私の彼はダサ坊や

家紋武範

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第9話 社長!

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月曜日。会社は伏見のことで持ちきり。新婚旅行から帰ってきた吉高係長のことなど、話題にも上らなかった。

一週間で変身したダサ坊伏見は、営業エースの成績を凌駕し、今や会社から大きく評価される存在!
吉高係長、悔しいのう。悔しいのう!



私たちの休日は服を見に行ったり、仲良く二人でスーパーに買い物に行ったり。
おりゃべりして、ゴロゴロして、絡み合った。
伏見は服の合わせ方も自分で出来るようになったし、美容室も自分で予約して適宜に行けるようになった。育ってる。

自分のアパートを引き払って、本格的に伏見のマンションで同棲する話をして、引っ越してきた。なんかすごく幸せ。ゆるゆるで気を遣わない年下の男最高。──ちょっと性欲は強いけど。



会社に来てホクホクの笑顔でトイレまでの通路を歩いていると、なんと通路に美男美女の秘書を一人ずつ連れたお方。あれはこの会社だけでない、グループの頂点の社長さま!
総資産22兆。会長の一粒種。新年の全体朝礼でリモートでしか見たことない!
きっとグループの一つ一つを視察に回ってるんだわ。その社長を前にして、なぜにお前が話している、伏見!

私は舌でチッチと音を立てると、伏見が振り向く。
私は野球の守備勢みたいに中腰になりながら、伏見を手招きした。

「な、なんスか? 先輩」
「なんスかじゃない。あそこにおわす方をどなたと心得る?」

「社長?」
「そうだよ。そのお方にキミはなぜ話をしている?」

「たまたま廊下で呼び止められて──」
「バカー! 安全のための5項目の一番下! 自分に与えられた仕事以外は絶対にしませんを知らないのかー! 社長と直にお話しできるのは、本社課長以上。もしも声をかけられたら、上司を呼んできますと言って離れるのがセオリーよ!」

私は社長と距離をとりながら伏見に説教。引きずって通路の影に隠れた。会社で話題になると言っても、まだまだ付け焼き刃。
ちゃんといっぱしの出世出来る男には遠い。




伏見がガンガン働くようになって六ヶ月。その間に営業の勢力図は大きく変わった。
このままだと、伏見は飛び級で係長に昇進するのではないかとウワサになっていた。
吉高係長が8年かかったことを、わずか六ヶ月でやってのけたのだ。
私も自慢だった。胸を張りたかったが、社則がある以上、伏見との関係を大っぴらに出来ない。
しかし一人だけ私たちの関係を知っている男がいた。

吉高係長──。
まさか、若造の伏見が自分の地位に簡単に近づいて来るとは思わなかったんだろう。
自分の昔の遊びの女が、彼女というのも気にくわなかったんだろう。彼はとんでもない暴挙に出て来た。



私が二人のマンションの部屋に帰ると、伏見はソファにうずくまっていた。

「わ! 帰ってたの? 早退? 連絡くらいしてくれればいいのに」
「………………」

「電気点けなよ。暗いよ? どうしたの?」

伏見はうずくまったまま、小声でつぶやいた。

「──吉高さんと付き合ってたの?」

うっ。どこからそれを?
つーか、知ってると言えば吉高係長くらい。
まさか! やられた!
アイツ、昔の私たちの関係を暴露したのだ!

私と伏見にとっては地味に痛い攻撃。
伏見は、精神的に仕事ができなくなり、私は伏見に嫌われて振られる。

クソ! アイツ、遊ぶだけじゃ飽き足らなくて、こっちの幸せまで崩しに来るとは!

「吉高さんにツーショット写真見せられた。どうなんだよ。聖子──」

怖い。伏見は壊れちゃったのかもしれない。
私はどうすれば──。

「……そうよ。吉高係長とは入社以来、新人の頃から手がついてたわ。私、バカだったのよね。自分は付き合ってると思ってた。だけど係長は裏では聡美とも付き合ってて……。いえ、他にも彼に抱かれてた人はいたかもしれない。でも自分だけは特別だって思ってたの。だけど係長が選んだのは聡美だったわ」
「それで、オレと寝たの?」

「そう。翼のことよくも知らないのに。自分の好みに改造したのよ。私、最低よね。吉高係長のことなんて何も言えない。翼に悪いことした──」

伏見は何も言わなかった。もう私のことを視界に入れたくもないのかもしれない。でも、彼にはここで終わって欲しくない。

「ちゃんと仕事して、私以上のいい女見つけるのよ?」

私は自分の荷物をまとめようと、寝室に向かう。
その背中に伏見は抱き付いてきた。

「待てよ。聖子はどこにも行かせない」
「……え? でも……」

「勝手に思い込んで出て行こうとするなよな。安全のための5項目の2番目。思い込みで仕事をしない」
「お……。勉強してるじゃん。えへへ……」

「吉高さんにどうやって聖子を傷付けた代償を払わせるか考えてただけだよ。いいか? 吉高さんを叩き潰すぞ!」
「──私、おかしいのかなァ。悪い言葉のハズなのに、そのセリフすっごく翼に魅力を感じる!」

私は振り向いて背中の伏見に思い切りキスをした。しばらく私たちはそのまま。伏見は唇を離すとギリギリと歯ぎしりをした。

「聖子はオレの大事な彼女だよ。あんな男のことなんて上書きしてやるんだ。もう絶対に辛い思いはさせない……ッ!」

なんか、すごく。
──逞しくなっちゃって。
吉高係長、残念だったね。却って彼に火がついちゃったよ。ふふふ。




そのまま私たちはベッドの上。
伏見の腕に抱かれていた。数ヶ月前はあんなに頼りなかったのに、今ではこんなに頼りになるなんて。

「聖子。結婚してくれる?」
「うそぉ。翼、心変わりしない? 私ヤダかんね。今度男にそんなことされたら完全に男性不信になるわ」

「そんなことしないよ」
「するなら、早くしたいな~。子供もたくさん欲しいし。言っとくけど、アンタだから結婚するんだからね。あとアンタの親の金なんか当てにしてないから。親は金持ちでも、翼は翼。いい?」

「すごく嬉しい! 分かったよ」
「あのね。正直に懺悔するけど、吉高係長に復讐しようと思ってた。アイツよりイケメンで出世出来る男を捕まえようと思ってたの。でも、翼は前はあんなんで……。だから自分の好みに改造しちゃった。ゴメンね」

「いーよ。聖子の好みになれた?」
「ううん。それ以上!」

「やった! でも出世は出来ないな……」
「どうして? 社内では飛び級で係長になれるってウワサだよ?」

「まさか。30歳まではヒラだよ」
「どうして? なんで年齢まで指定されてるの?」

「社長にそう言われたもん」
「はぁー!? アンタ私があれほど言ったのに。さてはあの時、社長になんか言ったんじゃないでしょうね!?」

私が眉を吊り上げると、伏見はキョトンとした顔をしていた。

「あの時、社長に聖子を紹介したいって言っただけだよ。それに社会勉強のためにヒラ社員を30歳までやるんだ。その後は取締役になって──」
「はぁ? アンタ何言ってんの~?」

「あ。秘密だもん知らないか。聖子。ウチのグループの全体を示す名称は知ってる?」
「え? 舐めてんの? 総務部の私にそんな問題だすなんて。フシミグループよ。会長は伏見善太郎。社長は伏見勝。奥様を早くに亡くしたけど、ご子息が一人おられます。そのご子息は後ほど総資産22兆を継ぐ──」

自分を指差す伏見。
私は、その後大声を上げて卒倒した。
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