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第23話 褒賞

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 勇士シーンの名声は上がったが、シーンとエイミーの毎日はなにも変わらなかった。仕事が非番の日は丸一日ひっついて、広い庭園を隅から隅まで駆けて遊ぶ姿は子どもそのもの。
 先ほどまで中庭の池にいたと思ったら、西の果樹園のぶどうをつまんでいる。
 そうかと思ったら、北の庭園で虫取りをしている。目を離すと今度は自室で声を潜めて遊んでいた。

 それがシーンとエイミーなのであろうと、両親や家来たちは微笑ましく見ていた。

 そんなときに、国王よりの使者が来たが、二人は遊びに夢中で見つからず、父親のアルベルトが代理で迎えた。
 アルベルトは、使者を上座に、自分はその足元にひれ伏して口上を待った。

「この度のシーンの働き、まことに見事であったと、陛下はことの外お喜びである。そこで私を使者として遣わした」
「誠にもったいなきお言葉にございます」

「シーンには“勇士”の称号を与え、太陽金章の勲章を授与する。さらに黄金5箱。伯爵家に領地を加増するとのお言葉だ」
「む、息子が勇士でございますか?」

「そうだ。英雄称号の“勇士”が国から与えられたのは国家設立以来、25人目である。英雄称号“勇士”を持つものには金貨300枚が年金として毎年贈られる。誇らしいことだ」
「ま、誠にもって」

 金貨300枚と言えば小さな屋敷が建つほどである。莫大な恩賞のほかに年金まで贈られるのだ。

「加増の封地はサイル州の一部で、ここにその地図がある。今の千戸の領地が倍になると考えてよかろう」
「ば、倍でございますか。これはなんということでしょう」

「その驚きを陛下にお伝えすればきっと喜ぶことだろう」

 アルベルトは、驚いて床にひっついてしまうのではないかというくらいひれ伏していた。そこに庭からシーンの声が聞こえる。

「お父上ぇ~。お父上ぇ~」
「お義父様ぁ~、ご覧になってぇ~」

 いつもの子どもの遊び。アルベルトは少しばかり冷や汗をかいた。二人は国王からの使者が来ていることを気づいていない。このままいつものように泥だらけで庭の入口から入ってくるのではないだろうかと思ったが、それは当たった。

「お父上? ありゃ、お客さま?」
「どうもこんにちわぁ」

 顔中泥だらけの二人。今日は土いじりでもしていたのだろう。手も真っ黒だ。使者も驚いて目を丸くしていた。

「お父上とは……。女中の妾腹の子であるか?」

 と、使者はこれがシーンとは気付かない。アルベルトは顔を真っ赤にして返答した。

「……いえ。わたしめの一人息子にございます」

 恥ずかしそうに答えるも、シーンの方ではいつものように泥だらけの足で入ってくる。使者もようやくこれがシーンだと気付いて、大口を開けて眺めていた。

「いやぁ、畑を荒らす野ウサギを捕まえていたのですが、エイミーがなかなか上手でして。見てくださいませ、二人合わせて五羽もとれました」
「今晩の食卓に出しましょうよ。私がルーロに言って参りますから」

 泥だらけで、野ウサギを追いかけ回していたのだ。シーンもエイミーもそれはもう楽しそうに武勇伝を語るが、これがグラムーン家の日常。しかし今日は勝手が違う。
 なにしろ国王陛下からの使者だ。それも、目当てはこのシーン。アルベルトは何と言っていいか分からずにいた。

「シーン。こちらは国王陛下のご使者にあらせられるぞ?」

 前代未聞の震えた声。シーンはその緊張が分からなかった。

「おお。これはこれは陛下のご使者様。こんにちわ。シーンです」
「こんにちわ。私はエイミーです」

 まるで子ども。いや、子どもなのだが、せめて使者の前ではちゃんとして欲しいと思ったが、使者の方ではこれが豪放磊落の勇士シーンで、これが勇士が正妻と認めて欲しいと言ったエイミーかと興味深そうに見つめた。

「ようやく我が国の英雄に会えて嬉しい。よければトロル討伐の武勇伝を聞かせて頂きたいがいかがか?」
「ああ、あの計略はエイミーのものです。私はそれを実戦しただけなのですよ。な、エイミー」

「いやだわ。シーン様の武勇がなくては出来ないわよぅ」
「いやぁ、使者どの。美人で遠慮深い嫁なのです」

「な、なるほど。これは勇士が公衆の面前で正妻と自慢したいのも分かる。お二人はもう都じゅうの有名人ですからな」

 使者の言葉に二人は笑顔で答えた。アルベルトはこの無作法な二人が早く部屋に帰って着替えて来て欲しいと願ったがそうもいかない。

「シーン。ご使者は陛下のお言葉を伝えに参ったのだ。お前には英雄称号が与えられ、勲章や黄金の褒賞と領地の加増がある」

 これを聞いたらさすがに部屋に戻って、礼服に着替えるのではと思ったが、顔をぐにゃりと曲げて、喜んだかと思うと、腰に下げている野ウサギを一つ摑んで使者の前に突き出した。

「ご使者様。大任ご苦労さまにございます。これはシーンからのほんの志し。ご使者さまに献上致します!」
「パイにすると美味しいですよ」

 シーンとエイミーはさっき捉えたばかりの野ウサギを使者におすそ分けしたのだが、使者の方では貴族暮らしが長く死んだウサギを摑んだことなどなかった。だが英雄手ずから渡されたものを無碍にはできない。むしろ霊力が宿っているのではと思い、おどおどしながら大きな耳を摑んで受け取ったのだ。

「あ、ありがたい」
「ではご使者様。汚い場所ではありますがゆっくりしていって下さい。私とエイミーは厨房に行きますので」

 と、エイミーを伴って、入って来た方とは逆の屋敷の内部に向かうドアから出て行ってしまった。その足跡は点々と泥の形が残っているのであった。

「本当にお恥ずかしい。実は息子とその嫁はまだまだ子どもでして。病気もあったので甘やかし過ぎました。後で叱りつけなくては」
「いやぁ、威風堂々としていて、まさに英雄の風采ではありませんか。ウチの息子たちにも見せたいものです。頂いたウサギは帰って家族で頂くことに致しましょう。英雄の力が宿るかも知れません」

 アルベルトは恥じたものの、使者の方では逆に英雄であるからこういう行動なのだろうと良く受け取って、王宮に戻るとシーンとエイミーは傑物夫婦と人となりを誉めたので、名声はますます上がった。
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