上 下
23 / 58

第23話 褒賞

しおりを挟む
 勇士シーンの名声は上がったが、シーンとエイミーの毎日はなにも変わらなかった。仕事が非番の日は丸一日ひっついて、広い庭園を隅から隅まで駆けて遊ぶ姿は子どもそのもの。
 先ほどまで中庭の池にいたと思ったら、西の果樹園のぶどうをつまんでいる。
 そうかと思ったら、北の庭園で虫取りをしている。目を離すと今度は自室で声を潜めて遊んでいた。

 それがシーンとエイミーなのであろうと、両親や家来たちは微笑ましく見ていた。

 そんなときに、国王よりの使者が来たが、二人は遊びに夢中で見つからず、父親のアルベルトが代理で迎えた。
 アルベルトは、使者を上座に、自分はその足元にひれ伏して口上を待った。

「この度のシーンの働き、まことに見事であったと、陛下はことの外お喜びである。そこで私を使者として遣わした」
「誠にもったいなきお言葉にございます」

「シーンには“勇士”の称号を与え、太陽金章の勲章を授与する。さらに黄金5箱。伯爵家に領地を加増するとのお言葉だ」
「む、息子が勇士でございますか?」

「そうだ。英雄称号の“勇士”が国から与えられたのは国家設立以来、25人目である。英雄称号“勇士”を持つものには金貨300枚が年金として毎年贈られる。誇らしいことだ」
「ま、誠にもって」

 金貨300枚と言えば小さな屋敷が建つほどである。莫大な恩賞のほかに年金まで贈られるのだ。

「加増の封地はサイル州の一部で、ここにその地図がある。今の千戸の領地が倍になると考えてよかろう」
「ば、倍でございますか。これはなんということでしょう」

「その驚きを陛下にお伝えすればきっと喜ぶことだろう」

 アルベルトは、驚いて床にひっついてしまうのではないかというくらいひれ伏していた。そこに庭からシーンの声が聞こえる。

「お父上ぇ~。お父上ぇ~」
「お義父様ぁ~、ご覧になってぇ~」

 いつもの子どもの遊び。アルベルトは少しばかり冷や汗をかいた。二人は国王からの使者が来ていることを気づいていない。このままいつものように泥だらけで庭の入口から入ってくるのではないだろうかと思ったが、それは当たった。

「お父上? ありゃ、お客さま?」
「どうもこんにちわぁ」

 顔中泥だらけの二人。今日は土いじりでもしていたのだろう。手も真っ黒だ。使者も驚いて目を丸くしていた。

「お父上とは……。女中の妾腹の子であるか?」

 と、使者はこれがシーンとは気付かない。アルベルトは顔を真っ赤にして返答した。

「……いえ。わたしめの一人息子にございます」

 恥ずかしそうに答えるも、シーンの方ではいつものように泥だらけの足で入ってくる。使者もようやくこれがシーンだと気付いて、大口を開けて眺めていた。

「いやぁ、畑を荒らす野ウサギを捕まえていたのですが、エイミーがなかなか上手でして。見てくださいませ、二人合わせて五羽もとれました」
「今晩の食卓に出しましょうよ。私がルーロに言って参りますから」

 泥だらけで、野ウサギを追いかけ回していたのだ。シーンもエイミーもそれはもう楽しそうに武勇伝を語るが、これがグラムーン家の日常。しかし今日は勝手が違う。
 なにしろ国王陛下からの使者だ。それも、目当てはこのシーン。アルベルトは何と言っていいか分からずにいた。

「シーン。こちらは国王陛下のご使者にあらせられるぞ?」

 前代未聞の震えた声。シーンはその緊張が分からなかった。

「おお。これはこれは陛下のご使者様。こんにちわ。シーンです」
「こんにちわ。私はエイミーです」

 まるで子ども。いや、子どもなのだが、せめて使者の前ではちゃんとして欲しいと思ったが、使者の方ではこれが豪放磊落の勇士シーンで、これが勇士が正妻と認めて欲しいと言ったエイミーかと興味深そうに見つめた。

「ようやく我が国の英雄に会えて嬉しい。よければトロル討伐の武勇伝を聞かせて頂きたいがいかがか?」
「ああ、あの計略はエイミーのものです。私はそれを実戦しただけなのですよ。な、エイミー」

「いやだわ。シーン様の武勇がなくては出来ないわよぅ」
「いやぁ、使者どの。美人で遠慮深い嫁なのです」

「な、なるほど。これは勇士が公衆の面前で正妻と自慢したいのも分かる。お二人はもう都じゅうの有名人ですからな」

 使者の言葉に二人は笑顔で答えた。アルベルトはこの無作法な二人が早く部屋に帰って着替えて来て欲しいと願ったがそうもいかない。

「シーン。ご使者は陛下のお言葉を伝えに参ったのだ。お前には英雄称号が与えられ、勲章や黄金の褒賞と領地の加増がある」

 これを聞いたらさすがに部屋に戻って、礼服に着替えるのではと思ったが、顔をぐにゃりと曲げて、喜んだかと思うと、腰に下げている野ウサギを一つ摑んで使者の前に突き出した。

「ご使者様。大任ご苦労さまにございます。これはシーンからのほんの志し。ご使者さまに献上致します!」
「パイにすると美味しいですよ」

 シーンとエイミーはさっき捉えたばかりの野ウサギを使者におすそ分けしたのだが、使者の方では貴族暮らしが長く死んだウサギを摑んだことなどなかった。だが英雄手ずから渡されたものを無碍にはできない。むしろ霊力が宿っているのではと思い、おどおどしながら大きな耳を摑んで受け取ったのだ。

「あ、ありがたい」
「ではご使者様。汚い場所ではありますがゆっくりしていって下さい。私とエイミーは厨房に行きますので」

 と、エイミーを伴って、入って来た方とは逆の屋敷の内部に向かうドアから出て行ってしまった。その足跡は点々と泥の形が残っているのであった。

「本当にお恥ずかしい。実は息子とその嫁はまだまだ子どもでして。病気もあったので甘やかし過ぎました。後で叱りつけなくては」
「いやぁ、威風堂々としていて、まさに英雄の風采ではありませんか。ウチの息子たちにも見せたいものです。頂いたウサギは帰って家族で頂くことに致しましょう。英雄の力が宿るかも知れません」

 アルベルトは恥じたものの、使者の方では逆に英雄であるからこういう行動なのだろうと良く受け取って、王宮に戻るとシーンとエイミーは傑物夫婦と人となりを誉めたので、名声はますます上がった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

アリア

桜庭かなめ
恋愛
 10年前、中学生だった氷室智也は遊園地で迷子になっていた朝比奈美来のことを助ける。自分を助けてくれた智也のことが好きになった美来は智也にプロポーズをする。しかし、智也は美来が結婚できる年齢になったらまた考えようと答えた。  それ以来、2人は会っていなかったが、10年経ったある春の日、結婚できる年齢である16歳となった美来が突然現れ、智也は再びプロポーズをされる。そのことをきっかけに智也は週末を中心に美来と一緒の時間を過ごしていく。しかし、会社の1年先輩である月村有紗も智也のことが好きであると告白する。  様々なことが降りかかる中、智也、美来、有紗の三角関係はどうなっていくのか。2度のプロポーズから始まるラブストーリーシリーズ。  ※完結しました!(2020.9.24)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う

石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。 けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。 それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。 本編4話、結婚式編10話です。

心の交差。

ゆーり。
ライト文芸
―――どうしてお前は・・・結黄賊でもないのに、そんなに俺の味方をするようになったんだろうな。 ―――お前が俺の味方をしてくれるって言うんなら・・・俺も、伊達の味方でいなくちゃいけなくなるじゃんよ。 ある一人の少女に恋心を抱いていた少年、結人は、少女を追いかけ立川の高校へと進学した。 ここから桃色の生活が始まることにドキドキしていた主人公だったが、高校生になった途端に様々な事件が結人の周りに襲いかかる。 恋のライバルとも言える一見普通の優しそうな少年が現れたり、中学時代に遊びで作ったカラーセクト“結黄賊”が悪い噂を流され最悪なことに巻き込まれたり、 大切なチームである仲間が内部でも外部でも抗争を起こし、仲間の心がバラバラになりチーム崩壊へと陥ったり―――― そこから生まれる裏切りや別れ、涙や絆を描く少年たちの熱い青春物語がここに始まる。

処理中です...