上 下
46 / 58

第46話 抱き合う二人

しおりを挟む
 シーンとアルベルトを乗せた馬車は街道を調子よく進んでいった。約二日の旅程である。
 途中でよい宿に泊まり、親子水入らずの旅であった。

 そんな王宮へと向かう馬車の中で、シーンはアルベルトに対し、必死でご機嫌取りをしていた。
 今まで叱られたことがなかったので、父アルベルトが自分を嫌いになってしまったのではないかと慌てた様子にアルベルトは微笑んだ。

「もうよい。もうよい」
「しかし、お父上……」

「お前は本当にエイミーが好きなのだな」
「は、はい。エイミー以外には考えられません」

「あれから数年が経つが、非常に蜜月で羨ましいよ。どうだ。子どもが産まれたら、義父のボア・パイソーン伯爵に会ってきては。エイミーも里帰りしたいであろう」
「本当ですか? 父上」

「ああいいとも」
「良かった。北都とはどんなところでしょう。とても楽しみです」

「うむ。ちゃんと父親となったことを報告してくるといい」

 そんな話をしていた。やがてシーンはいつものようにエイミーとののろけ話に発展し、アルベルトも若い二人の話に若干引きながら聞いていた。

 もうすぐ、地平線に都の城壁が見える──といった場所だった。

 今までエイミーの話をしていたシーンは、突然話を止めて立ち上がり、走行中の馬車の扉を開けた。アルベルトも驚いて声を上げる。

「シーン! どうした!」

 しかしシーンはそれに答えもせずに、馬車から飛び降り、馬より早い足で城に向かって駆け出したのであった。
 アルベルトはシーンの超人的な能力をこんなところで目の当たりにして驚いたが、なぜシーンがなにも言わず危険な飛び下りをして城に行ったのか、アルベルトには分からなかった。





 その時サンドラは、噂でシーンが王宮に参内する話を聞いていたので、シーンに城門に来るなと言われていたものの、いつものようにいつもの場所にいた。

 サンドラは遠くを見つめてシーンの白馬を探していたのだが、向こうから砂煙が舞い上がっている。
 なんだろうと思ってそこを見てみるとシーンだった。
 それは馬より早いスピードで、こちらに一直線に向かってくるのだ。
 サンドラの護衛は、早くに察してサンドラの前に立つ。あんなものに衝突でもされたらお嬢様が危ないとのことだった。

 シーンは遥か遠くから叫んだ。

「サンドラーー!!」

 サンドラもシーンが自分に会いに来たのだと思い、叫ぶ。

「シーン!!」

 道の中央をシーンは駆け抜ける。道を行く人々は驚いて左右へ避けていた。
 そしてシーンはサンドラの元にたどり着き、彼女を抱き抱えた。走った勢いもあってクルクルと回りながら。
 サンドラの侍女と護衛は、お嬢様の念願が叶ったと思わず涙する。

 シーンとサンドラは密着して、お互いをただ見つめていた。

「サンドラ。会いたかったよ!」
「本当に? 私も会いたかった!」

「ああ。私だけのサンドラ。もう放さない!」

 シーンはサンドラをきつく抱き締め、その縛めからほどこうとしない。そして、熱い熱い二度目のキスをした。

 道行く人はそれを温かい気持ちで見つめながら通り過ぎる。
 シーンはずっとサンドラを放さなかったし、サンドラのほうでもそれに応じてきつく抱き締めていた。

 しかしふと思い出した。それはシーンの豹変。まるで別な人への変身。抱き締めるシーンが本物なのか、突然怒り出すシーンが本物なのかと少しばかりビクビクしていた。
 だが占いの老婆の言葉を思い出す。

 相手に合わせ、させるがままにさせろと。そうすれば謝ってきて愛の言葉すら述べてくるだろう。

 今のシーンはまさにそうなのかもしれない。この前の剣幕の反動なのか、決して身をはなそうとしない。

「ああサンドラ。私はキミが愛しい。この前は心にもないことを言ってゴメン。どうか許しておくれ……」

 何度も何度も謝罪を繰り返していた。



 そんなシーンの元へとアルベルトは馬車を急がせていた。一体どこに行ったか心配だった。ひょっとしたら久しぶりに母に会えるのが嬉しくなって都の屋敷に行ったのかと思っていた。

 だが城門に近付いて驚いた。なんと毛嫌いしていたサンドラと抱き合い親密そうではないか。
 アルベルトは頭が追い付かないままだったがシーンの元に近付いて声をかけようとすると突然シーンは豹変した。

 サンドラを突飛ばし、頬を叩いて冷たい目で睨む。サンドラは小さく悲鳴を上げて、倒れ込んだ。
 先ほどの仲睦まじい状況と一変。サンドラの侍女は守るために彼女に覆い被さり、護衛は剣を抜いて詰め寄った。

「お前たち、控えなさい!」
「し、しかしお嬢様!」

 サンドラの言葉だが、侍女と護衛は守りを解こうとはしなかった。
 アルベルトも突然のことで見守るしか出来なかったが、馬車から降りてシーンに問い質した。

「シーン! 何てことを! サンドラ嬢に謝りなさい!」

 しかし、シーンは鼻を鳴らして嘲笑した。

「お父上。私は病気の時に何度もサンドラに打たれ嘲笑されました。今の彼女は自業自得です。彼女は私の妻になりたいと言ってきました。しかしこのサンドラは、夫にしたい私の言うことなどさっぱり聞きません。私が先日、城門にはもう出るなと言ったのに、こうして出てきます。私を軽んじているのです。夫にしたいなどと戯言です。自分が主人だと思っているのです。そんなものを誰が妻にしたいと思うでしょう」

 シーンはそう言うと、アルベルトの馬車に乗り込んで、御者に車を出すよう命じると、御者はためらいながらだが馬車を出発させた。

 サンドラの家来たちは慌てて彼女に駆け寄った。

「ヒドイわ! お嬢様をこんな目に遭わせるなんて!」
「お嬢様! 私にシーンとの決闘をお許しください。なあに刺し違えてでもこの無礼を悔やませてやりますとも!」

 しかしサンドラは、家来たちに落ち着くように諭した。

「みんな落ち着いて頂戴。占いの先生が言っていたじゃない。シーンの中に二つの魂があると。だからあんなに情緒不安定なのだわ。このくらいでへこたれていてはいられない。それにシーンは言ったわよね。言うことを聞かないものを妻には出来ないと。確かに私は言うことを聞かなかった。だから悪いのは私なのよ」
「し、しかし──」

 サンドラは納得の行っていない侍女や護衛をなだめて、馬車に乗り込み公爵家へと帰って行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

アリア

桜庭かなめ
恋愛
 10年前、中学生だった氷室智也は遊園地で迷子になっていた朝比奈美来のことを助ける。自分を助けてくれた智也のことが好きになった美来は智也にプロポーズをする。しかし、智也は美来が結婚できる年齢になったらまた考えようと答えた。  それ以来、2人は会っていなかったが、10年経ったある春の日、結婚できる年齢である16歳となった美来が突然現れ、智也は再びプロポーズをされる。そのことをきっかけに智也は週末を中心に美来と一緒の時間を過ごしていく。しかし、会社の1年先輩である月村有紗も智也のことが好きであると告白する。  様々なことが降りかかる中、智也、美来、有紗の三角関係はどうなっていくのか。2度のプロポーズから始まるラブストーリーシリーズ。  ※完結しました!(2020.9.24)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき
恋愛
Side A:エリーは、代々海馬を使役しブルテン国が誇る海軍を率いるアーチボルト侯爵家の末娘だった。兄たちが続々と海馬を使役する中、エリーが相棒にしたのは白い毛のジャーマン・スピッツ…つまりは犬だった。 Side B:エリーは貧乏なロンズデール伯爵家の長女として、弟妹達のために学園には通わずに働いて家を守っていた。17歳になったある日、ブルテン国で最も権力を持つオルグレン公爵家の令息が「妻になってほしい」とエリーを訪ねてきた。 ーーーー 章ごとにエリーAとエリーBの話が進みます。 ヒーローとの恋愛展開は最後の最後まで見当たらないですが、ヒーロー候補たちは途中でじゃんじゃん出すので誰になるのか楽しみにしてください。 スピンオフ作品として『理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました』があります。 全6章+エピローグ 完結まで執筆済み。 一日二話更新。第三章から一日四話更新。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

やさしい『だけ』の人

家紋武範
恋愛
 城から離れた農家の娘デイジーは、心優しい青年フィンに恋い焦がれていた。フィンはデイジーにプロポーズし、迎えに来ると言い残したものの、城は政変に巻き込まれ、デイジーがフィンと会うことはしばらくなかった。  しかし、日が過ぎてデイジーが城からの街道を見ると、フィンらしきものの姿が見える。  それはありし日のフィンの姿ではなかった。

処理中です...