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7.これってまさかのデジャヴですか
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結局あの後、家でどれほど断末魔を上げゴロゴロとベッドに転がっても胸のモヤモヤは晴れず……。気が重いまま問題の月曜日がやってきました。
この日、朝から直生くんがこちらへ話しかけてくることは、一度もありませんでした。約束の放課後までは、沈黙を貫くつもりのようです。
その代わり何故か、学校に来た瞬間から放課後まで色々な子に声を掛けられ、妙なことを言われました。
まず、結鶴ちゃん。
まぁ、彼女が突拍子もない言動をするのはいつものことなのですが……今日は少しシリアス風な表情で、わたしに向かって叱責するようにこんなことを言いました。
「ねぇ、瑞希。あんたもボーイズラブばっかり追っかけてないで、そろそろ自分も『そういう対象』にいるってこと、再認識した方がいいんじゃないの?」
そういう対象、というのがいったい何を意味するのか、それは全く分かりませんでした。聞いたってきっと、はぐらかされるだけ……なんとなく、そんな気がします。
ですが……おそらく彼女は、全部知っているのだと思います。わたしが最近、どのようなことを考え始めているのかということを。
結局この件についてはそれ以上のことを何も言わず、その後はすっかりいつもの結鶴ちゃんに戻ってしまったのですが。
次に、暁くん。彼はまるで直生くんに見つかるまいとするみたいに、午前授業の休み時間に、こっそりと話しかけてきました。
「村瀬、ちょっといいか」
「はい」
顔をそちらに向ければ、彼はなんだか心配そうな表情をしています。それからわたしと……そして、少し離れた場所で他のお友達と何やらお話をしている直生くんを交互に見ながら、まるで内緒話をするように、声でこう言いました。
「なぁ、村瀬。ナオが今日、お前に話すだろうこと……全部、どうか怒らないで聞いてやってほしい。その上で、お前には選択をしてもらいたいんだ」
暁くんはきっと、直生くんから事前に何か聞いていたのでしょう。
……っていうか、絶対おかしいですよねこの状況。わたし、最初はこの人と直生くんの間を取り持っていたはずじゃなかったんでしょうか。それがどうして、いつの間に暁くんがわたしと直生くんの間を取り持っているみたいな、ある意味逆転した構図になっているのでしょうか。どうしてわたしが、当事者みたいな立場に立たされているのでしょうか。
「あの、それってどういう」
「ごめん、俺から言えることはそれだけだわ。……じゃあ、頑張って」
わたしが詳細を尋ねようとすると、暁くんはそれを遮るように早口でそれだけ告げ、あっという間にお友達がいるところへ向かって立ち去って行ってしまいました。
……むむ。なんだか、釈然としませんね。
そして最後に声を掛けてきたのは……なんと、三澄さんでした。
午前中の授業では姿を見ませんでしたが、昼休みにようやく教室へと入ってきた三澄さん。それまで保健室にいたという彼女の目はうっすらと充血していて、また瞼も少し腫れていました。
「あの、三澄さん。……その目、どうしたんですか」
思わず尋ねると、三澄さんは一瞬だけ気まずげに目を逸らし……そうして、直接的な答えは教えてくれなかったものの、わたしが知らなかったある真実を一つだけ教えてくれました。
「あたしね、ホントはずっと前に佐倉くんに告白してて……一回、振られちゃってるの」
「えっ」
「それでもやっぱり、諦めきれないところってあるじゃない? だから……近頃佐倉くんと急激に距離を縮めたあなたに、嫉妬していたのは本当。あたしはなんとなく佐倉くんの本心が分かってたし……それに、あなたもときどき寂しそうな目で佐倉くんを見ていたことがあったから。これはもしかして、って思ったから、あの日あなたを呼び出して声を掛けたのよ」
あの日……そうです。わたしの気持ちが明確におかしくなったきっかけは、三澄さんが放課後わたしを呼び止めて、お話をしたいと言ったあの日――先週の金曜日で。
「では、その時には既に、三澄さんは直生くんに答えをもらっていたんですね。それなのに何故、わたしにわざわざあのようなことを?」
「あなたと、それから佐倉くんの気持ちを、確かめようと思った。あなたを委員会に行かせなければ、佐倉くんはあなたを探しに教室へ戻ってくるんじゃないかと思ったから。佐倉くんに話を聞かせたのは、わざと。あぁやって彼がやってくるだろうってことも、本当は薄々わかってた」
「では、わたしたち二人にお話をさせるよう仕向けたのも……」
「わざとよ、もちろん。……まさかいつも淑やかなあなたが、佐倉くんの手をあんなに乱暴に振り払うとは予想外だったけれど」
「……」
そこまで見られていたとは。あの時は取り乱していたため考える余裕がなかったとはいえ、今考えるととても恥ずかしいです。
「とにかく……あたしがあの時言ったことは、気にしないでいいから。遠慮なく、納得するまで佐倉くんと話したらいいわ」
「でも、三澄さんは」
「あたしはもう、とっくの昔に失恋しているからね。今はただひたすらに、応援するだけよ」
応援って、佐倉くんをですよね。……わたしも本来は、そうしなければいけない立場のはずなのに。最初は意気揚々とお受けしたこのお話でしたが、今では何一つお役にたてていません。それどころか、余計にご迷惑をおかけしている始末ですし……。
「じゃあ、頑張ってね」
まるでわたしに対して言っているかのような言葉を残し、わたしの肩を親しげにポンッと叩いた三澄さんは、眩しい笑みと共に立ち去って行きました。その足取りはどこか軽く、余計なお世話ではあるかもしれませんが、少しは吹っ切れることができたのだろうかと安心することができます。
それにしても……これまでの皆さんからの言葉をいくら繋ぎ合わせてみても、やはりまだまだ答えを知るにはピースが足りません。ここはやはり、放課後なされるという直生くんのお話を待つしかないのでしょうか。
そんなことを考えながら、午前中の授業同様、やがて始まった午後の授業も何となく聞き流していると、まるでタイムワープでもしたみたいに、気付けばあっという間に放課後がやってきました。
「瑞希、行こうか」
「……はい」
帰りのホームルームを終えるや否や、わたしの席にやってきてそう促した直生くんは、拍子抜けするほどにいつもの調子で……こんなにも落ち着かない気持ちなのはきっとわたしだけなのだろうなと思いながらも、わたしは大人しく直生くんに着いて、とぼとぼと図書当番へ向かいます。
出て行くまでにすれ違った結鶴ちゃんと暁くん、そして三澄さんが、わたしに対してどこか見守るような目線を向けてきたのが、何故かとても印象に残りました。
◆◆◆
最初にわたしを促した時には、まったくもっていつも通りの調子だと思っていたのに……。
図書当番をしている間、何故かずっと直生くんは無言でした。いつもなら、何かしらわたしに話しかけてくださるはずなのに……何かを考え込んでいるかのように、当番としての仕事をしている間以外はずっと黙っています。
わたしも、自然と同じように黙りこくってしまっていました。頭の中では、直生くんに対する独りよがりな問いを次々とぶつけながら。
――お話とは、いったい何なのでしょうか? 暁くんと現在どのような展開まで進んでいるのか、そういったことをお話してくださるのですか?
――もし、暁くんとうまく行ったなら……その時点で、わたしとの関わりも一気に失くしてしまわれるおつもりなのでしょうか?
――それならどうして……そんなに、思わせぶりな態度ばかりをお取りになられるのです? どうして今更わたしに対して、このように余計ともいうべき情を掛けるようなことを……。
考えていても埒があきませんし、直生くんにエスパー的能力はないはずですから――わたしの知る限りでは、の話ですが――、もちろんいくら考えたところで答えが返ってくるはずもないのですが。
当然、カウンター内の空気は重いです。それこそ、この空間にはおもりが何個ぶら下がっているのだろう……などとよく分からないことを考えてしまう程度には。
「あの……本、借りたいんですけどいいですか」
「……あ、はい。どうぞ。今貸し出しの手続きをいたしますね」
他の方たちにもこういった空気は伝わってしまうのか、カウンターにやってくる子たちも恐る恐るというように声を掛けてきます。できるだけ明るい笑顔を作って対処するようにはしていますが、あまり効果がないような……いえ、これだって一応は接客業(?)なのですから、笑顔は大切ですよね。営業スマイル第一、です。
……とまぁこのような感じで、下校時刻の少し前まで、わたしたちは本日の図書当番としての仕事を全うしたのでした。
キーンコーンカーンコーン……。
「……終わりましたね。帰りましょうか、直生くん」
「……あぁ、そうだな」
ようやくこちらから話しかけると、曖昧な笑みと共にそんな力ない言葉が返ってきました。直生くんからお話をしたいとおっしゃったというのに、まるでたった今死刑宣告を受けたかのようなお顔です。
荷物をまとめてから電気を消し、図書室を出たわたしたちはいつものように戸締りをしっかりと整えました。そうして、暗くなり始めた廊下をゆっくりとした足取りで歩いていきます。
「……どこか、お寄りになられますか」
「そうだな……近くの公園に」
「わかりました」
とりあえず、行き先はここから二百メートルほど行った先にある公園に決まりました。階段を下り玄関に着くと、下駄箱で靴を履きかえ、まるで流れ作業のように二人して校門を出、そちらへ向けて歩いていきます。
その間中もずっと、直生くんは無言でした。頭の中で、お話することを整理しているのでしょうか。……わたしもその間に、心の準備をしっかりと整えておかなければいけませんね。
……あぁ、そう思うとなんだか急に緊張してきました。いったい、彼の口から何が語られるというのでしょう。公園に早く着いてほしいような、いっそこのまま一生着いてほしくないような、不思議な心もちです。
けれど、時間というものはどうにも残酷で……。
学校を出てから、五分後にはもう目的地である公園へと辿り着いてしまっていました。何だかここまであっという間だったような、ひどく長い時間を過ごしていたような、ひどく曖昧な気分になってしまいます。
とりあえず座ろう、と直生くんに促され、わたしたちは小さな時計台の下に位置する少々古めのベンチに二人並んで腰掛けました。
「……」
「……」
……って、ここでも未だに無言ですか。お話がしたいとおっしゃったのは直生くんなのに、いつになったらお話を始めてくださるというのですか!
少々じれったくなってきたわたしは、内心はしたないとは思いながらも、とうとう自分から切り出してしまいました。
「直生くん、お話したいこととはいったい何なのでしょう」
刹那、うつむきがちな姿勢でわたしの隣に座っていた直生くんが、弾かれたように顔を上げました。しばし逡巡するようにあー、とかうー、とか言葉になってない声を上げていたかと思うと、突然意を決したかのようにバッと立ち上がります。
何事かと思いながら彼の動向を見守っていると、直生くんはそのまま座っているわたしの前に立ち――……。
「すまなかった!!」
――いきなり大声でそう叫んだかと思うと、そのまま俊敏な動きで跪き。
そうして……何が起きているのかわからず唖然とするわたしの目の前で、彼は深々と見事な土下座を披露してくださったのでした。
この日、朝から直生くんがこちらへ話しかけてくることは、一度もありませんでした。約束の放課後までは、沈黙を貫くつもりのようです。
その代わり何故か、学校に来た瞬間から放課後まで色々な子に声を掛けられ、妙なことを言われました。
まず、結鶴ちゃん。
まぁ、彼女が突拍子もない言動をするのはいつものことなのですが……今日は少しシリアス風な表情で、わたしに向かって叱責するようにこんなことを言いました。
「ねぇ、瑞希。あんたもボーイズラブばっかり追っかけてないで、そろそろ自分も『そういう対象』にいるってこと、再認識した方がいいんじゃないの?」
そういう対象、というのがいったい何を意味するのか、それは全く分かりませんでした。聞いたってきっと、はぐらかされるだけ……なんとなく、そんな気がします。
ですが……おそらく彼女は、全部知っているのだと思います。わたしが最近、どのようなことを考え始めているのかということを。
結局この件についてはそれ以上のことを何も言わず、その後はすっかりいつもの結鶴ちゃんに戻ってしまったのですが。
次に、暁くん。彼はまるで直生くんに見つかるまいとするみたいに、午前授業の休み時間に、こっそりと話しかけてきました。
「村瀬、ちょっといいか」
「はい」
顔をそちらに向ければ、彼はなんだか心配そうな表情をしています。それからわたしと……そして、少し離れた場所で他のお友達と何やらお話をしている直生くんを交互に見ながら、まるで内緒話をするように、声でこう言いました。
「なぁ、村瀬。ナオが今日、お前に話すだろうこと……全部、どうか怒らないで聞いてやってほしい。その上で、お前には選択をしてもらいたいんだ」
暁くんはきっと、直生くんから事前に何か聞いていたのでしょう。
……っていうか、絶対おかしいですよねこの状況。わたし、最初はこの人と直生くんの間を取り持っていたはずじゃなかったんでしょうか。それがどうして、いつの間に暁くんがわたしと直生くんの間を取り持っているみたいな、ある意味逆転した構図になっているのでしょうか。どうしてわたしが、当事者みたいな立場に立たされているのでしょうか。
「あの、それってどういう」
「ごめん、俺から言えることはそれだけだわ。……じゃあ、頑張って」
わたしが詳細を尋ねようとすると、暁くんはそれを遮るように早口でそれだけ告げ、あっという間にお友達がいるところへ向かって立ち去って行ってしまいました。
……むむ。なんだか、釈然としませんね。
そして最後に声を掛けてきたのは……なんと、三澄さんでした。
午前中の授業では姿を見ませんでしたが、昼休みにようやく教室へと入ってきた三澄さん。それまで保健室にいたという彼女の目はうっすらと充血していて、また瞼も少し腫れていました。
「あの、三澄さん。……その目、どうしたんですか」
思わず尋ねると、三澄さんは一瞬だけ気まずげに目を逸らし……そうして、直接的な答えは教えてくれなかったものの、わたしが知らなかったある真実を一つだけ教えてくれました。
「あたしね、ホントはずっと前に佐倉くんに告白してて……一回、振られちゃってるの」
「えっ」
「それでもやっぱり、諦めきれないところってあるじゃない? だから……近頃佐倉くんと急激に距離を縮めたあなたに、嫉妬していたのは本当。あたしはなんとなく佐倉くんの本心が分かってたし……それに、あなたもときどき寂しそうな目で佐倉くんを見ていたことがあったから。これはもしかして、って思ったから、あの日あなたを呼び出して声を掛けたのよ」
あの日……そうです。わたしの気持ちが明確におかしくなったきっかけは、三澄さんが放課後わたしを呼び止めて、お話をしたいと言ったあの日――先週の金曜日で。
「では、その時には既に、三澄さんは直生くんに答えをもらっていたんですね。それなのに何故、わたしにわざわざあのようなことを?」
「あなたと、それから佐倉くんの気持ちを、確かめようと思った。あなたを委員会に行かせなければ、佐倉くんはあなたを探しに教室へ戻ってくるんじゃないかと思ったから。佐倉くんに話を聞かせたのは、わざと。あぁやって彼がやってくるだろうってことも、本当は薄々わかってた」
「では、わたしたち二人にお話をさせるよう仕向けたのも……」
「わざとよ、もちろん。……まさかいつも淑やかなあなたが、佐倉くんの手をあんなに乱暴に振り払うとは予想外だったけれど」
「……」
そこまで見られていたとは。あの時は取り乱していたため考える余裕がなかったとはいえ、今考えるととても恥ずかしいです。
「とにかく……あたしがあの時言ったことは、気にしないでいいから。遠慮なく、納得するまで佐倉くんと話したらいいわ」
「でも、三澄さんは」
「あたしはもう、とっくの昔に失恋しているからね。今はただひたすらに、応援するだけよ」
応援って、佐倉くんをですよね。……わたしも本来は、そうしなければいけない立場のはずなのに。最初は意気揚々とお受けしたこのお話でしたが、今では何一つお役にたてていません。それどころか、余計にご迷惑をおかけしている始末ですし……。
「じゃあ、頑張ってね」
まるでわたしに対して言っているかのような言葉を残し、わたしの肩を親しげにポンッと叩いた三澄さんは、眩しい笑みと共に立ち去って行きました。その足取りはどこか軽く、余計なお世話ではあるかもしれませんが、少しは吹っ切れることができたのだろうかと安心することができます。
それにしても……これまでの皆さんからの言葉をいくら繋ぎ合わせてみても、やはりまだまだ答えを知るにはピースが足りません。ここはやはり、放課後なされるという直生くんのお話を待つしかないのでしょうか。
そんなことを考えながら、午前中の授業同様、やがて始まった午後の授業も何となく聞き流していると、まるでタイムワープでもしたみたいに、気付けばあっという間に放課後がやってきました。
「瑞希、行こうか」
「……はい」
帰りのホームルームを終えるや否や、わたしの席にやってきてそう促した直生くんは、拍子抜けするほどにいつもの調子で……こんなにも落ち着かない気持ちなのはきっとわたしだけなのだろうなと思いながらも、わたしは大人しく直生くんに着いて、とぼとぼと図書当番へ向かいます。
出て行くまでにすれ違った結鶴ちゃんと暁くん、そして三澄さんが、わたしに対してどこか見守るような目線を向けてきたのが、何故かとても印象に残りました。
◆◆◆
最初にわたしを促した時には、まったくもっていつも通りの調子だと思っていたのに……。
図書当番をしている間、何故かずっと直生くんは無言でした。いつもなら、何かしらわたしに話しかけてくださるはずなのに……何かを考え込んでいるかのように、当番としての仕事をしている間以外はずっと黙っています。
わたしも、自然と同じように黙りこくってしまっていました。頭の中では、直生くんに対する独りよがりな問いを次々とぶつけながら。
――お話とは、いったい何なのでしょうか? 暁くんと現在どのような展開まで進んでいるのか、そういったことをお話してくださるのですか?
――もし、暁くんとうまく行ったなら……その時点で、わたしとの関わりも一気に失くしてしまわれるおつもりなのでしょうか?
――それならどうして……そんなに、思わせぶりな態度ばかりをお取りになられるのです? どうして今更わたしに対して、このように余計ともいうべき情を掛けるようなことを……。
考えていても埒があきませんし、直生くんにエスパー的能力はないはずですから――わたしの知る限りでは、の話ですが――、もちろんいくら考えたところで答えが返ってくるはずもないのですが。
当然、カウンター内の空気は重いです。それこそ、この空間にはおもりが何個ぶら下がっているのだろう……などとよく分からないことを考えてしまう程度には。
「あの……本、借りたいんですけどいいですか」
「……あ、はい。どうぞ。今貸し出しの手続きをいたしますね」
他の方たちにもこういった空気は伝わってしまうのか、カウンターにやってくる子たちも恐る恐るというように声を掛けてきます。できるだけ明るい笑顔を作って対処するようにはしていますが、あまり効果がないような……いえ、これだって一応は接客業(?)なのですから、笑顔は大切ですよね。営業スマイル第一、です。
……とまぁこのような感じで、下校時刻の少し前まで、わたしたちは本日の図書当番としての仕事を全うしたのでした。
キーンコーンカーンコーン……。
「……終わりましたね。帰りましょうか、直生くん」
「……あぁ、そうだな」
ようやくこちらから話しかけると、曖昧な笑みと共にそんな力ない言葉が返ってきました。直生くんからお話をしたいとおっしゃったというのに、まるでたった今死刑宣告を受けたかのようなお顔です。
荷物をまとめてから電気を消し、図書室を出たわたしたちはいつものように戸締りをしっかりと整えました。そうして、暗くなり始めた廊下をゆっくりとした足取りで歩いていきます。
「……どこか、お寄りになられますか」
「そうだな……近くの公園に」
「わかりました」
とりあえず、行き先はここから二百メートルほど行った先にある公園に決まりました。階段を下り玄関に着くと、下駄箱で靴を履きかえ、まるで流れ作業のように二人して校門を出、そちらへ向けて歩いていきます。
その間中もずっと、直生くんは無言でした。頭の中で、お話することを整理しているのでしょうか。……わたしもその間に、心の準備をしっかりと整えておかなければいけませんね。
……あぁ、そう思うとなんだか急に緊張してきました。いったい、彼の口から何が語られるというのでしょう。公園に早く着いてほしいような、いっそこのまま一生着いてほしくないような、不思議な心もちです。
けれど、時間というものはどうにも残酷で……。
学校を出てから、五分後にはもう目的地である公園へと辿り着いてしまっていました。何だかここまであっという間だったような、ひどく長い時間を過ごしていたような、ひどく曖昧な気分になってしまいます。
とりあえず座ろう、と直生くんに促され、わたしたちは小さな時計台の下に位置する少々古めのベンチに二人並んで腰掛けました。
「……」
「……」
……って、ここでも未だに無言ですか。お話がしたいとおっしゃったのは直生くんなのに、いつになったらお話を始めてくださるというのですか!
少々じれったくなってきたわたしは、内心はしたないとは思いながらも、とうとう自分から切り出してしまいました。
「直生くん、お話したいこととはいったい何なのでしょう」
刹那、うつむきがちな姿勢でわたしの隣に座っていた直生くんが、弾かれたように顔を上げました。しばし逡巡するようにあー、とかうー、とか言葉になってない声を上げていたかと思うと、突然意を決したかのようにバッと立ち上がります。
何事かと思いながら彼の動向を見守っていると、直生くんはそのまま座っているわたしの前に立ち――……。
「すまなかった!!」
――いきなり大声でそう叫んだかと思うと、そのまま俊敏な動きで跪き。
そうして……何が起きているのかわからず唖然とするわたしの目の前で、彼は深々と見事な土下座を披露してくださったのでした。
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