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番外編
友情とはとても素敵なものですね・前篇
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「直生くんは最近、ことさら暁くんと仲がよろしいですよね」
先ほどまで暁くんと楽しそうにおしゃべりをしていた直生くんに、わたしは何気なく尋ねました。
「ん? あぁ」
直生くんは何でもない事のようにそううなずきました。その様子はまるで暁くんのことを心底信頼しているかのようで、見ていて微笑ましいと言いますか、ほんの少し羨ましいと言いますか……ちょっと複雑な心情です。
そこでわたしは、ふと思い出したことがありました。
「そういえば、ちゃんとお聞きしていなかったのですが」
わたしの方を見ながら首を傾げる直生くんに、わたしはずっと気になっていたことを口にします。
「あの時、直生くんと暁くんはどうやって友情を深めたのでしょう?」
あの時、というのは言わずもがな、直生くんがわたしに暁くんとのことについて相談してきた時のこと――つまり、わたしたちがまだ今のような関係性になかった頃のことです。その時の二人は確かに、どこかぎこちない雰囲気を漂わせていたように思います。
そんな折、暁くんに片想いしていると――まぁ、結果的にそれは嘘だったらしいのですが――直生くんが持ちかけてきたので、当然わたしはそれなりのアドバイスを差し上げました。
その結果、なのかどうかはわかりませんが、気付いた時には直生くんと暁くんの間に以前のようなわだかまりは微塵もなく、今のように仲良くお話しているところを頻繁に見かけるようになっていて……いつの間に、と心の底から不思議に思ったものです。
直生くんは「あー、それな」と言いながら頭を掻き、しばし視線を彷徨わせました。
「まぁ、話すと長いんだけど……瑞希の知らないところで、結構色んなことがあってさ」
「そうなんですか?」
こくり、とうなずいた直生くん。頬をほんのりと染めて……あ、可愛いですね、その表情。いただきです。
それも、その原因が同じ男の子にあるらしいというのがまたいいじゃないですか。まぁ、個人的感情によりほんのちょっと胸が痛むような気もしていますが……。
そんな風にわたしが自身の感情と性癖の間で心揺らしているのを知ってか知らずか、直生くんは何やら考え込んでいるようでした。こちらの様子に気が付かない様子なので、これを機にと彼の横顔を眺めてみます。
そういえば図書委員の時も隣に座っていましたが、こうやって横顔をじっくり見るのは初めてかもしれません。
結構睫毛、長いんですよね……。
軽く結ばれた唇は決して厚くはないけれど、触れた時の柔らかさといったらそれはもう例えようもなく――……。
「――って、わたしはいったい何を考えているんですかっ!!」
「うぇ!?」
わたしが思わず漏らした大声に、びくり、と直生くんが大げさに肩を震わせました。
「な、何……いきなりどうしたんだ瑞希!?」
直生くんがこちらに顔を向けます。そしてわたしの顔をまじまじと見て、ますます驚いたように目を見開きました。
「な、何で顔赤いの……?」
「あ、赤いですか」
「赤いよ。真っ赤だよ。ユデダコみたいだよ」
ユデダコ、とは失礼な……。仮にも女の子ですよ。
うぅ、と唸りながら、彼の指摘通り異常なまでに熱くなっていた頬を、両手で包みこむようにして押さえます。
そんなわたしを見て、まるで愛おしいものを見るように――自分でこのようなことを言うのも何ですが――目を細めた直生くんは、「じゃあ」とやたら甘ったるい声で言いました。
「特別に、話してやるよ」
お前の知らない、俺とちぃの話。
わたしは思わず、そのままの姿勢で固まりました。え、と掠れた声が口から勝手に漏れてしまいます。
「どうして、いきなり」
先ほどまで、あんなに話すのを悩んでいるようなご様子でしたのに。
直生くんはますます目を細めました。ゆるりと弧を描く薄い唇が、心の底から弾むような声を紡ぎます。
「ご褒美だよ」
「ご褒美?」
意味が分からずオウム返しのように繰り返し問えば、ふにゃり、という言葉が似合いそうなほどに、甘く優しく、とろけるような笑みが返ってきました。
「お前が、可愛い顔見せてくれたから」
刹那、わたしの顔が再び熱くなってしまったのは、もはや仕方のないことだと思います。
「でも、その前に」
それこそ茹ですぎたタコのように真っ赤になっているであろうわたしの熱い頬に、直生くんのひんやりとした大きな手が触れました。
耳元に唇を寄せられ、囁かれます。
「――キスして、いい?」
……いつから彼は、このような駆け引きの仕方を覚えたんでしょうか。手慣れていすぎて、すっかりわたしの方が翻弄されてしまっている気がします。
悔しいとは思いながらも……ずっと気になっていたお話を聞きたいと思う好奇心と、直生くんに対する甘ったるい個人的感情に負けてしまった今のわたしには、黙って首を縦に振るしか選択肢はありませんでした。
◆◆◆
俺とちぃ――暁千歳が出会ったのは、俺たちが中学校に入りたての頃。
小学校卒業を機にこの街に引っ越してきた俺に、当然ながら友人はいなくて……知らない人ばかりが揃うクラスにも、この街自体にも、なかなか馴染むことができずにいた。
そんな時に声を掛けてくれたのが、千歳だった。
あいつはその頃から活発っていうか、社交性に満ちた奴でさ。新しいクラスで代議員――まぁ、俗に言う委員長みたいなもんなんだけど――を決めるときにも、真っ先に立候補してたっけ。
あいつは俺に対しても平等に、親しげに接してくれた。毎日毎日、屈託ない笑顔で話しに来てくれた。集団の中に入り込めずにいた俺を、積極的に引き入れてくれたりもした。
その後千歳に仲立ちしてもらったり、友達の作り方を教えてもらったりしたおかげで、俺にもすぐに友達ができた。シンとしてたはずの俺の周りは、日に日に賑やかになっていった。ごく普通の男子学生として、充実した楽しい日々を送れるようになった。
ホント、何もかもあいつのおかげだよ。
あいつがいなかったら、あの時出会わなかったら……きっと今も俺は一人ぼっちで、根暗な奴のままだったと思う。
俺の周りが賑やかになってからも、あいつは何かと俺に構ってくれた。俺を気遣ってくれたりもした。
他にたくさん仲のいい奴はいるはずなのに……それこそ、俺なんかより付き合いの深い奴だって、たくさんいるはずだったのに。
こんな地味で目立たなくてヘタレな俺のことも、あいつは友達って呼んでくれた。友達としての輪に、入れてくれた。
当時はただ、単純に嬉しかった。あいつは俺にとって一番の友達で、同時に恩人でもあった。
ただ、それだけのはず、だったんだけどなぁ……。
いつしか俺の中で、あいつの格は上がっていってた。神格化、っての? なんて言うか、そんな感じ。
いつも賑やかな場所の中心にいて、何かと頼られて、男女関係なくたくさんの奴に好かれて。あいつの周りだけいつも、異常なまでにキラキラしてるように見えた。
一方俺は、友人はそれなりにできたけど、やっぱりその根本までは変われてなくて。集団の中でもそんなに目立つ方じゃないし、誰かに導かれなきゃ満足に行動もできないし。
そんなあいつと俺じゃ、根本的に住む世界が違うんじゃないか、なんて……そんなことを考え始めたらさ、俺があいつの傍にいるのって本当は正しくないんじゃないか、とか思っちゃって。
いつの間にか、容易に近づけなくなってた。
話しかけるにも、まるで初対面の人に道を聞くときみたいな気持ちっていうか……なんて言うか、ある種勇気が必要になってた。
だから俺は、だんだん千歳に近づかなくなっていった。
中学を卒業して、高校でまた一緒になって……クラスが離れてからは、さらに疎遠になった。
廊下とかで見かけることはあったけど、変わらず賑やかな人だかりに囲まれてたあいつに、話しかけることなんてとてもできなくて。あいつもあいつで、まるで俺のことなんて忘れたみたいに振る舞ってるから。
もうこのまま、俺はあいつと離れていってしまうのかな。寂しいけど……まぁ、これも運命か。
最初から俺と千歳じゃ、住む世界が違いすぎてたんだし。そもそも俺たちの道が交わることさえ、ありえないことだったんだよな。今までのは、神様が気まぐれに見せてくれた、夢だったのかも。
――なんて。そんな風に、漠然と思ってた。
それが大きく変わったのは、今年に入ってから。
俺と千歳……そしてお前、村瀬瑞希が、みんなまとめて同じクラスになったことがきっかけだった。
先ほどまで暁くんと楽しそうにおしゃべりをしていた直生くんに、わたしは何気なく尋ねました。
「ん? あぁ」
直生くんは何でもない事のようにそううなずきました。その様子はまるで暁くんのことを心底信頼しているかのようで、見ていて微笑ましいと言いますか、ほんの少し羨ましいと言いますか……ちょっと複雑な心情です。
そこでわたしは、ふと思い出したことがありました。
「そういえば、ちゃんとお聞きしていなかったのですが」
わたしの方を見ながら首を傾げる直生くんに、わたしはずっと気になっていたことを口にします。
「あの時、直生くんと暁くんはどうやって友情を深めたのでしょう?」
あの時、というのは言わずもがな、直生くんがわたしに暁くんとのことについて相談してきた時のこと――つまり、わたしたちがまだ今のような関係性になかった頃のことです。その時の二人は確かに、どこかぎこちない雰囲気を漂わせていたように思います。
そんな折、暁くんに片想いしていると――まぁ、結果的にそれは嘘だったらしいのですが――直生くんが持ちかけてきたので、当然わたしはそれなりのアドバイスを差し上げました。
その結果、なのかどうかはわかりませんが、気付いた時には直生くんと暁くんの間に以前のようなわだかまりは微塵もなく、今のように仲良くお話しているところを頻繁に見かけるようになっていて……いつの間に、と心の底から不思議に思ったものです。
直生くんは「あー、それな」と言いながら頭を掻き、しばし視線を彷徨わせました。
「まぁ、話すと長いんだけど……瑞希の知らないところで、結構色んなことがあってさ」
「そうなんですか?」
こくり、とうなずいた直生くん。頬をほんのりと染めて……あ、可愛いですね、その表情。いただきです。
それも、その原因が同じ男の子にあるらしいというのがまたいいじゃないですか。まぁ、個人的感情によりほんのちょっと胸が痛むような気もしていますが……。
そんな風にわたしが自身の感情と性癖の間で心揺らしているのを知ってか知らずか、直生くんは何やら考え込んでいるようでした。こちらの様子に気が付かない様子なので、これを機にと彼の横顔を眺めてみます。
そういえば図書委員の時も隣に座っていましたが、こうやって横顔をじっくり見るのは初めてかもしれません。
結構睫毛、長いんですよね……。
軽く結ばれた唇は決して厚くはないけれど、触れた時の柔らかさといったらそれはもう例えようもなく――……。
「――って、わたしはいったい何を考えているんですかっ!!」
「うぇ!?」
わたしが思わず漏らした大声に、びくり、と直生くんが大げさに肩を震わせました。
「な、何……いきなりどうしたんだ瑞希!?」
直生くんがこちらに顔を向けます。そしてわたしの顔をまじまじと見て、ますます驚いたように目を見開きました。
「な、何で顔赤いの……?」
「あ、赤いですか」
「赤いよ。真っ赤だよ。ユデダコみたいだよ」
ユデダコ、とは失礼な……。仮にも女の子ですよ。
うぅ、と唸りながら、彼の指摘通り異常なまでに熱くなっていた頬を、両手で包みこむようにして押さえます。
そんなわたしを見て、まるで愛おしいものを見るように――自分でこのようなことを言うのも何ですが――目を細めた直生くんは、「じゃあ」とやたら甘ったるい声で言いました。
「特別に、話してやるよ」
お前の知らない、俺とちぃの話。
わたしは思わず、そのままの姿勢で固まりました。え、と掠れた声が口から勝手に漏れてしまいます。
「どうして、いきなり」
先ほどまで、あんなに話すのを悩んでいるようなご様子でしたのに。
直生くんはますます目を細めました。ゆるりと弧を描く薄い唇が、心の底から弾むような声を紡ぎます。
「ご褒美だよ」
「ご褒美?」
意味が分からずオウム返しのように繰り返し問えば、ふにゃり、という言葉が似合いそうなほどに、甘く優しく、とろけるような笑みが返ってきました。
「お前が、可愛い顔見せてくれたから」
刹那、わたしの顔が再び熱くなってしまったのは、もはや仕方のないことだと思います。
「でも、その前に」
それこそ茹ですぎたタコのように真っ赤になっているであろうわたしの熱い頬に、直生くんのひんやりとした大きな手が触れました。
耳元に唇を寄せられ、囁かれます。
「――キスして、いい?」
……いつから彼は、このような駆け引きの仕方を覚えたんでしょうか。手慣れていすぎて、すっかりわたしの方が翻弄されてしまっている気がします。
悔しいとは思いながらも……ずっと気になっていたお話を聞きたいと思う好奇心と、直生くんに対する甘ったるい個人的感情に負けてしまった今のわたしには、黙って首を縦に振るしか選択肢はありませんでした。
◆◆◆
俺とちぃ――暁千歳が出会ったのは、俺たちが中学校に入りたての頃。
小学校卒業を機にこの街に引っ越してきた俺に、当然ながら友人はいなくて……知らない人ばかりが揃うクラスにも、この街自体にも、なかなか馴染むことができずにいた。
そんな時に声を掛けてくれたのが、千歳だった。
あいつはその頃から活発っていうか、社交性に満ちた奴でさ。新しいクラスで代議員――まぁ、俗に言う委員長みたいなもんなんだけど――を決めるときにも、真っ先に立候補してたっけ。
あいつは俺に対しても平等に、親しげに接してくれた。毎日毎日、屈託ない笑顔で話しに来てくれた。集団の中に入り込めずにいた俺を、積極的に引き入れてくれたりもした。
その後千歳に仲立ちしてもらったり、友達の作り方を教えてもらったりしたおかげで、俺にもすぐに友達ができた。シンとしてたはずの俺の周りは、日に日に賑やかになっていった。ごく普通の男子学生として、充実した楽しい日々を送れるようになった。
ホント、何もかもあいつのおかげだよ。
あいつがいなかったら、あの時出会わなかったら……きっと今も俺は一人ぼっちで、根暗な奴のままだったと思う。
俺の周りが賑やかになってからも、あいつは何かと俺に構ってくれた。俺を気遣ってくれたりもした。
他にたくさん仲のいい奴はいるはずなのに……それこそ、俺なんかより付き合いの深い奴だって、たくさんいるはずだったのに。
こんな地味で目立たなくてヘタレな俺のことも、あいつは友達って呼んでくれた。友達としての輪に、入れてくれた。
当時はただ、単純に嬉しかった。あいつは俺にとって一番の友達で、同時に恩人でもあった。
ただ、それだけのはず、だったんだけどなぁ……。
いつしか俺の中で、あいつの格は上がっていってた。神格化、っての? なんて言うか、そんな感じ。
いつも賑やかな場所の中心にいて、何かと頼られて、男女関係なくたくさんの奴に好かれて。あいつの周りだけいつも、異常なまでにキラキラしてるように見えた。
一方俺は、友人はそれなりにできたけど、やっぱりその根本までは変われてなくて。集団の中でもそんなに目立つ方じゃないし、誰かに導かれなきゃ満足に行動もできないし。
そんなあいつと俺じゃ、根本的に住む世界が違うんじゃないか、なんて……そんなことを考え始めたらさ、俺があいつの傍にいるのって本当は正しくないんじゃないか、とか思っちゃって。
いつの間にか、容易に近づけなくなってた。
話しかけるにも、まるで初対面の人に道を聞くときみたいな気持ちっていうか……なんて言うか、ある種勇気が必要になってた。
だから俺は、だんだん千歳に近づかなくなっていった。
中学を卒業して、高校でまた一緒になって……クラスが離れてからは、さらに疎遠になった。
廊下とかで見かけることはあったけど、変わらず賑やかな人だかりに囲まれてたあいつに、話しかけることなんてとてもできなくて。あいつもあいつで、まるで俺のことなんて忘れたみたいに振る舞ってるから。
もうこのまま、俺はあいつと離れていってしまうのかな。寂しいけど……まぁ、これも運命か。
最初から俺と千歳じゃ、住む世界が違いすぎてたんだし。そもそも俺たちの道が交わることさえ、ありえないことだったんだよな。今までのは、神様が気まぐれに見せてくれた、夢だったのかも。
――なんて。そんな風に、漠然と思ってた。
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