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第5章

君に触れたら-1

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「真鳥、ちょっと待って」
「……何、白坂」

(やっと捕まえた……!)

 放課後、一人きりで廊下を歩く真鳥に、ようやく話しかけることができた。
 教室に忘れ物でも取りに来たのか、サッカー部の青いユニフォームを着ている。

 なぜかずっと、私を避けていた彼。
 二人だけで話すのは動物園以来だ。


「私の過去について、教えてほしいの。この前、途中でやめたでしょ」

 ひと気の少ない校舎の隅に誘い、真鳥を睨み上げる。


「過去、ね……」

 真鳥は窓の向こうに広がるグラウンドへ目線をずらした。


「前にも言ったけど、別に知らないままでいいんじゃない? もともと、過去を忘れたいって言ったのは、白坂だよ?」
「……それでも知りたいんだ。私だけ知らないまま、呑気に学校生活を送れないよ」

 深く溜め息をついた真鳥は、私へ向き直った。


「どうしてもって言うなら、教えてやれないこともない、けど」
「本当?」
「どうなっても知らないよ」
「……うん」
「それなら月曜の昼休み、空けておいて」
「わかった」
「――じゃあ俺、部活行くから」


 素っ気なく話を終わらせた真鳥は、さっさと背を向け遠ざかっていった。
 彼の後ろ姿を見送っていると、誰かの気配を感じ、そっと振り返る。


「――結衣?」

 ちょうど階段を降りてきたのは、蓮先輩だった。


「今……、真鳥君といなかった?」
「……はい」
「前も一緒にいたね、彼に何か相談ごとでもあるの?」


 動物園のときのことを言っているのだと思う。
 あれは誤解されても仕方ない。
 ただの同級生に額を触られているなんて、明らかに不審だ。

 真鳥は『熱があるか確かめていた』と誤魔化したけど、はたから見れば、友達以上の関係と勘違いするだろう。

 どう答えれば正解……?
 蓮先輩には特に、私の過去のことは知って欲しくない気がする。
 もし過去を知られて嫌われたらと思うと、ショックで寝込みそうだから。なるべく隠したままにしておきたい。
 私自身も知らない、過去を。


「未琴のことで……、ちょっと相談があって」
「永野さんのこと?」
「はい。だから何でもないんです」

 真鳥とは、何もない。
 暗に伝えるためのセリフは、早口になっていた。


「そっか……。ごめん、詮索しすぎた。あのとき、真鳥くんが結衣の過去について、何か弱みでも握っているのかと思ったから」
「弱み……」
「少し心配になっただけなんだ、本当にごめん」

「――蓮?」

 眉を下げ、済まなそうに謝罪する蓮先輩の台詞に、誰かの声が被さる。


「急にいなくなったと思ったら、こんなところにいたんだね」

 現れたのは蓮先輩の元恋人、三井先輩だった。


「二人って……、付き合ってるの?」

 険しい目つきをした三井先輩が、私たちへ詰め寄る。


「付き合ってはいないよ」

 先に答えたのは蓮先輩だった。


「僕がただ、大切にしているだけ」

 三井先輩がハッと息を呑む。
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