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第55話 怪老爺 百木魚心(かいろうや もものきぎょしん)

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小屋の前には大きな側溝があった。
1メートル半はある側溝で、水が流れている。
その上には足の幅もないほどの木の棒が一本置いてあるだけ。

爺さんは、その木の棒の上をちょんちょんと渡って向こう岸に行ってしまい、こちらに振り返った。

「どうした早う来い」
「え? ここをですか?」

「当り前じゃ。向こうには郵便局員とか水道局員とかが渡れる普通の橋があるが、お前も寅道の弟子ならこのくらい渡れるじゃろ」
「え? は、はい」

手にブリキの缶を抱え、木の棒の上に足を乗せる。
グラリと揺れる。固定されていない。ただ置いてあるだけだ。
よくこんなものの上を爺さんは渡れたもんだ。

力足を踏んだら折れてしまうかもしれない。
バランスを崩したらこの棒の下から真っ逆さまだ。

爺さん、恐ろしいほどの体幹だ!

緊張して、体を斜めにして、少しずつ渡った。
少しでも間違えたら木の棒は回転してしまう。
嫌な汗が流れる。7.5キロメートルを走るのは楽だったが、こんな罰ゲームが待っていたなんて。

残り50センチのところでオレは大きくジャンプして向こう岸にたどり着いた。
地面に四肢をついて肩で息をするさまを爺さんは笑いながら見ていた。

「ホッホッホ。それ。家に入れ」
「は、はい」

家に入ると小さな土間と小さなお茶の間。その奥に扉があるが寝室かも知れない。
爺さんは、ちゃぶ台にお茶を置いてくれた。
緊張していた体は水分を欲していた。

「あ、ありがとうございます」
「どうだ。寅道は元気か?」

「ええ。元気です」
「そうか。寅道も君と一緒に走っておったようだが、結構結構。どうだ寅道の教えは厳しいか?」

「いえ、それが」
「どうした」

「破門になってしまいまして」
「ほう」

オレはワケを話した。自分の情けなさ。
破門になっても仕方のない行状を。

「そうか。しかし、空手は続けたいのか?」
「はい……。出来れば良い先生を探して……」

「そうか。君はラッキーボーイじゃの」
「え?」

「その良い先生は目の前におるぞ。儂の名は百木もものき魚心ぎょしん。寅道の空手の師じゃ!」
「ええーー!!」

何ていう都合のいい設定。
でも、この爺さんが空手家?
にわかには信じられなかった。

「その扉を開けて見よ」
「は、はい」

茶の間にある扉をあけるとそこには畳が12畳ほど敷かれた小さな道場だった。

「え? これが道場っすか?」
「そう。兼寝室じゃ。寅道の修行は優しかったのぉ~。儂の修行は厳しいぞ?」

「師匠! 私に空手を教えてください」
「ちょっと待て」

「え?」
「寅道を師匠と呼んどるんじゃろ?」

「ええ。そうですけど」
「なら、儂のことは大師匠と呼びなさい」

「そっすか……」
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