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第40話 シェルター
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オレは、会社から二駅離れたアパートの前に立っていた。
横には柿沢。
彼女のアパートに連れて来られたのだ。
「あの。先輩、6階が私の部屋です」
「そっか……」
小さいエレベーターで彼女の部屋へ向かう。
始めて入る女性の部屋。
可愛らしい匂いに感動する。
片付いた部屋。
ほとんどオレの部屋の作りと同じだ。
キッチンと廊下が一体型。
リビングと寝室が分けられていた。
「ほーへーふーん」
「さっきまで余裕なかった人が急に張り切りだした感じ」
「悪いな。誰かに甘えたかったんだ」
胸にすがりつく柿沢。
オレはそれを抱きしめる。
「四年ですよ先輩」
「そうか」
「私たちが出会ってから」
「そうかもな」
「私、先輩のこと──」
彼女の言葉が止まる。
プライドだろうか? 照れだろうか?
柿沢の性格からするとおそらく前者。
自尊心が次の言葉を言わせないのだろう。
しかし、彼女はゆっくりと口を開いた。
「──好き、でした」
「ありがとう」
彼女は甘えて胸から顔を上げて口を出す。
オレはそこに合わせてやった。
麗より少し低い身長。小さな胸。
麗より年上なのに幼く感じる。
柿沢と初めてのキス。
不慣れなのか最初に大きく反応し、小刻みに体を震わせていた。
唇を放すと、笑顔になる。
印象的な笑顔。正直可愛いと思った。
「あの、先輩。なにか作りますね」
「ホント? すげぇ嬉しい」
「先輩の今までの彼女たちに負けたくないです」
「それなら優勝」
「え?」
「誰も料理作ってくれなかったもん」
「マジですか。えー。頑張ります!」
あ。おにぎり──。
麗の丁寧な三角おにぎりを思い出す。
少量の塩。シーチキンとマヨネーズ。
世界一の味。思い出の味。
でも首を振る。
よく考えたら簡単な料理じゃないか。
料理なんて言えないかも知れない。
柿沢の背中を見つめる。
彼女はキッチンに入り包丁の音を立て始めた。
憧れていたこの音。
麗との同棲生活にはなかった音。
鍋の煮立つ音。フライパンの油を焼く音。炒める音。
生活の音だ。
「へー。誰も作ってくれなかったんだ。そうなんだー。そっかー」
「そうそう。お腹すいちゃったなぁ~」
「はーい。少し待ってねー」
とても嬉しい。ウキウキ、ワクワクする。
遠回りしたけど、ようやく麗を忘れる部屋に来たのかも知れないと微笑みながら柿沢を見つめていた。
やがて生姜焼きと野菜のソテー。豆腐とワカメの味噌汁が目の前に置かれていく。
「マジかよ。すげぇ!」
「そんな。普通ですよ。普通。普通」
「いやぁ、仕事の実力もあるし、料理も出来るなんて最高だよ」
麗は仕事をしなかった。掃除と洗濯をしたら眠る場所を探すだけ。オレの帰りを待つだけ。俺を迎えるだけ。
「タイちゃんコンビニいくにゃん」
「一人の時間の時に行ってくればいいのに」
「だって一緒にいたいんだもん」
思い出して、箸が止まっていた。
そして顔は緩んでいる。
「先輩、感動し過ぎですよ~」
その言葉に今に引き戻される。
危ない。また思い出していた。
最近は茶褐色の男の肌を思い出すのも少なくなっていたが、麗を思い出すとオマケによみがえってくる。
そいつらが想像の麗を犯しはじめる。目をつぶって首を振った。
「どうしました?」
「ごめん。嫌なこと思い出していた」
「前の彼女さんのこと?」
「いや……」
彼女は立ち上がってオレのそばに来て座った。
そして肩を支えてくれる。
「先輩。忘れて下さい。私じゃダメですか? 私と一緒に忘れていきましょうよ」
声に出して返答が出来ない。
だが、首を縦に小さく振った。
柿沢の気持ちはありがたい。
しかし麗を忘れる。
最初はそのつもりだった。
麗を記憶から消したかった。
しかし今は猛烈に麗に会いたい。
そして抱きしめたい。抱きしめ合いたい。
新しい女の元にいるのに考えるのは麗のことなんて、オレってクズ野郎なんだろうな。
柿沢は反応が悪い俺の手を握り、それを自分の頬に当てる。
「私、頑張ります」
「ありがとう」
横には柿沢。
彼女のアパートに連れて来られたのだ。
「あの。先輩、6階が私の部屋です」
「そっか……」
小さいエレベーターで彼女の部屋へ向かう。
始めて入る女性の部屋。
可愛らしい匂いに感動する。
片付いた部屋。
ほとんどオレの部屋の作りと同じだ。
キッチンと廊下が一体型。
リビングと寝室が分けられていた。
「ほーへーふーん」
「さっきまで余裕なかった人が急に張り切りだした感じ」
「悪いな。誰かに甘えたかったんだ」
胸にすがりつく柿沢。
オレはそれを抱きしめる。
「四年ですよ先輩」
「そうか」
「私たちが出会ってから」
「そうかもな」
「私、先輩のこと──」
彼女の言葉が止まる。
プライドだろうか? 照れだろうか?
柿沢の性格からするとおそらく前者。
自尊心が次の言葉を言わせないのだろう。
しかし、彼女はゆっくりと口を開いた。
「──好き、でした」
「ありがとう」
彼女は甘えて胸から顔を上げて口を出す。
オレはそこに合わせてやった。
麗より少し低い身長。小さな胸。
麗より年上なのに幼く感じる。
柿沢と初めてのキス。
不慣れなのか最初に大きく反応し、小刻みに体を震わせていた。
唇を放すと、笑顔になる。
印象的な笑顔。正直可愛いと思った。
「あの、先輩。なにか作りますね」
「ホント? すげぇ嬉しい」
「先輩の今までの彼女たちに負けたくないです」
「それなら優勝」
「え?」
「誰も料理作ってくれなかったもん」
「マジですか。えー。頑張ります!」
あ。おにぎり──。
麗の丁寧な三角おにぎりを思い出す。
少量の塩。シーチキンとマヨネーズ。
世界一の味。思い出の味。
でも首を振る。
よく考えたら簡単な料理じゃないか。
料理なんて言えないかも知れない。
柿沢の背中を見つめる。
彼女はキッチンに入り包丁の音を立て始めた。
憧れていたこの音。
麗との同棲生活にはなかった音。
鍋の煮立つ音。フライパンの油を焼く音。炒める音。
生活の音だ。
「へー。誰も作ってくれなかったんだ。そうなんだー。そっかー」
「そうそう。お腹すいちゃったなぁ~」
「はーい。少し待ってねー」
とても嬉しい。ウキウキ、ワクワクする。
遠回りしたけど、ようやく麗を忘れる部屋に来たのかも知れないと微笑みながら柿沢を見つめていた。
やがて生姜焼きと野菜のソテー。豆腐とワカメの味噌汁が目の前に置かれていく。
「マジかよ。すげぇ!」
「そんな。普通ですよ。普通。普通」
「いやぁ、仕事の実力もあるし、料理も出来るなんて最高だよ」
麗は仕事をしなかった。掃除と洗濯をしたら眠る場所を探すだけ。オレの帰りを待つだけ。俺を迎えるだけ。
「タイちゃんコンビニいくにゃん」
「一人の時間の時に行ってくればいいのに」
「だって一緒にいたいんだもん」
思い出して、箸が止まっていた。
そして顔は緩んでいる。
「先輩、感動し過ぎですよ~」
その言葉に今に引き戻される。
危ない。また思い出していた。
最近は茶褐色の男の肌を思い出すのも少なくなっていたが、麗を思い出すとオマケによみがえってくる。
そいつらが想像の麗を犯しはじめる。目をつぶって首を振った。
「どうしました?」
「ごめん。嫌なこと思い出していた」
「前の彼女さんのこと?」
「いや……」
彼女は立ち上がってオレのそばに来て座った。
そして肩を支えてくれる。
「先輩。忘れて下さい。私じゃダメですか? 私と一緒に忘れていきましょうよ」
声に出して返答が出来ない。
だが、首を縦に小さく振った。
柿沢の気持ちはありがたい。
しかし麗を忘れる。
最初はそのつもりだった。
麗を記憶から消したかった。
しかし今は猛烈に麗に会いたい。
そして抱きしめたい。抱きしめ合いたい。
新しい女の元にいるのに考えるのは麗のことなんて、オレってクズ野郎なんだろうな。
柿沢は反応が悪い俺の手を握り、それを自分の頬に当てる。
「私、頑張ります」
「ありがとう」
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