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第50話 初夜

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 さて結婚初日である。シーンとサンドラが見つめ合っては照れ、見つめ合っては照れているさまを見ていられないノーイ。二人の間に割り込んでシーンを部屋から出してしまった。

「お、おいノーイ」
「お控えください。お嬢様は初夜のために湯浴みしてお色直しを致します。花婿は花嫁を見れません」

「な、なんだよそれは。おーい」

 シーンの抵抗も空しく、部屋のドアは閉められた。ノーイはイシシと笑い、他の侍女であるマーサとユーリに命じて、純白のドレスとアクセサリーを元のお屋敷に戻って持ってくるよう命じた。力がいるだろうから護衛二人を同行させた。

 さらにこの屋敷の使用人を呼んで、お湯を汲んでくることを命じ、サンドラに湯浴みをさせる。
 サンドラは真っ赤になって質問した。

「はあ初夜かあ。ちょっと怖いわね。どんなものかしら?」
「なにを怖じ気付いておられるんです。私たちを押し切って勇者シーンと一緒になったのでしょう?」

「それはそうだけど……」
「お嬢様は初めてですもんね。痛いですよ、とても。ましてやあの勇者シーンはお嬢様に気を遣わずに優しくなどしませんよ。逆に痛がる様子を楽しむに違いありません。そうですよ、お嬢様との過去を根に持ってますからね。きっと復讐なさいますよ」

「言わないでよ~」

 サンドラは身を縮めて怖がる。それを見てノーイは微笑んだ。

「いい方法があります」
「それってどんな?」

「あんな乱暴者と別れて屋敷に帰りましょう!」

 両手を広げてニコニコ提案するノーイにサンドラは顔を抑えてため息をついた。

「はーっ。どうしてみんなそんなにシーンを嫌うの? やっとシーンが振り向いてくれたのに」

 そう言って泣き出してしまったので、ノーイは慌ててサンドラに寄り添った。

「申し訳ございません。お嬢様。ついついこのようなことを……。お嬢様が心配なのです。またあの男が豹変してお嬢様に危害を加えるのではないかと──」
「ええ、それは怖いわ。でも占いの先生も言ったじゃない。それを耐えなさいと。それを信じます」

「そうですか……」
「ねえノーイ。私はあなたを姉とも母とも頼るのよ? だからお願い」

「ええ。分かりました」

 ノーイは笑顔で頷いた。サンドラもそれに微笑み返した。



 その頃、廊下ではシーンが壁に寄りかかってサンドラがどんな花嫁姿で現れるのかを待っていた。
 そこに侍女と護衛が、宰相邸から持ってきた衣裳やアクセサリー、花や香料を持ってきたので、シーンはどんなものを持ってきたのかと、手を伸ばすと、またまた侍女からの叱責であった。

「なにをなさいます!」
「いやぁサンドラがどんなものを着るのかなと」

「なりません。花婿は花嫁を見るのはままなりません。ご自分の部屋でお待ちください」

 とツンと鼻を鳴らしてサンドラの部屋に入っていく。シーンは仕方なく自室に入っていった。

 さあ侍女たちはサンドラの前に立って一世一代の花嫁を作ることに大忙しとなった。
 やれ白いドレスはこちらだ。いやこっちがいい。アクセサリーは大粒なもの、いやお嬢様は目鼻立ちが整っているから小粒でいい。と大格闘。
 生花を髪に挿し、公爵の娘の証であるティアラを被せ、数時間かかってようやく花嫁が出来上がった。

「お嬢様、お綺麗ですわ! これなら花婿も目を丸くしますよ!」
「ホント。花婿さまがあんな乱暴者じゃなければもっといいのに」
「さあさあ花婿を呼んで来ましょう!」

 とすっかり暗くなった廊下に明かりを灯して三人の侍女はシーンを迎えに行った。
 部屋をノックすると、中から待ちわびたとばかりシーンが飛び出してきたがノーイは眉を吊り上げた。

「な! 服装が先ほどと同じじゃありませんか!」
「いけない? これで陛下の前に出たんだけどな……」

「初夜なのに、勲章ぶら下げた赤いフロックコートだなんて……」
「赤がいけない?」

「当たり前でしょう。普通は白ですよ!」
「ああそう」

 そう言ってシーンはフロックコートを脱いで放り投げると、バサリとノーイの顔に被さった。
 ノーイは真っ赤になってまた怒る。

「なにをなさるの!」

 とコートを後ろの二人に託したところに今度はパサリとベストが降ってくる。
 これも華麗に剥ぎ取ると、今度は大きいシャツが降ってきたので中でもがいた。
 その時に目の前からカチャカチャとベルトを外す音が聞こえたので、まさかと思い恐る恐るシャツを剥ぎ取ると、目の前にシーンの姿はなかった。下を見るとシーンのボトムスが落ちている。
 慌てて正面に目を凝らすと、筋肉だらけの後ろ姿が暗い廊下を駆けて行くので叫んだ。

曲者くせものぞ! 皆のもの! であえー! であえー! 槍を持てー!」

 とたんに護衛部屋が騒がしくなり、バタバタと聞こえる。ノーイも他の侍女たちも胸元より短刀を出してシーンの後を追いかけた。

 向こうから護衛。こちらからノーイ率いる侍女。挟み撃ちだ。しかしシーンはすでにサンドラの部屋のドアに手を掛けていた。

「ええい! お嬢様に狼藉者を近づけるな!」
「わあ怖い! サンドラ助けてー!」

 シーンは裸のままでサンドラの部屋に突入した。その後ろには武器を持った護衛と侍女。
 サンドラは裸のシーンやら、シーンを殺そうとしている自分の護衛や侍女たちやらで情報がいっぱいになり、完全に停止してしまった。
 しかしシーンはサンドラの手をとった。

「綺麗だよサンドラ。私の花嫁さん」

 誉められてようやく頭が復活したサンドラはシーンに聞く。

「ど、どうして裸なの?」
「だってノーイが私の衣裳がダメだというからさ」

 続いてサンドラは侍女と護衛のほうを向く。

「みんなはなぜ武器を持っているの?」
「それはお嬢様を守るためです!」

 自信をもって答える侍女たちに、サンドラは深くため息をつく。

「シーンは私の良人おっとよ。シーンに刃物を向けるということは私に刃物を向けること。以下まかりなりませんからね」
「しかしお嬢様……」

「今から初夜なのよ? みんな出ていってちょうだい!」

 語尾を強めると、みんなスゴスゴと去って行った。シーンはそれを見て面白そうに笑っている。
 サンドラは今度、シーンを咎めた。

「まったく。この家の主でもやっていいことと悪いことがあるわ。服を着ないで女の部屋に来るなんて。それがこの国の英雄ではみんな笑ってしまうわよ?」

 シーンはサンドラの肩に手を添えて謝罪した。

「ごめんごめん。ノーイの行動が面白くてついさ」
「長年ノーイと一緒にいるけど、あんなに彼女が怒ったのは初めてだわ」

「ふふふ。サンドラも面白かったろう?」
「ぷ。そうね」

 二人は互いに笑いだした。
 だがサンドラはシーンの全身を見れずに視線を別のほうに向けた。

「そのう……。私は初めてで、そういう姿を見るのは慣れてないの」

 そんなサンドラの頭をシーンはポンポンと叩く。

「サンドラ。私はもう一つ脱ぐけどいいかい?」
「え? それ以上に脱ぐものがあるの?」

 サンドラは視線をシーンのほうに向けると、シーンは自分の髪に手を伸ばす。すると、まとめていた髪がざんばらと垂れて、学生時代のシーンの姿と近くなった。

「どう? ねやではもちろんこの格好なんだ。いじめていたシーンの姿に抱かれるのは嫌かな? 屈辱かい?」

 そう言ってシーンは前の姿でにこりと笑う。
 サンドラはシーンの両頬に手を添えて自分からキスをした。

「嫌じゃない。なんでこんな可愛いシーンをいじめていたんだろう。過去の自分をひっぱたいてやりたいわ」

 その言葉を聞いて、今度はシーンがサンドラにキスをした。
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