シーン・グラムーンがハンデを乗り越えて幸せになる

家紋武範

文字の大きさ
上 下
25 / 58

第25話 ご領主さま

しおりを挟む
 さて、二日ばかりの旅程を経て、二人は領地の大きな屋敷に入る。管理するものは数名の領民で、年に一度くらいおとずれる領主のために来訪する数日前に掃除するくらいだったが、今回は急なお召しということで、さっぱり掃除も草刈りもしていなかった。
 しかも、領民たちは、シーンはうすのろで幼児くらいの知能しかないという部分しか知らないので、大して出迎えもしなかったが、管理人だけが迎えると、見事な貴族の服をまとい、胸にはトロル討伐の折に貰った太陽金章を下げ、凛々しい顔立ち、後ろには可愛らしい奥さんのエイミーを連れているものだから面食らって言葉を失っていた。

「うむ。キミが管理人か。出迎えご苦労である」
「あ、あの若様。突然のお越し故に掃除も庭木の手入れもしておりませんでした。さっそく領民を呼んで掃除させますので応接室でお休み下さい」

「まぁ別に私はかまわんよ? なぁエイミー」
「ええ」

「あのう、若様。胸に輝きます大きな勲章は?」
「ああ、これ? これはトロル討伐の際に陛下から頂いたんだ」

 トロル討伐。それはこちらにも話は届いていた。だが、領民たちは、グラムーン家のご子息がトロルをとの話を聞いた時に、あの言葉も満足に話せない若様には到底無理。どなたかと間違えたんだろうと取り合ってはいなかった。しかし、現実にシーンの胸の勲章を見て、あれは真実だと分かったのであった。

「やはり、あの話は本当でしたか」
「いやぁ、妻に手伝ってもらったのだよ。それよりもこの屋敷を掃除するのは大変であろう。手伝うよ」

 手伝うと言われても困ってしまう。大事なお召し物が汚れたとあれば、自分は領主アルベルトに叱られるであろうと思い、それを止めた。

「あのう。それは大丈夫で。どこかの部屋を指定して下されればそこを先に掃除しますので暇つぶしなすっててください」
「ホントにすごく大きなお屋敷。造りも古くて趣があるわぁ」

「ええ、若奥様。こちらは下男たちの部屋も含めて50室ございます。見た目は二階の造りではございますが、屋根裏に物置もありますし、中二階もございます。地下室もありますよ。都ほどではございませんが、大きなホールもありますし、音楽室もあります」

 音楽室。都のお屋敷では音楽室はジュノンの聖域であるために入れてもらえなかった。週に数度ジュノンが自慢の楽器を弾いてくれるが、エイミーも弾きたくてたまらなかったのである。

「楽器はなにがございますの?」
「ええ、たくさんございますよ。ピアノ、オルガン、ハープもティンパニもバイオリンもハープシコードも」

「ティンパニだって?」
「ハープシコードですって?」

「ええ。音楽室が気になりますか。それではそちらを先に掃除しましょう」

 というと、二人は両手を上げて喜び、屋敷の中に駆け込んで行った。

「わぁいわぁい!」
「あぁん、シーン様お待ちになってぇ~!」

 その後ろ姿は本当に英雄なのかなんなのか。
 まるであのうすのろの時代に感じた子どもっぽさがあるが、なぜか温かみを感じ、親近感を覚える管理人であった。




 管理人はすぐに領民たちを呼んだ。仕事があると断るものがいたが、ご領主がトロル討伐の英雄である話は本当だと伝えると、みんな興味を持ってぞろぞろと集まり、あっという間に大人が30人。子どもが20人ほど集まった。
 その英雄はどこだ、一目見てみようと屋敷に近づくと、高いハープシコードの音と、やたらめたら打ち鳴らすティンパニの音。騒々しいと思いながらも領民たちは挨拶の名目で音楽室の扉をそっと開けると、それに気付いたシーンは扉の方へと振り向くと、なんともいい男振りではないか。領民の女たちの目はハートマークに変わり、男達は面食らった。

「やあ諸君、今日は掃除に来てくれてありがとう。仕事が終わったら顔合わせに大ホールでパーティをしよう。料理や酒は買うからめぼしいものを持参してきてくれたまえ」
「皆さんこんにちわ。私は領主シーンの妻のエイミーです。ここのことはよく知らないの。教えて下さるかしら」

 なんとも驚く言葉と、管理人は聞き返した。

「あのう。パーティとは……」
「この辺の産品で郷土の味を楽しみたい。この辺の領民、全員に声をかけてくれたまえ。みんなで仲良く食事会をしよう。大ホールに入りきらなければ庭でやってもいいし」

 前代未聞の提案だった。しかもこの国の英雄と食事とは。グラムーン家の領民で良かったとみな喜び、さっそく掃除に取りかかった。
 かといって真剣に掃除をすれば一日で終わるものではなかった。厨房や庭では、領民の奥方たちが集まって、肉や魚、野菜を煮炊きする大仕事。シーンとエイミーは子どもたちを集めて庭で追いかけっこだ。
 その内に、奥方たちが羊の肉が焼けたと子供たちを呼ぶので、シーンとエイミーはそれに混じってあばら骨のついた肉をしゃぶっていた。

「ご領主さまはとても楽しいお方ですね」

 と子どもたちが言うので、シーンはそれに微笑んだ。

「どこかいい釣り場はないかな。虫を捕れる場所とか」
「ああそれなら、このお屋敷から少し離れたところに、前のお屋敷があるのです。そこのお庭に大きな池があって大きな魚がいると聞きます」

「すごい! 主かなぁ?」
「でもお化けがでます」

「え? お化け屋敷なのかい?」

 シーンの目はキラキラと光り少年のよう。もうそこで遊びたくて仕方がないようだ。

「だから誰も入りません。元々伯爵家のお屋敷ですから、ご領主さまならば入って釣りをしてもよいと思いますよ。さらにお化けを倒してくれれば、みんな喜びます」
「うん行く。絶対行く。お化けも退治するよ。そこをみんなの遊び場にしよう!」

「まさか。なかなか遊んでなどいられません」
「どうしてだい?」

「家の手伝いがあります」
「手伝いかい? エラいなぁ。例えば?」

「子守や荷物運び、作物の収穫、家畜の餌やり。主に親に引っ付いて命じられることをやります」
「すごい。みんなエラいんだなぁ」

「いえいえ、ご領主さまのように、トロルは倒せません。聞かせて下さいよ。トロルを倒したときのこと」
「そうか。あれは大きかったなぁ──」

 シーンが子供たちを集めてトロル討伐の話をしていると、時間は夕方になり、大人たちは主な部屋の掃除は終わった、これなら寝れるとシーンに報告に来た。
 シーンは約束通り、みんなを一堂に集めて会食を開きそれぞれの話を聞いて回った。

「農地に行く道が狭くて、クマやイノシシも出るので、仕事がしにくいです」
「なるほど。道の拡張をすればいいんだね」

「小川に渡す木の橋が古くなって一部欠けております。いつ崩落するか……」
「なるほど。橋だね」

「不満はありませんが、農具の性能が良ければもっといいのにと感じております」
「なるほど。鉄器じゃないなら、私から鉄器の農具を贈ろう」

 その他にも川を広げるとか、牛や家畜を贈るとか、学校や病院を作るなどの約束をしてしまった。領民たちはさすが英雄だと手を叩いて喜んだのだ。
 しかし、そんなに簡単にはできないだろう。僅か千戸しか領地を持たないグラムーン伯爵家には難しいこと。酒の席での話と思っていたものの、楽しい日で頼もしいご領主さまだと感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

いちゃつきを見せつけて楽しいですか?

四季
恋愛
それなりに大きな力を持つ王国に第一王女として生まれた私ーーリルリナ・グランシェには婚約者がいた。 だが、婚約者に寄ってくる女性がいて……。

悪役令嬢は高らかに笑う

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
婚約者に愛想を尽かされる為、これから私は悪役令嬢を演じます 『オーホッホッホッ!私はこの度、婚約者と彼に思いを寄せるヒロインの為に今から悪役令嬢を演じようと思います。どうかしら?この耳障りな笑い方・・・。きっと誰からも嫌われるでしょう?』 私には15歳の時に決まった素敵な婚約者がいる。必ずこの人と結婚して幸せになるのだと信じていた。彼には仲の良い素敵な幼馴染の女性がいたけれども、そんな事は私と彼に取っては何の関係も無いと思っていた。だけど、そんなある日の事。素敵な女性を目指す為、恋愛小説を読んでいた私は1冊の本に出合って気付いてしまった。何、これ・・・この小説の展開・・まるで今の自分の立ち位置にそっくりなんですけど?!私は2人に取って単なる邪魔者の存在なの?!だから私は決意した。小説通りに悪役令嬢を演じ、婚約者に嫌われて2人の恋を実らせてあげようと—。 ※「カクヨム」にも掲載しています

処理中です...