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第一章 レント城塞
第十一話 王に嘘は吐けない
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どうしよう……、絶対に女だってバレた。
あんな事をするなんて……。
テオフィルスと名のるアルマレーク人に、後ろから抱きしめられた感触が、まだ身体中に残っている。
驚きと恐怖と怒りに、僕の身体は小刻みに震え、速い鼓動の音が、頭の天辺から足先にまで鳴り響いている。
ただ無我夢中で、あの男から逃げた。
秘密の抜け道から部屋までたどり着き、長持の底板を敷いて、誰も下から入れないように、重い板を何枚も乗せその上から服を置き、長持の蓋を閉め鍵もかけた。
それでも、不安が付きまとう。
あの通路からこの部屋に、魔法を使って鍵をこじ開けて、勝手に入ってくるかもしれない。
僕をオリアンナだと、気付いたかもしれないんだ。
自分の婚約者だって……。
セルジン王に言うべきだと理性が訴える反面、城から自由に出入り出来るこの部屋を、手放したくない気持ちが強くなる。
どうしたらいいんだ、僕は……。
部屋のドアを激しく叩く音に、僕は飛び上がり、意識は現実に引き戻された。
「オーリン様、大丈夫ですか? 鍵を、お開け下さい!」
部屋の外の護衛の声が、まるで緊急事態のように騒ぎ立てる。
僕は慌てて鏡の前へ行き、埃だらけの抜け道で転んだ汚れを叩き落とし、深呼吸をしてなんとか冷静さを取り戻す。
この部屋の秘密を、知られたくない。
誰にも、気づかれちゃ駄目だ。
思い切って鍵を開けて、困っている大人達と対応するべく、平静さを取り繕いながらドアを開けた。
部屋の前には薬師の服装の男と先程の弟子、国王軍に割り当てられた侍女と護衛二人が、僕を見て安心したように溜息を吐く。
開口一番に薬師が、僕の具合を確認する。
「大丈夫ですか? 倒れているんじゃないかと、皆で心配していたんですよ」
「ごめん、着替えに手間取ったんだ。熱は下がったみたいだよ」
「……そうなんですか? 失礼」
薬師が怪訝な顔をして僕の額に手を当て、首をひねった。
「どこの癒し手に、治してもらいました?」
一瞬、アルマレーク人と会った事を見抜かれた気がして、僕は息を飲んだ。
この薬師は鋭い。
「ふふ、そんな癒し手がいたら、私は職を追われますね、医師も兼ねておりますから。薬草茶が効いたのでしょう。後で美味しいスープを届けさせます。召し上がってから、もう少しお休み下さい」
薬草茶を飲んだ記憶が無いが、熱にうなされている時に飲まされたのだろう。
「ありがとう。薬師さん、名前を聞いていい?」
「私はマール・サイレス、国王陛下の薬師を務める者です。どうぞ、お見知りおきを」
優しそうに微笑む三十代半ばのマールは、整った髭が顔の輪郭を覆い、綺麗な琥珀色の瞳で、金色の長い髪を束ねた、賢そうなのに人懐っこい好印象の男だ。
僕は嬉しくなって、微笑みながら頷いた。
不意に彼の後ろで待っていたミアが、頬を膨らませ僕を見ている事に気付く。
無駄足を踏ませたんだから、怒るのは当然だよね。
この女、なんだか可愛い。
とても年上と思えない。
「ベイメさんは、いませんでしたわ。二年前に……」
「そうだよ。僕の侍女になるのなら、ベイメの事を知っておいてほしかった。良い侍女だったからね」
さらっと言って、微笑んでみせる。
ベイメは自由を優先してくれるとても良い侍女で、彼女がいなくなってから、僕は他の侍女を拒否してきた。
ミアが自由をくれるとは思えないが、国王軍相手に「侍女はいらない!」と、我が儘を通す勇気は無い。
「はい! ベイメさんに負けないように、しっかりお務させて頂きますわ! オリアンナ様」
ミアが明るく言って微笑み、彼女を出し抜く方法を考えながら、僕も作り笑いをした。
侍女と薬師の弟子と護衛が部屋に入り、不安と緊張を抱えながら後に続こうとした時、廊下の向こうから、僕を包み込む春の日差しのような、優しい何かが近付いてきた。
僕はその方向へ自然に身体を向け、必死に保っていた平常心が溶け出すのを感じる。
近衛騎士を引き連れて、国王セルジンが現れたのだ。
「陛下……」
テオフィルスが与えた影響は思ったより大きく、セルジン王と引き離される恐怖心が、僕を王の元へと走らせた。
王は優しく微笑んで、僕を受け止める。
「どうした? 何かあったのか?」
そう言って抱きしめながら、トキに僕の部屋に向かう指示を無言で出す。
先程の近衛騎士が、長持の下から聞こえた呼び出しの合図を、トキに報告したのだろう。
僕を心配そうにチラッと見ながら、トキの後に続き部屋に入って行く。
「この部屋は、侍女や護衛が入ると狭く感じるだろう。私のいる貴賓室の隣に、そなたの部屋を用意させた。そちらに移るのだ」
抜け道は簡単に見つかり、この部屋は閉鎖され、僕の自由は無くなる。
少し残念な気もするけど、セルジン王に嘘は吐けない。
これで、いいんだ……。
あんな事をするなんて……。
テオフィルスと名のるアルマレーク人に、後ろから抱きしめられた感触が、まだ身体中に残っている。
驚きと恐怖と怒りに、僕の身体は小刻みに震え、速い鼓動の音が、頭の天辺から足先にまで鳴り響いている。
ただ無我夢中で、あの男から逃げた。
秘密の抜け道から部屋までたどり着き、長持の底板を敷いて、誰も下から入れないように、重い板を何枚も乗せその上から服を置き、長持の蓋を閉め鍵もかけた。
それでも、不安が付きまとう。
あの通路からこの部屋に、魔法を使って鍵をこじ開けて、勝手に入ってくるかもしれない。
僕をオリアンナだと、気付いたかもしれないんだ。
自分の婚約者だって……。
セルジン王に言うべきだと理性が訴える反面、城から自由に出入り出来るこの部屋を、手放したくない気持ちが強くなる。
どうしたらいいんだ、僕は……。
部屋のドアを激しく叩く音に、僕は飛び上がり、意識は現実に引き戻された。
「オーリン様、大丈夫ですか? 鍵を、お開け下さい!」
部屋の外の護衛の声が、まるで緊急事態のように騒ぎ立てる。
僕は慌てて鏡の前へ行き、埃だらけの抜け道で転んだ汚れを叩き落とし、深呼吸をしてなんとか冷静さを取り戻す。
この部屋の秘密を、知られたくない。
誰にも、気づかれちゃ駄目だ。
思い切って鍵を開けて、困っている大人達と対応するべく、平静さを取り繕いながらドアを開けた。
部屋の前には薬師の服装の男と先程の弟子、国王軍に割り当てられた侍女と護衛二人が、僕を見て安心したように溜息を吐く。
開口一番に薬師が、僕の具合を確認する。
「大丈夫ですか? 倒れているんじゃないかと、皆で心配していたんですよ」
「ごめん、着替えに手間取ったんだ。熱は下がったみたいだよ」
「……そうなんですか? 失礼」
薬師が怪訝な顔をして僕の額に手を当て、首をひねった。
「どこの癒し手に、治してもらいました?」
一瞬、アルマレーク人と会った事を見抜かれた気がして、僕は息を飲んだ。
この薬師は鋭い。
「ふふ、そんな癒し手がいたら、私は職を追われますね、医師も兼ねておりますから。薬草茶が効いたのでしょう。後で美味しいスープを届けさせます。召し上がってから、もう少しお休み下さい」
薬草茶を飲んだ記憶が無いが、熱にうなされている時に飲まされたのだろう。
「ありがとう。薬師さん、名前を聞いていい?」
「私はマール・サイレス、国王陛下の薬師を務める者です。どうぞ、お見知りおきを」
優しそうに微笑む三十代半ばのマールは、整った髭が顔の輪郭を覆い、綺麗な琥珀色の瞳で、金色の長い髪を束ねた、賢そうなのに人懐っこい好印象の男だ。
僕は嬉しくなって、微笑みながら頷いた。
不意に彼の後ろで待っていたミアが、頬を膨らませ僕を見ている事に気付く。
無駄足を踏ませたんだから、怒るのは当然だよね。
この女、なんだか可愛い。
とても年上と思えない。
「ベイメさんは、いませんでしたわ。二年前に……」
「そうだよ。僕の侍女になるのなら、ベイメの事を知っておいてほしかった。良い侍女だったからね」
さらっと言って、微笑んでみせる。
ベイメは自由を優先してくれるとても良い侍女で、彼女がいなくなってから、僕は他の侍女を拒否してきた。
ミアが自由をくれるとは思えないが、国王軍相手に「侍女はいらない!」と、我が儘を通す勇気は無い。
「はい! ベイメさんに負けないように、しっかりお務させて頂きますわ! オリアンナ様」
ミアが明るく言って微笑み、彼女を出し抜く方法を考えながら、僕も作り笑いをした。
侍女と薬師の弟子と護衛が部屋に入り、不安と緊張を抱えながら後に続こうとした時、廊下の向こうから、僕を包み込む春の日差しのような、優しい何かが近付いてきた。
僕はその方向へ自然に身体を向け、必死に保っていた平常心が溶け出すのを感じる。
近衛騎士を引き連れて、国王セルジンが現れたのだ。
「陛下……」
テオフィルスが与えた影響は思ったより大きく、セルジン王と引き離される恐怖心が、僕を王の元へと走らせた。
王は優しく微笑んで、僕を受け止める。
「どうした? 何かあったのか?」
そう言って抱きしめながら、トキに僕の部屋に向かう指示を無言で出す。
先程の近衛騎士が、長持の下から聞こえた呼び出しの合図を、トキに報告したのだろう。
僕を心配そうにチラッと見ながら、トキの後に続き部屋に入って行く。
「この部屋は、侍女や護衛が入ると狭く感じるだろう。私のいる貴賓室の隣に、そなたの部屋を用意させた。そちらに移るのだ」
抜け道は簡単に見つかり、この部屋は閉鎖され、僕の自由は無くなる。
少し残念な気もするけど、セルジン王に嘘は吐けない。
これで、いいんだ……。
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