上 下
3 / 58

第3話 泥棒

しおりを挟む
 シーンは16歳にも関わらず、中身は子どもだ。池の中を覗き魚がいるのを眺めて、袖をまくって水の中に手を突っ込むのが好きだ。
 いつもお召し物には土や草がついている。アルベルトもジュノンも、そんなシーンを咎めるようなことはしなかった。むしろ遊んでいる我が子の姿が好きだったのだ。
 エイミーが来て、シーンの笑顔はますます増えた。シーンの遊びにエイミーは付き合ってくれる。一緒に浅い池に入って赤い色の小魚を追いかける姿は微笑ましいものだった。

 二人は夕方になるまでそんなふうにして遊んでいた。食事は両親に招かれて、四人で大きなテーブルでとる。今まで三人でとっていた食事がエイミーが加わったことでますます明るくなったのだ。
 アルベルトはエイミーに女の子の小間使いをつけてやった。
 別邸で湯浴みをしたり、着替えをするための住み込みの手伝いだ。名前をベスといった。

 明くる朝、その小間使いのベスが別邸からお屋敷の方に駆けてきた。余りにも慌てているので、アルベルトのほうでもただごとではないと思った。

「どうしたベス。エイミーになにかあったか?」
「あ、あ、あ、あの、旦那さま、ど、ど、ど、泥棒でございます」

 息を切らし、床に跪いて言葉にするのがやっとという感じだったが、この伯爵家に泥棒とは穏やかではない。
 エイミーに何かあっては彼女の父親であるパイソーン伯爵に顔向けが出来ない。

「それで、泥棒はどうした!?」
「あ、あ、あ、あの、それが」

「ハッキリしたまえ! エイミーは無事なのか!?」
「無事でございます」

 アルベルトはホッとため息をつく。ベスと護衛を何人か連れてエイミーの住まう別邸にやってくると、エイミーは鏡台の前に座り、自分で長い銀髪を結っていた。

「エイミー!」

 アルベルトは何事もなかったような顔をしているエイミーへと叫ぶ。しかしそれでもエイミーは普段通りの対応だった。

「あ、おはようございます。グラムーン司令」
「挨拶などよい。ベスは泥棒が入ったと言っていたぞ」

「はい。そこの柱にくくりつけてございます」
「なんと?」

 アルベルトが柱を見ると、すばしっこそうな小男だ。非力そうではあるが、女子にそれを捕らえるなんて至難の業であろう。
 アルベルトは不思議に思った。だが泥棒を然るべき場所に突きだして懲役させなくてはいけないと、衛兵に捕縛させた。

 アルベルトが泥棒をしょっ引くと、彼は大変に悔しそうに恨み言を言った。

「くそう。女の子だけだと思って油断した。あんな不思議な術を使うなんて」
「術だって?」

「そうさ。女主人が小袋を取り出すと中から縄が生き物のように飛び出して、あっという間にこのざまだ。くそう」
「ほう。エイミーが」

 またしてもエイミーの小袋。パイソーン家にはそんな不思議な道具があるのかと思った。なるほど、そう言う道具で北の都を守護しているのだと納得したが、アルベルトは特にそれを調べようとはしなかった。

 そんな緊迫した出来事があったのに、エイミーは何でもない顔でシーンといつものように遊んでいた。

「あ、シーンさま、ウサギだわ」
「うお、うお、うお」

「二人で捕まえましょうよ」
「うおー!」

 そんな遊びに興じている。しかし、その遊びでは捕らえる縄は使わなかったようである。
 二人はウサギを捕らえることは出来なかったが、さっさと次の遊びを見つけて、庭園の中を駆けずり回っていたのだ。

 そして二人はそっと庭園の物陰へ──。

「シーンさま」
「うお」

「私を抱いてください」
「うお」

 シーンはエイミーに寄り添って強くその体を抱く。

「ずっとこのままならいいのに」
「うお」

「シーンさま。袋が必要ならいつでも言って下さいね」
「うお」

 エイミーの手には小さな小袋が握られている。しかしそのへこんだ具合から見ると、中身は空のようであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

愛する人は幼馴染に奪われました

杉本凪咲
恋愛
愛する人からの突然の婚約破棄。 彼の隣では、私の幼馴染が嬉しそうに笑っていた。 絶望に染まる私だが、あることを思い出し婚約破棄を了承する。

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

推しのお兄さんにめちゃくちゃ執着されてたみたい

木村
恋愛
高校生の頃の推しだったお兄さんと、五年後に東京で再会する。言葉巧みにラブホテルに連れ込まれ、気が付いたら――? 優しい大人だと思っていた初恋の人が、手段選ばずやってくる話。じわじわ来る怖さと、でろでろの甘さをお楽しみください。 登場人物 雪平 優(ゆきひら ゆう)  ヒロイン  23歳 新社会人  女子高生の時にバイト先の喫茶店の常連男性を勝手に推していた。女子高生所以の暴走で盗撮やら録音やら勝手にしていたのだが、白樺にバレ、素直に謝罪。そこから公認となり、白樺と交流を深めていた。 白樺 寿人(しらかば ひさと)  ヒーロー  32歳 謎の仕事をしているハンサム。  通行人が振り返る程に美しく、オーラがある。高校生の雪平に迷惑な推され方をしたにも関わらず謝罪を受け入れた『優しい大人』。いつも着物を着ている。 

処理中です...