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第3話 これぞ君主
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放課後。ライラに苦言をしようと彼女を待っていると、彼女はルミナスを従えて現れた。彼女は私に気付くと嬉しそうにこちらに近づく。
「ああん。ジン。待っててくれたの? ゴメンネ。このグズがモタモタしてるものだから」
それはきっと──。ルミナスのせいではない。
ルミナスはライラに合わせているはずだ。それを全てルミナスのせいにして罰や罵声を与える。そんなのが将来の王妃ではいけない。
「うん。ライラ。少し君と話がしたい」
途端、彼女の顔が赤くなる。
「え? どんな話かしら。だめよぉ。私にはリックがいるのに」
どんな想像だよ。それに私は君と同じ性別なのだぞ?
そうやっていると可愛らしいが、身分が低いものを踏みつける性格はどうにかせねばなるまい。
「ルミナス。ジンが私と話したいそうよ。馬車に陪乗してもらうわ。くれぐれも無礼がないように運転なさい」
「は、はい。お嬢様」
ルミナスは馬車の階段へ台座を用意し、ライラと私を乗車席へと乗せる。そして自分は運転席へと急ぐ。他の従者たち二人は後部のステップに足を乗せて落ちないように手すりにつかまった。
馬車が発車される。ライラは満面の笑みを浮かべながら私の方を向いた。
「それで? ジンはどんな話なのかしら?」
これは恋をした女の目。
あのなぁ。王子の婚約者がそんな目をしてどうする。それに私は武官の女。恋をする対象ではない。
それに今日は彼女。私の親友に苦言を呈すためにここにいるのだ。
「おそれながらランドン公爵ご令嬢」
「好きです?」
「違う」
「愛してる?」
「バカを言うなよ」
「ま。ヒドいわ」
ライラは口を尖らせる。その瞬間、馬車は大きく揺れた。
「ま。道が悪いわね。この辺の民衆はなにをしているのかしら。未来の王妃に怪我があったらどうするつもりなのかしら?」
私は呆れてしまった。あまりにもヒドいものいい。
ライラは昔はこんな人間ではなかった。ランドン家の教育のせいなのか?
なぜこんなに下々をバカにするのか。
そう思っていると、馬車を大きく傾く。そして完全にストップしてしまった。
ライラはますます美しい眉を吊り上げる。
「ルミナス!」
「は、はい。お嬢様」
「あなた、どういう運転をしているの? ここにはジンも乗っているのよ?」
「ええ、しかしお嬢様。道に穴があいておりまして、車輪が完全にはまってしまいました」
「は、はぁ?」
「ご、ご安心を。すぐさま従者が車輪を持ち上げます」
すでに後部にいた従者たちは車輪にかけよって、車輪に布やら土嚢などを噛み合わせていた。
ルミナスは二人の合図に頷いて馬に鞭を入れる。
すると馬車は大きく揺れたがもう一度穴の中に。
その途端、馬車の上部から何かが落ちた。それはおそらくスペアの鞭。ライラはそれを握っていやらしく笑った。
「ねぇジン。ふふ。ルミナスったら脱出に失敗したわよね」
「え? う、うん。ああ。しかし、仕方あるまい。これは天災と同じだ。急な雨、地震。それとなんら変わらない。ルミナスに責任はない」
「ふふふ。これでルミナスの尻を叩いたら、さすがに絶叫するかしら?」
そういって馬用の鞭を私の目の前でチラつかせる。
ダメだ。ライラは異常だ。人の痛みなどなんとも思っていない。
ルミナスが使用人で主人に逆らえないことをいいことに、鞭まで握って喜ぶなどあってはいけないことだ。
私は注意しようとすると馬車の車輪が上がり、馬車は普通の道に戻った。
すぐさま従者たちは後部に戻る。それを感じたルミナスは馬車を走らせた。
「あら、上がったみたいね。まぁ後でルミナスには罰を与えないと」
そういいながらライラは手に持った鞭を空いている手のひらに音を立てて打つ。
私はすでにガマンの限界だった。
「あのなぁ、ライラ」
「あら、ジン、見なさいよ。昨日の雨で川が増水しているわ」
それがなんだというのだと私も馬車の中から川を見る。
たしかに川が大きく増水し、流れが速い。
「まったく。民衆というものは愚かだわ。こんな増水している場所の近くでも平気で住むんだもの。笑っちゃうわよね。ジン」
ライラの言葉。だがそこであるものを見つけた。
時を同じくしてライラも叫ぶ。
「きゃぁ! 人が流されているわ!」
そう。そこには小さい男の子が流されているのが一瞬だけ見えた。そしてさらに川の中に沈む。
私の胸が大きく波打つ。助けなくては! 後部席にロープなどあるかもしれない!
ルミナスにいって馬車を止めてもらわなくては。
「ルミナス! ダメよ! 助けて上げて!」
「はい! お嬢様!」
「ああ、ダメだ!」
私の言葉の方が遅かった。ルミナスはライラに言われるまま馬車を止めると、すぐさま川の中に飛び込んでしまった。
私もすぐさま、後部席へ急ぐ。従者の手助けもあり、長めのロープが見つかった。
それを近くの木にくくり付ける。
しかし、ルミナスと子どもの姿が見えない。急流過ぎる。
ライラは川のそばでルミナスの名前を何度も呼んでいた。
「ルミナス! ルミナーース!」
私もどうにかしなくてはならない。自分の身にロープを巻き、川に飛ぶ込む準備をした。
「お嬢様!」
後ろからライラの従者の声が響く。彼の指差した方には川岸の草に捕まったルミナスの姿。手には立派に男児が抱かれている。
私は感動してそこにロープを流した。ルミナスはそれをつかむ。私とライラの従者たちはそれを力一杯引いた。
ルミナスは二人の従者に川から上げられ、男児も九死に一生を得た。
「ありがとう。お兄ちゃん!」
ルミナスは体力の限界からか、小さく手を上げて振るだけ。
ライラもそこへかけよって、鞭を握る手でルミナスの胸を大きく叩いた。だがそれは鞭を打つわけではない。泣きながら、両手で彼の胸を何度も叩いたのだ。それは無事を喜ぶものであったであろう。
私は小さく微笑んだ。
これが本当のライラなのだ。
たった一人の民衆を助け、何も言わずにルミナスの胸を叩く。
ルミナスはそれを受けてライラの背中に手を伸ばした。
だがライラはその手を叩く。
「さぁ。もう人命救助ごっこはお終い。ルミナスにもう運転は無理だわ。エディ。あなたが運転なさい。ルミナスはこの辺の宿場で休むといいわ。さぁジン。行きましょう」
そう態度を変えると、別の従者に御者を命じ、ルミナスをそのままに、馬車を走らせた。
そしてつまらなそうに窓の外を見ていた。
私も今の一幕で彼女に苦言をすることが完全に飛んでしまった。
私の屋敷が近づくとライラは窓の外を見ながらつぶやいた。
「ジン──」
「お、おう」
「どうせ、今日言いたかったことって人に優しくしろとかっていうことでしょ? 分かってるわよ。でもね。民衆には多少恐怖も必要よ。お人好し王国では国は滅んでしまうわ。だからもう少しこのままで。ああ、あの川だって河口側の治水が悪いのかも知れないわね。そこも直さないといけないとリックに言わないとね」
そう言い終わる頃には私の屋敷の入り口へと車が停車されていた。
ライラはようやくこちらへと首を向けた。
「ジン。それではごきげんよう」
「あ、ああ。ライラもお達者で──」
私が下りると馬車は走り出す。しかし、ライラの態度の完全にやられた。
ひょっとしたらあれは本物の君主なのかも知れない。
私は馬車の後ろをしばらく眺めていた。
「ああん。ジン。待っててくれたの? ゴメンネ。このグズがモタモタしてるものだから」
それはきっと──。ルミナスのせいではない。
ルミナスはライラに合わせているはずだ。それを全てルミナスのせいにして罰や罵声を与える。そんなのが将来の王妃ではいけない。
「うん。ライラ。少し君と話がしたい」
途端、彼女の顔が赤くなる。
「え? どんな話かしら。だめよぉ。私にはリックがいるのに」
どんな想像だよ。それに私は君と同じ性別なのだぞ?
そうやっていると可愛らしいが、身分が低いものを踏みつける性格はどうにかせねばなるまい。
「ルミナス。ジンが私と話したいそうよ。馬車に陪乗してもらうわ。くれぐれも無礼がないように運転なさい」
「は、はい。お嬢様」
ルミナスは馬車の階段へ台座を用意し、ライラと私を乗車席へと乗せる。そして自分は運転席へと急ぐ。他の従者たち二人は後部のステップに足を乗せて落ちないように手すりにつかまった。
馬車が発車される。ライラは満面の笑みを浮かべながら私の方を向いた。
「それで? ジンはどんな話なのかしら?」
これは恋をした女の目。
あのなぁ。王子の婚約者がそんな目をしてどうする。それに私は武官の女。恋をする対象ではない。
それに今日は彼女。私の親友に苦言を呈すためにここにいるのだ。
「おそれながらランドン公爵ご令嬢」
「好きです?」
「違う」
「愛してる?」
「バカを言うなよ」
「ま。ヒドいわ」
ライラは口を尖らせる。その瞬間、馬車は大きく揺れた。
「ま。道が悪いわね。この辺の民衆はなにをしているのかしら。未来の王妃に怪我があったらどうするつもりなのかしら?」
私は呆れてしまった。あまりにもヒドいものいい。
ライラは昔はこんな人間ではなかった。ランドン家の教育のせいなのか?
なぜこんなに下々をバカにするのか。
そう思っていると、馬車を大きく傾く。そして完全にストップしてしまった。
ライラはますます美しい眉を吊り上げる。
「ルミナス!」
「は、はい。お嬢様」
「あなた、どういう運転をしているの? ここにはジンも乗っているのよ?」
「ええ、しかしお嬢様。道に穴があいておりまして、車輪が完全にはまってしまいました」
「は、はぁ?」
「ご、ご安心を。すぐさま従者が車輪を持ち上げます」
すでに後部にいた従者たちは車輪にかけよって、車輪に布やら土嚢などを噛み合わせていた。
ルミナスは二人の合図に頷いて馬に鞭を入れる。
すると馬車は大きく揺れたがもう一度穴の中に。
その途端、馬車の上部から何かが落ちた。それはおそらくスペアの鞭。ライラはそれを握っていやらしく笑った。
「ねぇジン。ふふ。ルミナスったら脱出に失敗したわよね」
「え? う、うん。ああ。しかし、仕方あるまい。これは天災と同じだ。急な雨、地震。それとなんら変わらない。ルミナスに責任はない」
「ふふふ。これでルミナスの尻を叩いたら、さすがに絶叫するかしら?」
そういって馬用の鞭を私の目の前でチラつかせる。
ダメだ。ライラは異常だ。人の痛みなどなんとも思っていない。
ルミナスが使用人で主人に逆らえないことをいいことに、鞭まで握って喜ぶなどあってはいけないことだ。
私は注意しようとすると馬車の車輪が上がり、馬車は普通の道に戻った。
すぐさま従者たちは後部に戻る。それを感じたルミナスは馬車を走らせた。
「あら、上がったみたいね。まぁ後でルミナスには罰を与えないと」
そういいながらライラは手に持った鞭を空いている手のひらに音を立てて打つ。
私はすでにガマンの限界だった。
「あのなぁ、ライラ」
「あら、ジン、見なさいよ。昨日の雨で川が増水しているわ」
それがなんだというのだと私も馬車の中から川を見る。
たしかに川が大きく増水し、流れが速い。
「まったく。民衆というものは愚かだわ。こんな増水している場所の近くでも平気で住むんだもの。笑っちゃうわよね。ジン」
ライラの言葉。だがそこであるものを見つけた。
時を同じくしてライラも叫ぶ。
「きゃぁ! 人が流されているわ!」
そう。そこには小さい男の子が流されているのが一瞬だけ見えた。そしてさらに川の中に沈む。
私の胸が大きく波打つ。助けなくては! 後部席にロープなどあるかもしれない!
ルミナスにいって馬車を止めてもらわなくては。
「ルミナス! ダメよ! 助けて上げて!」
「はい! お嬢様!」
「ああ、ダメだ!」
私の言葉の方が遅かった。ルミナスはライラに言われるまま馬車を止めると、すぐさま川の中に飛び込んでしまった。
私もすぐさま、後部席へ急ぐ。従者の手助けもあり、長めのロープが見つかった。
それを近くの木にくくり付ける。
しかし、ルミナスと子どもの姿が見えない。急流過ぎる。
ライラは川のそばでルミナスの名前を何度も呼んでいた。
「ルミナス! ルミナーース!」
私もどうにかしなくてはならない。自分の身にロープを巻き、川に飛ぶ込む準備をした。
「お嬢様!」
後ろからライラの従者の声が響く。彼の指差した方には川岸の草に捕まったルミナスの姿。手には立派に男児が抱かれている。
私は感動してそこにロープを流した。ルミナスはそれをつかむ。私とライラの従者たちはそれを力一杯引いた。
ルミナスは二人の従者に川から上げられ、男児も九死に一生を得た。
「ありがとう。お兄ちゃん!」
ルミナスは体力の限界からか、小さく手を上げて振るだけ。
ライラもそこへかけよって、鞭を握る手でルミナスの胸を大きく叩いた。だがそれは鞭を打つわけではない。泣きながら、両手で彼の胸を何度も叩いたのだ。それは無事を喜ぶものであったであろう。
私は小さく微笑んだ。
これが本当のライラなのだ。
たった一人の民衆を助け、何も言わずにルミナスの胸を叩く。
ルミナスはそれを受けてライラの背中に手を伸ばした。
だがライラはその手を叩く。
「さぁ。もう人命救助ごっこはお終い。ルミナスにもう運転は無理だわ。エディ。あなたが運転なさい。ルミナスはこの辺の宿場で休むといいわ。さぁジン。行きましょう」
そう態度を変えると、別の従者に御者を命じ、ルミナスをそのままに、馬車を走らせた。
そしてつまらなそうに窓の外を見ていた。
私も今の一幕で彼女に苦言をすることが完全に飛んでしまった。
私の屋敷が近づくとライラは窓の外を見ながらつぶやいた。
「ジン──」
「お、おう」
「どうせ、今日言いたかったことって人に優しくしろとかっていうことでしょ? 分かってるわよ。でもね。民衆には多少恐怖も必要よ。お人好し王国では国は滅んでしまうわ。だからもう少しこのままで。ああ、あの川だって河口側の治水が悪いのかも知れないわね。そこも直さないといけないとリックに言わないとね」
そう言い終わる頃には私の屋敷の入り口へと車が停車されていた。
ライラはようやくこちらへと首を向けた。
「ジン。それではごきげんよう」
「あ、ああ。ライラもお達者で──」
私が下りると馬車は走り出す。しかし、ライラの態度の完全にやられた。
ひょっとしたらあれは本物の君主なのかも知れない。
私は馬車の後ろをしばらく眺めていた。
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