(腐的)恋愛のススメ

文字の大きさ
上 下
10 / 11
番外編

友情とはとても素敵なものですね・前篇

しおりを挟む
「直生くんは最近、ことさら暁くんと仲がよろしいですよね」
 先ほどまで暁くんと楽しそうにおしゃべりをしていた直生くんに、わたしは何気なく尋ねました。
「ん? あぁ」
 直生くんは何でもない事のようにそううなずきました。その様子はまるで暁くんのことを心底信頼しているかのようで、見ていて微笑ましいと言いますか、ほんの少し羨ましいと言いますか……ちょっと複雑な心情です。
 そこでわたしは、ふと思い出したことがありました。
「そういえば、ちゃんとお聞きしていなかったのですが」
 わたしの方を見ながら首を傾げる直生くんに、わたしはずっと気になっていたことを口にします。
「あの時、直生くんと暁くんはどうやって友情を深めたのでしょう?」
 あの時、というのは言わずもがな、直生くんがわたしに暁くんとのことについて相談してきた時のこと――つまり、わたしたちがまだ今のような関係性になかった頃のことです。その時の二人は確かに、どこかぎこちない雰囲気を漂わせていたように思います。
 そんな折、暁くんに片想いしていると――まぁ、結果的にそれは嘘だったらしいのですが――直生くんが持ちかけてきたので、当然わたしはそれなりのアドバイスを差し上げました。
 その結果、なのかどうかはわかりませんが、気付いた時には直生くんと暁くんの間に以前のようなわだかまりは微塵もなく、今のように仲良くお話しているところを頻繁に見かけるようになっていて……いつの間に、と心の底から不思議に思ったものです。
 直生くんは「あー、それな」と言いながら頭を掻き、しばし視線を彷徨わせました。
「まぁ、話すと長いんだけど……瑞希の知らないところで、結構色んなことがあってさ」
「そうなんですか?」
 こくり、とうなずいた直生くん。頬をほんのりと染めて……あ、可愛いですね、その表情。いただきです。
 それも、その原因が同じ男の子にあるらしいというのがまたいいじゃないですか。まぁ、個人的感情によりほんのちょっと胸が痛むような気もしていますが……。
 そんな風にわたしが自身の感情と性癖の間で心揺らしているのを知ってか知らずか、直生くんは何やら考え込んでいるようでした。こちらの様子に気が付かない様子なので、これを機にと彼の横顔を眺めてみます。
 そういえば図書委員の時も隣に座っていましたが、こうやって横顔をじっくり見るのは初めてかもしれません。
 結構睫毛、長いんですよね……。
 軽く結ばれた唇は決して厚くはないけれど、触れた時の柔らかさといったらそれはもう例えようもなく――……。
「――って、わたしはいったい何を考えているんですかっ!!」
「うぇ!?」
 わたしが思わず漏らした大声に、びくり、と直生くんが大げさに肩を震わせました。
「な、何……いきなりどうしたんだ瑞希!?」
 直生くんがこちらに顔を向けます。そしてわたしの顔をまじまじと見て、ますます驚いたように目を見開きました。
「な、何で顔赤いの……?」
「あ、赤いですか」
「赤いよ。真っ赤だよ。ユデダコみたいだよ」
 ユデダコ、とは失礼な……。仮にも女の子ですよ。
 うぅ、と唸りながら、彼の指摘通り異常なまでに熱くなっていた頬を、両手で包みこむようにして押さえます。
 そんなわたしを見て、まるで愛おしいものを見るように――自分でこのようなことを言うのも何ですが――目を細めた直生くんは、「じゃあ」とやたら甘ったるい声で言いました。
「特別に、話してやるよ」
 お前の知らない、俺とちぃの話。
 わたしは思わず、そのままの姿勢で固まりました。え、と掠れた声が口から勝手に漏れてしまいます。
「どうして、いきなり」
 先ほどまで、あんなに話すのを悩んでいるようなご様子でしたのに。
 直生くんはますます目を細めました。ゆるりと弧を描く薄い唇が、心の底から弾むような声を紡ぎます。
「ご褒美だよ」
「ご褒美?」
 意味が分からずオウム返しのように繰り返し問えば、ふにゃり、という言葉が似合いそうなほどに、甘く優しく、とろけるような笑みが返ってきました。
「お前が、可愛い顔見せてくれたから」
 刹那、わたしの顔が再び熱くなってしまったのは、もはや仕方のないことだと思います。
「でも、その前に」
 それこそ茹ですぎたタコのように真っ赤になっているであろうわたしの熱い頬に、直生くんのひんやりとした大きな手が触れました。
 耳元に唇を寄せられ、囁かれます。
「――キスして、いい?」
 ……いつから彼は、このような駆け引きの仕方を覚えたんでしょうか。手慣れていすぎて、すっかりわたしの方が翻弄されてしまっている気がします。
 悔しいとは思いながらも……ずっと気になっていたお話を聞きたいと思う好奇心と、直生くんに対する甘ったるい個人的感情に負けてしまった今のわたしには、黙って首を縦に振るしか選択肢はありませんでした。

    ◆◆◆

 俺とちぃ――暁千歳が出会ったのは、俺たちが中学校に入りたての頃。
 小学校卒業を機にこの街に引っ越してきた俺に、当然ながら友人はいなくて……知らない人ばかりが揃うクラスにも、この街自体にも、なかなか馴染むことができずにいた。
 そんな時に声を掛けてくれたのが、千歳だった。
 あいつはその頃から活発っていうか、社交性に満ちた奴でさ。新しいクラスで代議員――まぁ、俗に言う委員長みたいなもんなんだけど――を決めるときにも、真っ先に立候補してたっけ。
 あいつは俺に対しても平等に、親しげに接してくれた。毎日毎日、屈託ない笑顔で話しに来てくれた。集団の中に入り込めずにいた俺を、積極的に引き入れてくれたりもした。
 その後千歳に仲立ちしてもらったり、友達の作り方を教えてもらったりしたおかげで、俺にもすぐに友達ができた。シンとしてたはずの俺の周りは、日に日に賑やかになっていった。ごく普通の男子学生として、充実した楽しい日々を送れるようになった。
 ホント、何もかもあいつのおかげだよ。
 あいつがいなかったら、あの時出会わなかったら……きっと今も俺は一人ぼっちで、根暗な奴のままだったと思う。
 俺の周りが賑やかになってからも、あいつは何かと俺に構ってくれた。俺を気遣ってくれたりもした。
 他にたくさん仲のいい奴はいるはずなのに……それこそ、俺なんかより付き合いの深い奴だって、たくさんいるはずだったのに。
 こんな地味で目立たなくてヘタレな俺のことも、あいつは友達って呼んでくれた。友達としての輪に、入れてくれた。

 当時はただ、単純に嬉しかった。あいつは俺にとって一番の友達で、同時に恩人でもあった。
 ただ、それだけのはず、だったんだけどなぁ……。

 いつしか俺の中で、あいつの格は上がっていってた。神格化、っての? なんて言うか、そんな感じ。
 いつも賑やかな場所の中心にいて、何かと頼られて、男女関係なくたくさんの奴に好かれて。あいつの周りだけいつも、異常なまでにキラキラしてるように見えた。
 一方俺は、友人はそれなりにできたけど、やっぱりその根本までは変われてなくて。集団の中でもそんなに目立つ方じゃないし、誰かに導かれなきゃ満足に行動もできないし。
 そんなあいつと俺じゃ、根本的に住む世界が違うんじゃないか、なんて……そんなことを考え始めたらさ、俺があいつの傍にいるのって本当は正しくないんじゃないか、とか思っちゃって。
 いつの間にか、容易に近づけなくなってた。
 話しかけるにも、まるで初対面の人に道を聞くときみたいな気持ちっていうか……なんて言うか、ある種勇気が必要になってた。
 だから俺は、だんだん千歳に近づかなくなっていった。
 中学を卒業して、高校でまた一緒になって……クラスが離れてからは、さらに疎遠になった。
 廊下とかで見かけることはあったけど、変わらず賑やかな人だかりに囲まれてたあいつに、話しかけることなんてとてもできなくて。あいつもあいつで、まるで俺のことなんて忘れたみたいに振る舞ってるから。

 もうこのまま、俺はあいつと離れていってしまうのかな。寂しいけど……まぁ、これも運命か。
 最初から俺と千歳じゃ、住む世界が違いすぎてたんだし。そもそも俺たちの道が交わることさえ、ありえないことだったんだよな。今までのは、神様が気まぐれに見せてくれた、夢だったのかも。
 ――なんて。そんな風に、漠然と思ってた。

 それが大きく変わったのは、今年に入ってから。
 俺と千歳……そしてお前、村瀬瑞希が、みんなまとめて同じクラスになったことがきっかけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...