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第一章 レント城塞

第六話 僕の役割

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『エステラーン王国の、各地の泉が枯れ始めています。魔王が魔界域を呼び寄せ、ブライデインに近付いているのです』
「だから僕に、魔王を消滅させろっていうのか?」
『その通りです。あなたにしか出来ない事です』

 いきなり肩が重くなり、身動きが出来なくなる。
 世界を背負う重責に打ちのめされ、足元も見えない程、この世が暗く感じる。
 どうして、僕に?
 僕は《ソムレキアの宝剣》なんて、持ってないのに……。
 心を読んで、泉の精は答えた。

『ただ前へ進みなさい、オリアンナ姫。《ソムレキアの宝剣》は必ず現れます』 
「どうして……、僕なんだ!」
『生まれた事に役割があるなら、あなたはそれが定めです。乗り越えるのです。そうすれば、望みは叶うでしょう』
「陛下を人に戻す方法は、あるんだね?」
『…………あなた次第です』

 僕、次第?

 王の姿を思い浮かべた。
 希望という火が、心の中に灯った気がする。
 この世の生存より、セルジン王の生存の方が大事に思えた。
 僕次第で、陛下を人に戻す事が出来る?
 すべて乗り越えれば、望みが叶う?
 自分の思考に呆れながら、魔力を秘めた左手を見つめた。
 ただの左手にしか見えないが、まるで剣を手にした心強さを感じる。

 この手で、陛下を人に戻す。
 まだ方法は解らないけど、必ず戻す!
 希望を掴みとるように、左手を握りしめる。

『メイダール、トレヴダール、ディスカール、それぞれの《聖なる泉》を見つけ出し、四つの導を受け取ってエドウィンに会いなさい。彼の遺産を受け取るかは、あなた次第です』
「遺産? 父上は、生きているんじゃないのか?」

 泉の精は一瞬、悲し気な表情で僕を見つめ、ブライデインの方角を指差した。

『行くのです、エドウィンの待つ《聖なるブライデインの泉》へ。会えば、全てを理解出来るでしょう』

 そのまま突き放すように泉の精は交信を絶ち、湧水の中に姿を消した。
 《聖なる泉》の光は消え、湧き出る泉の音だけが大きく木霊する。

 あまりの出来事に呆然としながらも、ただ一つの考えだけが心を占める。
 前へ進めば、陛下を人に戻す方法に行きつく!
 僕は前を向き、突き動かされるように《聖なる泉》に背を向けた。



 緩やかな泉の階段を駆け上る。
 すると急速に景色が動いている感覚に囚われ、軽い眩暈めまいがした。
 倒れそうになるのを、必死に堪えながらなんとか頂上まで辿り着く。
 めまぐるしく変わる景色を想像していたのに、目の前には巨大なアーチ門。
 僕の考えを、読み取っているみたいだ。
 ありがたい……。
 早くセルジン王に会いたい、心の中にはそれだけしか無い。
 微笑みながら飾り門をくぐり抜けようとした時、その声は聞こえた。
 
『天界の罠に、気を付けて……』
「え?」

 また視線を感じて、アーチの頂きを見上げた。
 明らかに楔石から声がする。
 泉の精とは違う意志が、僕に呼びかけている。

「……誰?」

 答えはなく、楔石はただの石にしか見えない。
 気のせい?
 何かに気を付けてって聞こえた。
 何に……?
 疑問に思いながら、アーチ門を抜けるとそこは深い森の木々、そして目の前に泉の〈門番〉が立っていた。

『聖なる水を、一滴所望しよう』
「え? は……、はい」

 戸惑いながら水袋に汲んだ聖なる水を、差しだされた〈門番〉の篭手こてのてのひら、皮の手袋に一滴垂らす。
 すると〈門番〉の全身が薄ら光りだし、喜んでいるように見えた。

 うわっ!
 この人、本当に人間?
 初めて会った時と同様の疑問が、心に浮かぶ。

『退場を許可する』

 そう言って〈門番〉が消え、途端に閉ざした森の木々が、生き物のようにうごめき道を開けた。




 不思議な光景を、今日一日で一生分体験したように思えた。
 〈成人の儀〉とは、この世とは別の世界に行って、帰ってくる儀式なのだろうか?
 日常から離れた聖なる場所で、僕は心に希望を焼き付けて帰って来た気がした。


 

 開かれた木々の先に、セルジン王の姿があった。
 黄昏時の薄暗がりと松明の灯りに、他の者達の姿は霞んで見える。

「陛下!」

 王は優しく微笑みながら両手を広げ、出迎えてくれた。
 よろけもつれる足を心の中で鞭打ちながら、王の元まで長く思える距離を走る。
 そうして彼の腕の中に飛び込んだ。

「よく無事で戻った。あまりにも遅いから、心配したぞ」
「陛下」

 安心感に涙が流れた。
 婚約を解消されても、王はいつものように優しく僕を抱きしめる。
 嬉しくて涙で霞む目に、微笑む彼の姿がグラついて見えた。

「オリアンナ?」
「僕は……」

 支えるセルジン王の腕の中で、なぜふら付いているのか意味が分からない。
 王が耳を触り、顔を近付けて額に手を当てる。
 彼の手は冷たく心地良い。

「薬師を呼べ! 高熱を出している。早く、手当を!」
「あ……なた……を……」
 
 王の緊急の声が、遠くに聞こえる。
 彼が、僕の身体を抱き上げる。
 その心地よさに微笑みながら意識を失った。

 必ずあなたを人に戻します、陛下……。
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