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第一章 レント城塞
第二十七話 〈契約者〉ハラルド
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《ソムレキアの宝剣》…………、それがないとハラルドを魔王から解放する事が出来ない。
でも、その宝剣は僕の手元には無い。
いったい、何処にある?
「姫君、魔王のいう事を真に受けてはいけません! 彼は約束など守らない!」
僕の肩を揺さぶるマールは、とても怖い顔をしている。
僕は嫌でも現実に立ち返った。
「解っているよ。《ソムレキアの宝剣》は、魔王を滅ぼして、陛下を水晶玉から解放するための武器だ。僕だけが、使える武器だよ。でも……、それって、どこにあるの?」
「それは、分かりません。ただ、時が来れば必ず姫君の前に出現すると、陛下が仰っておられました。どうか、その言葉を信じて待つのです」
《聖なる泉の精》と同じ事を、陛下が言っている。
強い魔力を持つ者には、未来が見えるのだろうか?
「時が来れば……、陛下がそう仰ったんだ。……うん。だったら、僕は待つよ」
マールはホッとした表情を一瞬見せたが、すぐに厳しい顔付きで周りに注意を払う。
「いいですか、姫君。これから何が起ころうと、絶対に私の側を離れないで下さい」
「……解った」
マールは薬師であって、戦闘員ではない。
それなのに自分の側を離れるなとは、先程のような特殊武器でも持っているのだろうか。
国王軍は非戦闘員でも、戦う事に慣れている。
行軍参加とは、そういう事なのだろう。
魔王が去ったせいか、部屋に充満していた煙が薄らいできた。
マールが僕の視界を塞ぐように立っているが、ハラルドが気になり横から覗いてみる。
そうして、また気分が悪くなった。
横たわるハラルドの周りを黒い渦が激しく取り巻き、彼の姿が見えないほどだ。
まるでハラルドに侵入して、〈契約者〉に作り変えている、そんな動きに見える。
「気分が悪いのでしたら、私にお掴まり下さい」
「……マールさんにも、あれが見えるの?」
僕にしか見えないと思っていたのに、王の薬師には見えている。
不思議に思い、問い掛けるように彼を見上げていると、察したようにマールが明かした。
「私にも少しだけ《王族》の血が流れているらしいですよ。だからあれが見えるのです」
「…………他にも、そういう人はいる?」
「いますが、少ない。殿下の周りでは、サフィーナ様がそうでしょう」
サフィーナの名が出て、僕は驚愕した。
ハラルドが黒い渦を纏わりつかせていたのは、子供の頃からだ。
自分の子供を、彼女は脅威に思っていたのではないか。
今の状況に、彼女の恐怖心を思うと、サフィーナの姿を捜さずにはいられなかった。
彼女は夫ハルビィンを、息子に近付かせないよう、必死に止めていた。
領主には、息子の変化が見えないのだ。
「ハラルド!」
領主の呼びかけに、一瞬、黒い渦を纏うハラルドの身体が、微かに動いたように見えた。
領主もそれに気付き近寄ろうとしたが、トキが一喝する。
「近寄るな! 彼は〈契約者〉だ、殺されるぞ! レント騎士、領主を止めろ」
「私の息子だぞ! まだ生きている。今、動いたじゃないか」
領主が反論した直後、ハラルドは緩やかに身を起こし、父親に顔を向けた。
黒い渦が少し薄くなる。
『父上……、助けて』
「ハラルド! 今、助ける」
「駄目……」
サフィーナに抱き着かれ、騎士達に止められ、領主は息子に近付く事が出来ない。
『父上……、もう、駄目……、ああ、ああああぁぁぁ…………』
ハラルドが異常な声を上げ始め、黒い渦は全てハラルドに入り込む。
口を大きく開け苦しみの表情を見せながら、蛇のように首を異常に長く伸ばし、身を捩り動かし始めた。
身体は長く醜く変形し、鼻と口が前にせり出す。
口から長い牙が生え、背から黒い翼が現れる。
その爪は長く鋭く、命ある者を切り裂くために伸びる。
僕はあまりの恐怖と気分の悪さに、マールにしがみつく。
ハラルドは急激に、屍食鬼へと変身した。
半変化の状態がまるで無く、国王軍に打ち取る暇も与えず。
領主が悲鳴を上げる。
「ハラルドォ!」
「屍食鬼だ! 撃ち落とせっ」
トキの号令に、部屋の護衛が矢を射るが、どれも弾かれ中らない。
ハラルドだった屍食鬼は、醜い翼を広げ部屋の中空へと飛び立つ。
その口から歓喜の声が溢れ出る。
『ふふふ、これが魔王の魔力か。なるほど……、悪くない』
次の瞬間、黒い翼はそのままに、屍食鬼は元のハラルドの姿に変化した。
「〈契約者〉になった! 奴等は屍食鬼を呼び寄せるぞ、討て! 屍食鬼を呼ぶ前に!」
「止めろ、止めてくれ!」
領主がレント騎士達の腕を振り払いハラルドに近付こうとするが、トキに連れ戻された。
「近付くな、殺されるぞ! あれはハラルドじゃない。見て分かるだろう、魔王の魔力を使う〈契約者〉だ!」
ハラルドは壮絶に微笑みながら、周りを見回す。
『あははは……、僕は魔力を手に入れたんだ。見える。見えるぞ、《王族》が!』
ハラルドの視線が、僕一人に注がれた。
でも、その宝剣は僕の手元には無い。
いったい、何処にある?
「姫君、魔王のいう事を真に受けてはいけません! 彼は約束など守らない!」
僕の肩を揺さぶるマールは、とても怖い顔をしている。
僕は嫌でも現実に立ち返った。
「解っているよ。《ソムレキアの宝剣》は、魔王を滅ぼして、陛下を水晶玉から解放するための武器だ。僕だけが、使える武器だよ。でも……、それって、どこにあるの?」
「それは、分かりません。ただ、時が来れば必ず姫君の前に出現すると、陛下が仰っておられました。どうか、その言葉を信じて待つのです」
《聖なる泉の精》と同じ事を、陛下が言っている。
強い魔力を持つ者には、未来が見えるのだろうか?
「時が来れば……、陛下がそう仰ったんだ。……うん。だったら、僕は待つよ」
マールはホッとした表情を一瞬見せたが、すぐに厳しい顔付きで周りに注意を払う。
「いいですか、姫君。これから何が起ころうと、絶対に私の側を離れないで下さい」
「……解った」
マールは薬師であって、戦闘員ではない。
それなのに自分の側を離れるなとは、先程のような特殊武器でも持っているのだろうか。
国王軍は非戦闘員でも、戦う事に慣れている。
行軍参加とは、そういう事なのだろう。
魔王が去ったせいか、部屋に充満していた煙が薄らいできた。
マールが僕の視界を塞ぐように立っているが、ハラルドが気になり横から覗いてみる。
そうして、また気分が悪くなった。
横たわるハラルドの周りを黒い渦が激しく取り巻き、彼の姿が見えないほどだ。
まるでハラルドに侵入して、〈契約者〉に作り変えている、そんな動きに見える。
「気分が悪いのでしたら、私にお掴まり下さい」
「……マールさんにも、あれが見えるの?」
僕にしか見えないと思っていたのに、王の薬師には見えている。
不思議に思い、問い掛けるように彼を見上げていると、察したようにマールが明かした。
「私にも少しだけ《王族》の血が流れているらしいですよ。だからあれが見えるのです」
「…………他にも、そういう人はいる?」
「いますが、少ない。殿下の周りでは、サフィーナ様がそうでしょう」
サフィーナの名が出て、僕は驚愕した。
ハラルドが黒い渦を纏わりつかせていたのは、子供の頃からだ。
自分の子供を、彼女は脅威に思っていたのではないか。
今の状況に、彼女の恐怖心を思うと、サフィーナの姿を捜さずにはいられなかった。
彼女は夫ハルビィンを、息子に近付かせないよう、必死に止めていた。
領主には、息子の変化が見えないのだ。
「ハラルド!」
領主の呼びかけに、一瞬、黒い渦を纏うハラルドの身体が、微かに動いたように見えた。
領主もそれに気付き近寄ろうとしたが、トキが一喝する。
「近寄るな! 彼は〈契約者〉だ、殺されるぞ! レント騎士、領主を止めろ」
「私の息子だぞ! まだ生きている。今、動いたじゃないか」
領主が反論した直後、ハラルドは緩やかに身を起こし、父親に顔を向けた。
黒い渦が少し薄くなる。
『父上……、助けて』
「ハラルド! 今、助ける」
「駄目……」
サフィーナに抱き着かれ、騎士達に止められ、領主は息子に近付く事が出来ない。
『父上……、もう、駄目……、ああ、ああああぁぁぁ…………』
ハラルドが異常な声を上げ始め、黒い渦は全てハラルドに入り込む。
口を大きく開け苦しみの表情を見せながら、蛇のように首を異常に長く伸ばし、身を捩り動かし始めた。
身体は長く醜く変形し、鼻と口が前にせり出す。
口から長い牙が生え、背から黒い翼が現れる。
その爪は長く鋭く、命ある者を切り裂くために伸びる。
僕はあまりの恐怖と気分の悪さに、マールにしがみつく。
ハラルドは急激に、屍食鬼へと変身した。
半変化の状態がまるで無く、国王軍に打ち取る暇も与えず。
領主が悲鳴を上げる。
「ハラルドォ!」
「屍食鬼だ! 撃ち落とせっ」
トキの号令に、部屋の護衛が矢を射るが、どれも弾かれ中らない。
ハラルドだった屍食鬼は、醜い翼を広げ部屋の中空へと飛び立つ。
その口から歓喜の声が溢れ出る。
『ふふふ、これが魔王の魔力か。なるほど……、悪くない』
次の瞬間、黒い翼はそのままに、屍食鬼は元のハラルドの姿に変化した。
「〈契約者〉になった! 奴等は屍食鬼を呼び寄せるぞ、討て! 屍食鬼を呼ぶ前に!」
「止めろ、止めてくれ!」
領主がレント騎士達の腕を振り払いハラルドに近付こうとするが、トキに連れ戻された。
「近付くな、殺されるぞ! あれはハラルドじゃない。見て分かるだろう、魔王の魔力を使う〈契約者〉だ!」
ハラルドは壮絶に微笑みながら、周りを見回す。
『あははは……、僕は魔力を手に入れたんだ。見える。見えるぞ、《王族》が!』
ハラルドの視線が、僕一人に注がれた。
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