年の魔物との戦いで出来たひび割れ箇所がある。
 そこに魔物が集中して押し寄せれば、簡単に城壁は崩されレント領は窮地に追い込まれるだろう。
 それを実証するように地を揺るがす大きな振動が、城塞中に鈍く響き渡った。
 大地が揺れ、何かが崩れる轟音が、嫌な予感を連想させる。
 僕とトキは顔を見合わせた。

「オーリン様、私の馬へ!」
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