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灰色世界Ⅰ
7.消えた本
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……ぼくは目をあけた。
眠ってしまっていたみたいだ。
カチ、カチ、……と、まくらもとの時計の音が徐々に聞こえてくる。時間は、九時。窓の外はうす暗かった。
ぼくは部屋に入ってすぐベッドへと倒れこんで、そのまま寝てしまったんだ。
足が、いたむ。五限目の体育のあとが自習になって、ぼくらは何人かで、そのままグランドでサッカーをやったのだった。
ぼくはゆっくり立ちあがって、窓をあけてみた。
今日は、皆、どこかとても必死だった。学校のおわりのチャイムがなる十分くらい前、もうだれもしゃべらなくなっていて、ただ、必死で、ボールを追いかけて、走って、けって、また、走っていた。
空には、一面に、うす黒い雲がかかっている。
本のなかの夜空は、まっ暗だけども、金色に輝く星がたくさん浮かんでいるのだという。ぼくらのこの世界にも、星はある。だけどそれは、ときおり雲のあいまに、ちろ、ちろと見えるだけで、しろい色をしている。よく目をこらしていないと見えないけど、雲の高いところに、ただしろい点が、ときどき動いているのが見える。
夏休みまで、あと三日だった。
ぼくは窓をしめると、暗いろうかに出て階段を下りていった。
「イキ」
母さんが呼んだ。もう、夕食はおわっていた。
「呼んだけど、来なかったから。きっと寝ているのだろうと思ってね。勉強は大変? 夏休みには、もっと必死にならないと」
ぼくは、勉強なんて、する気はない。夏休みになったら、サッカーがある。それに、もうひとつ別に、考えがあるんだ。ぼくはあいまいに返事をして、席につく。母さんはさめた食事をあたためている。
父さんは、何も言わない。
おとなたちは、きまって皆、無口だ。もちろん、ぼくはそのことをはじめからおかしいと思ってはいなかった。だけど、やっぱり、おじいちゃんの本を読んでから。それにサッカーをするようになってから、少し変わった。ぼくらは、なにか、もっとしゃべることがあるんじゃないの?
ぼくは食事をつづける。
「……」
「……」
父さんもぼくも、だまったまま。父さん。父さんは、だけど……そう、父さんもおじいちゃんのあの本を、読んできたのじゃないの。だったらなぜ、もっと……
「ごちそうさま……」
ぼくは、食器を母さんのいる台所へもっていく。
今日はもう、眠るだけだ。あと三日。もうすぐ、夏休みがくるんだ。サッカーができる。それに、夏休みになればきっとすぐに……
「そうだイキ。おじいさんが、帰ってきていますよ」
「えっ!」
驚いた。ちょうどいいタイミング。夏休みになれば、と思っていたけれどその前に帰ってきてくれたんだ。
「チッ」
父さんは、おじいちゃんが帰ってくるといつも不機嫌そうになる。それで今日、よけいに機嫌がわるいのかも。おじいさん、と聞くと、舌うちして、まゆをひそめるんだ。
「だけどまだしばらく忙しいので、と、今日は昼のうちに出て行かれましたけどね」
ぼくはだけど、地下室への階段へこっそり向かっていた。書庫が開いているかもしれない。開いていれば、あの花のことを調べたい。花の図鑑は見たことがない。あるだろうか。
スイッチを押すと、しろくてまるいちいさな灯かりが、ずうっと下の下のほうまで幾つもともった。こないだここを下りたのは、初夏になりかけの頃だったろうか。あのときは、おじいちゃんが家にもどっている時間が少なくてあまり見れなかったし、おじいちゃんとも、ほとんど話せなかった。
せまい階段を下りていくと、だんだん、なんだかなま温かくなってくる。二十も、三十も、ちいさな灯かりがともるのをすぎるといちばん下にたどりつき、おもたい鉄の扉をあける。するとうすい灯かりがともり、巨大な棚がたちならぶおじいちゃんの書庫に、たくさんの本が……なかった。
本がない。ぼくは目をうたがう間もなく、棚に手を入れ探ってみる。ない。やっぱり、本が、ない。どの棚をまわっても、本が、ひとつもなくなっている。
ずいぶん、長い時間が経ったと思う。夢中だったけど、広い書庫すべてをまわり、すべての棚をたしかめるのに、十五分、いや三十分くらいはかかったかもしれない。
ぼくはがく然とした。
暗い部屋で、ひざを落として、だれもいなくなって一人とり残されてしまったような気持ちになった。
いや、一人じゃない。そのとき、不思議な気配を感じた。とり残された……本?
ぼくは、斜め前の本棚と床とのすき間に、一冊、落ちている本を見つけた。そこへ飛びつくように前進して、手を伸ばした。
確かに、それは本だった。絵本。
『おおきな うみの ゆうえんち』と書いてあった。
眠ってしまっていたみたいだ。
カチ、カチ、……と、まくらもとの時計の音が徐々に聞こえてくる。時間は、九時。窓の外はうす暗かった。
ぼくは部屋に入ってすぐベッドへと倒れこんで、そのまま寝てしまったんだ。
足が、いたむ。五限目の体育のあとが自習になって、ぼくらは何人かで、そのままグランドでサッカーをやったのだった。
ぼくはゆっくり立ちあがって、窓をあけてみた。
今日は、皆、どこかとても必死だった。学校のおわりのチャイムがなる十分くらい前、もうだれもしゃべらなくなっていて、ただ、必死で、ボールを追いかけて、走って、けって、また、走っていた。
空には、一面に、うす黒い雲がかかっている。
本のなかの夜空は、まっ暗だけども、金色に輝く星がたくさん浮かんでいるのだという。ぼくらのこの世界にも、星はある。だけどそれは、ときおり雲のあいまに、ちろ、ちろと見えるだけで、しろい色をしている。よく目をこらしていないと見えないけど、雲の高いところに、ただしろい点が、ときどき動いているのが見える。
夏休みまで、あと三日だった。
ぼくは窓をしめると、暗いろうかに出て階段を下りていった。
「イキ」
母さんが呼んだ。もう、夕食はおわっていた。
「呼んだけど、来なかったから。きっと寝ているのだろうと思ってね。勉強は大変? 夏休みには、もっと必死にならないと」
ぼくは、勉強なんて、する気はない。夏休みになったら、サッカーがある。それに、もうひとつ別に、考えがあるんだ。ぼくはあいまいに返事をして、席につく。母さんはさめた食事をあたためている。
父さんは、何も言わない。
おとなたちは、きまって皆、無口だ。もちろん、ぼくはそのことをはじめからおかしいと思ってはいなかった。だけど、やっぱり、おじいちゃんの本を読んでから。それにサッカーをするようになってから、少し変わった。ぼくらは、なにか、もっとしゃべることがあるんじゃないの?
ぼくは食事をつづける。
「……」
「……」
父さんもぼくも、だまったまま。父さん。父さんは、だけど……そう、父さんもおじいちゃんのあの本を、読んできたのじゃないの。だったらなぜ、もっと……
「ごちそうさま……」
ぼくは、食器を母さんのいる台所へもっていく。
今日はもう、眠るだけだ。あと三日。もうすぐ、夏休みがくるんだ。サッカーができる。それに、夏休みになればきっとすぐに……
「そうだイキ。おじいさんが、帰ってきていますよ」
「えっ!」
驚いた。ちょうどいいタイミング。夏休みになれば、と思っていたけれどその前に帰ってきてくれたんだ。
「チッ」
父さんは、おじいちゃんが帰ってくるといつも不機嫌そうになる。それで今日、よけいに機嫌がわるいのかも。おじいさん、と聞くと、舌うちして、まゆをひそめるんだ。
「だけどまだしばらく忙しいので、と、今日は昼のうちに出て行かれましたけどね」
ぼくはだけど、地下室への階段へこっそり向かっていた。書庫が開いているかもしれない。開いていれば、あの花のことを調べたい。花の図鑑は見たことがない。あるだろうか。
スイッチを押すと、しろくてまるいちいさな灯かりが、ずうっと下の下のほうまで幾つもともった。こないだここを下りたのは、初夏になりかけの頃だったろうか。あのときは、おじいちゃんが家にもどっている時間が少なくてあまり見れなかったし、おじいちゃんとも、ほとんど話せなかった。
せまい階段を下りていくと、だんだん、なんだかなま温かくなってくる。二十も、三十も、ちいさな灯かりがともるのをすぎるといちばん下にたどりつき、おもたい鉄の扉をあける。するとうすい灯かりがともり、巨大な棚がたちならぶおじいちゃんの書庫に、たくさんの本が……なかった。
本がない。ぼくは目をうたがう間もなく、棚に手を入れ探ってみる。ない。やっぱり、本が、ない。どの棚をまわっても、本が、ひとつもなくなっている。
ずいぶん、長い時間が経ったと思う。夢中だったけど、広い書庫すべてをまわり、すべての棚をたしかめるのに、十五分、いや三十分くらいはかかったかもしれない。
ぼくはがく然とした。
暗い部屋で、ひざを落として、だれもいなくなって一人とり残されてしまったような気持ちになった。
いや、一人じゃない。そのとき、不思議な気配を感じた。とり残された……本?
ぼくは、斜め前の本棚と床とのすき間に、一冊、落ちている本を見つけた。そこへ飛びつくように前進して、手を伸ばした。
確かに、それは本だった。絵本。
『おおきな うみの ゆうえんち』と書いてあった。
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