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第17話 威圧

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 サンドラは憤慨した。自分が下だと思っていたいじめられっ子のシーンにいいようにあしらわれた。
 そしてそれに惚れてしまった自分。

「ふ、ふん! シーンがなによ!」

 腹立ち紛れにこの国の宰相である父親の部屋に行き泣きついたのだった。

「お父様! お父様ァ~!」
「さ、サンドラ。どうしたんだい?」

 サンドラは椅子に座っている父ムガルの膝に顔を埋めて大泣きだった。

「どうしたサンドラ。今日はグラムーン伯爵のお付きの者に顔合わせにいったのではなかったのかい?」
「そうなんですけど。ヒドイんです」

「なにがだい?」

 サンドラはグラムーン家の嫡子シーンは大公爵である我が家を舐めている。私を騙したとすがったのだ。父親であるムガル宰相も一人娘可愛さにことのほか立腹した。

「ならばすぐに陛下に申し上げて、逮捕させる手筈をとろう。なぁにサンドラ。心配いらん」
「ああ父上、ありがとうございます」

 悔し涙に濡れたサンドラは父の部屋から出た。そして廊下を歩いて自室に帰る際にシーンが牢獄で苦しむ様を思い浮かべて微笑んだ。可愛さ余って憎さ百倍というやつだ。

「ふふん。いい気味だわ」

 溜飲が下がったところで思い出す。シーンの凛々しい顔を。助けられた過去を。それに惚れてしまった。完全なる男ぶり。無言で去ってゆく英雄ぶり。もはや惚れた心は完全に癒着しており、消し去ろうなど出来ようもなかった。
 そして何より、あの老婆の占い。シーンへの占いはまさしく自分の姿を予言していたではないか。あの占いでは彼と結婚しないと不幸せになると予言していたではないか。

 その占いの相手であろうシーンが自分の思い一つで牢獄に入れられてしまう。
 サンドラは急いで父親のいる部屋に戻り、ドア叩いた。

「誰かね?」
「あのぅお父様。私です。サンドラです」

「ああサンドラかね。入りたまえ」

 部屋に入ったはいいが、先ほどいった手前もあるし、どう話したかいいか分からずドアに寄りかかる。

「ん? どうしたサンドラ」
「あの~。お父様」

「うむ」
「あの、思ったの。シーンは昔からグズでウスノロなのよ」

「なるほど。昔グラムーン卿が拙宅に来た時に連れてきたあの子であろう。いろいろ遅れている子ではなあったな。そんなのに邪険に扱われたのではガマンできんだろうな」
「いえ、あの~。そんなシーンだから大公爵令嬢に対する礼義ができなくても仕方ないかなと思ったのです」

「ふむ。さすがサンドラ。心はまるで天使のようだな」
「ええ。ですから、生涯をもってあのシーンに教育せねばなるまいなぁと思ったのです」

 ムガル宰相はしばらくポカンと口を開けたまま。しかし娘の遠回しなアプローチにようやく気づいた。

「ん? な、なるほど。つまりサンドラはシーンの元に行きたいと?」
「ええ、あの、それは好きとか嫌いとかではなく、その。シーンというか、グラムーン家へボランティアしたいというか。その。大公爵の威光を知らしめると言いますか、あの。その」

 サンドラは奥歯にものがささったようにいうが、ムガル宰相もサンドラの気持ちが分かった。あの傲慢な娘が恋をした少女になってしまったと。
 グラムーン伯爵家に嫁がせるなど簡単だ。少しばかり揺さぶってしまえばいい。
 しかし、息子にどういう教育をしているのか。父親であるアルベルトに大公爵の威光を思い知らさなくてはなるまいとムガル宰相は思った。





 数日経ってアルベルトは宰相の屋敷に招かれた。案内のものに連れられて宰相の部屋に行くと、宰相はにこやかにアルベルトに声をかけた。アルベルトも、シーンとサンドラ嬢のことで怒りで呼ばれたのではないかと思っていたので、宰相の様子にホッとした。

「おお。グラムーン卿か。そこに座りたまえ」
「は、はい。座れと申されましても……」

 実はその部屋の中にはムガル宰相が座る椅子しかなかったのだ。しかも宰相は床に敷かれた小さな敷物を指差している。
 これは自分に床に座れという意味だと悟り顔を青くした。やはりシーンとサンドラ嬢のことだと思い冷や汗をかいたのだ。
 これでは奴隷や罪人ではないか。アルベルトは心の中で憤慨したものの、怒れば家族や領民に被害が及ぶことを考え、仕方なく敷物に座るとムガル宰相の叱責が始まった。

「キミと我が公爵家は縁続きということは知っているかな?」
「は、はい。私の曾祖母が公爵家から出たと聞いております」

「うむ。当時の先祖はグラムーン家に多大なる尽力をしたと我が家のこの記録に書いてある。ここだ。銀2000両。麦10000袋」
「は、はい」

 ムガル宰相は、古い記録を持ち出してグラムーン家に祖母が嫁いでいったときの持参金の読み上げをした。

「諺にもあるなグラムーン卿。かけた恩は忘れよ。かけられた恩は返せと」
「は、はい」

「しかるにキミはどうだろう。娘が好いている人は自分の息子とは言わなかったようだな。大恩ある大公爵家を欺くとは卑怯者だ。キミの父はそのように指導しておったのか?」
「い、いえまさか」

「グラムーン卿。文官と武官。どちらが重責だろう。どちらが官位が上だろう」
「そ、それは文官です」

「そうか。ワシは歳で忘れてしまった。城塞の司令官はどちらだったか? 宰相はどちらだったか教えてはくれまいか?」
「それは……、宰相が文官で、司令官は武官です」

「おおそうだった、そうだった。では公爵と伯爵、どちらが爵位が上だったかな?」
「あのぅ……。公爵でございます」

「はっはっは。我が公爵家の領有する土地は2州である。内訳は38郡。18万戸であり、一国ほどの経済力があるな。ところでキミの領土はどうだったかな?」
「そ、それは、バイバル州の中のグラムーン郡が一つでおよそ千戸です」

 ムガル宰相は、大笑したあとにアルベルトを睨みつけた。

「グラムーン卿。それほどワシとキミには差があるのだ。陛下に申し上げればキミの家など簡単にとり潰せる。キミの息子など一番北にある監獄の門番にすることだってできる。それよりも囚人のほうがよいか? よく考えたまえ。ワシが娘を嫁にさせてやるといったら、キミの返事は“はい”しかないのだ。分かったか? 調子に乗るな。息子にもちゃんと指導しておけ!」

 と、愚にもおよびつかない長話を延々とされ、精神的に参ってしまうほどだった。
 厭味や嫌がらせを言った上で要はサンドラを嫁にすることをよく考えろという話で、朝から夜までかかった話はようやく終わった。
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